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傷つける事
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時を刻む音だけが一定のリズムで響くこの部屋で、1人あいつが来るのを待っている。
並々と注がれていたミルクティーも、今は底が見えそうなくらいに量が減っていた。
本当の俺じゃないんじゃないかって思うくらいに、自分の心は落ち着いてた。
しっかりとこの気持ちを伝えられるか不安なクセに、脈打つ鼓動は安定していた。
人生という途方もない尺度の前では、俺達の物語なんて一瞬の刹那に過ぎないかもしれないが、ソレは決して、短く過ぎ去ったものではないと体感していた。
あの後、メッセージアプリで待ち合わせの時間を決めたが、もう既に5分が過ぎていた。
冷静ながらも、まだ来ないでくれと思う気持ちと、早く来てくれと思う気持ちが入り混じり、ごちゃごちゃになっている。
冷静でいる気になってるだけなんだなと、自分で苦笑してしまう。
ピンポーン
静かに鳴り響くその音は、俺が呼んだ相手が来たことを告げる知らせだった。
ゆっくりと、そしてしっかりと床を蹴って、玄関へと向かう。
もしかしたら、宅急便だったり違う人の可能性だってあった筈だが、今の俺には何故だか分からないが、この扉の向こうにいるのはアイツだという確信があった。
ゆっくりと鍵を開け、ドアを開ける。
そこには走って来たのだろうか、息が上がり頬を朱に染めている少女の姿が、乱れた呼吸を、必死に正常に戻そうと抗っている少女の姿があった。
「そんなに急いで来なくても良かったのに」
「遅れたら怒るでしょ・・・?」
「別に怒りゃしないけどさ。とりあえず、入るか?」
「呼んだのはそっちだよ」
「そりゃそーだ」
玄関先での立ち話はこれくらいにしておいて、俺は彼女と共に家の中へと入っていった。
「なんか飲むか?」
「コレ、何飲んでたの?」
テーブルの上に置かれていたティーカップを、先程まで俺が飲んでいたミルクティーの入ったカップを指差して、彼女がそう呟いた。
「ミルクティーだけど」
「じゃあ、私もそれでいい」
「あいよ」
俺が用意している間に、彼女はいつもの様にテーブルへと座る・・・訳ではなく、今日はどうやらソファーの気分だったらしい。
静かにソッと腰を下ろして、ジッとしている。
人が1人増えたと言うのに、相変わらずこの部屋に響くのは時計の秒針が1秒1秒と、時を刻む音と電気ケトルがお湯を沸かす音だけだった。
「まだ熱いからヤケドには気をつけろよ」
「ありがとっ」
そう言って彼女の元へと淹れたてのミルクティーを持っていくと、彼女はゆっくりと手を伸ばしてきてそれを受け取った。
そして、いつもの様に唇を尖らして、ふーふーと息を吹きかけて表面を冷ましながら、ちびちびと飲み始める。
緊張さているのかはわからないが、普段とは違うその挙動の中でも、熱いものを飲む時は相変わらず変わらないんだなぁと、つい頬が緩んでしまう。
「なんからしくないけどらしいのな」
「・・・意味わかんな~い」
「・・・そっか・・・」
「あれ~!? らしくないのはお互い様なんじゃないの?」
そう言ってイタズラな笑みを浮かべておどけて見せる彼女の表情を見て、またしても頬が緩んでしまう。
「そうだな」
「うげ~っ! 本当にらしくないよ」
「うっせ」
「ばーか」
「お前の方こそバカだろうだが」
「私は如月くんよりは頭いいバカだもん!」
「バカだもんな」
「うるさい、変態!」
お互い言い終えた所で、2人して笑い出す。
そう、コレなんだよな。
これが俺たちの日常、いつも通りなんだよ。
でも、今日はそんないつも通りじゃいられなくなる日だってことは、きっと四月だって分かってるんだ。
「少し、話をしてもいいか?」
「・・・イヤだって言ったら?」
「そりゃ困るけど・・・」
すると、俺の隣で四月は、大きく深呼吸をする。
気持ちを落ち着かせる為なのか、覚悟を決める為なのかは分からないか、その表情は、今までに見たことないくらいに真剣な表情だった。
「なんかね、最初の頃のこと。思い出してたんだ、最近」
「最初の頃?」
「うん。私が告白の練習しようとして、それが如月くんに見られて、私が如月くんに助けて欲しいってお願いして」
「京都弁は流石に笑ったけどな」
「うるさいなー・・・」
「ごめんごめん」
俺もあの当時は、ここまでの仲になるなんて思ってもなかったからな。
頭悪い女の子の恋路の世話とか誰がやるかって話だけど、中途ハンパに乗り出して、後に引けなくなってしまったからな。
「最初はクソめんどかったけどな」
「それでも、嫌々でも付き合ってくれる如月くんのこと、少しかっこいいなって思ってたんだ」
「・・・不意打ちはやめろ」
「えへへ~!」
得意げな表情をしてからかう彼女のその表情は、何回も見た。
そして、その笑顔に何回も癒された。
「段々と先輩と絡めるようになって嬉しくてね、あの時は本当に感謝してたの。恥ずかしいから言わなかったけど」
「・・・このタイミングでカミングアウトかよ」
「気持ちは素直に伝えた方が良いって、雑誌に書いてあったよ!」
「あの偏差値低い雑誌か?」
「違うよ! バカ!」
思い出せば思い出すほど、懐かしさがこみ上げてくる。
女子と絡んだことなんかほとんどなかった俺にとって、四月との絡みは、何もかもが新しく新鮮で退屈しなかった。
「それでね、段々と先輩と仲良くなって嬉しくなったけど、なんかふとした時に如月くんのこと考えるようになっちゃってたの」
「・・・そうか」
「なんか・・・恥ずかしいな・・・」
言ったそばからなに勝手に恥ずかしがってんだか・・・。
言われてるコッチも、だいぶ恥ずかしいんだけどな・・・。
「・・・俺も、相談受け続けてさ、段々と面白くなく感じていってさ・・・」
四月1人だけに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないので、俺も本音でぶっちゃけトークをする。
でも、意外と言葉はすんなりと出てきてくれた。
「・・・そうなの?」
「おう。四月が先輩と楽しそうにしてるのを見て心が痛んだし、目の前から逃げ出したいって思ったこともあったな」
2人の笑顔が、俺にとっては地獄のような絵面に見えていた。
でも、俺のこの感情は隠さなきゃいけないと、閉まっておかないといけないと、ずっと表に出さないようにしていた。
結果、めちゃくちゃ表に出てたけどな。
「・・・ねえ、如月くんはさ・・・」
「ん?」
「私のこと・・・好き・・・?」
声音を震わして、身体を震わして、瞳を潤わしながら俺に言葉を投げてくる。
そうだな、そろそろちゃんと言ってやらないとな。
元々焦らすのは得意じゃないんだ、俺は。だから俺は、四月にこう言った。
「ああ。好きだったよ」
知らないフリをして、気づかないフリをしていたけど、俺は、四月のことが好きだった。
自分の決めたコトにまっすぐな所も。
お菓子づくりが得意な所も。
頭悪くて、なに考えてるか分からない所も。
観覧車で、俺の手を優しく握ってくれた優しさも。
わざわざ仲直りがてら、看病しにきてくれたことも。
俺を好きになってくれたことも。
きっとまだまだある。
四月を好きになった理由は、もっとたくさんあった。
四月にしかない魅力だったり、誰にでも当てはまるようなありきたりなモノだっり、振り幅は大きいけど、それら全部・・・全部含めて俺は、四月のことが好きだった。
俺の言葉を聞いて、四月はニッコリと優しく笑いながら、一粒の雫を落とす。
そして、その雫はいくつも重なって、1つの線を作り、そのまま落ちていきソファーに黒いシミを作る。
「・・・ずるいなぁ・・・イジワルだなぁ・・・如月くんって・・・」
小さな雫はやがて、大粒の涙となり、彼女の頬を激しく伝う。
俺は、その姿を、ただ見ているだけしかできなかった。
「嬉しいなぁ・・・私のこと、好きでいてくれて・・・嬉しいなぁ・・・」
「・・・でも、過去形なんだね・・・」
『好きだよ』ではなく、『好きだった』
俺は四月のことが好きだった。
このことに間違いは一切ない。
でも、俺が今好きなのは四月ではなかった。
俺が好きなのは――――――
『あたしが、あんたの感情をコントロールする、制御装置になってあげる』
『あたしに・・・溺れて』
『でも、苦しかったら和らげてあげる。悲しかったら笑わせてあげる。切なかったら側にいてあげる』
俺が好きなのは、六日だ。
「ちょっとは、期待したんだけどなぁ・・・」
未だ大粒の涙を流す彼女に、相変わらず俺はなにもしてあげられない。
優しく宥めるように、抱きしめるなんてできない。
頬を伝う雫を、拭ってやることさえできない。
そして何より、四月の側にいてやれないのだ。
「・・・バカ・・・アホ・・・甲斐性なし・・・変態・・・」
いつもの四月の罵倒シリーズのオンパレード攻撃を食らっていた。
俯きながら俺の胸を叩く拳には力が入っておらず、物理的に何も痛くないが、精神的にはとてつもないダメージだった。
「・・・くず・・・マヌケ・・・イカ・・・たこ・・・それから・・・それから・・・」
「・・・好き」
「私は、如月くんのことが好き。今言った悪い所も、良い所も全部含めて、私は如月くんが好きだよ・・・」
こんな悲しい笑顔があるものなのかと、彼女の精一杯の作り笑いに、心が締められて苦しくなる。
ごめんと謝りたい気持ちはすごくある。
今すぐにでもそう言ってやりたいが、俺にはそれができない理由がある。
『傷つけられる側から傷つける側になれと。どちらかを選びどちらかを切り捨てろと』
四月が俺の思ってくれた気持ちを、ないがしろにしたくない。
なら、ここで俺が取る行動は、変に慰めたりすることじゃない。
四月のことを傷つけることだった。
「・・・俺は、六日が好きだ」
「・・・知ってる」
今にも逃げ出したいくらいに、気持ちの整理がついていない。
他者を傷つけることの辛さが、これ程までのものなのかと思い知らされていた。
どんどん歪む四月の表情を見ると、さらにその想いが込み上げてくる。
「・・・聞かせて」
「えっ?」
「六日のどこが好きなのか、聞かせて・・・?」
「四月・・・」
「恋バナ・・・しよ?」
俺なんかよりも、よっぽど四月の方が理解してて、覚悟してて、前を向こうとしてるんだなと、思い知らされる。
ここから先の話は、四月にとって何の得にもならない話。
自分の心が、ただただ痛いだけの苦しいだけの話だが、こんな時でも、四月は俺の事を想って考えてくれていた。
「六日のさ、どんなところ・・・好き?」
「・・・厳しいけど、優しいところ」
「他には・・・?」
「・・・大人びてるけど、たまに見せる子供っぽい表情とか」
「もっとあるでしょ・・・?」
「言い出したらキリが・・・ないから、さ・・・」
これ以上、四月を傷つけることも、傷つく四月を見たくないという気持ちが、俺の言葉を詰まらせる。
でも、そんな俺の手を、あの時と同じように優しく握ってくる。
四月が震えているのが直に伝わってくるが、あの時のあの陽だまりのような温もり変わらずだった。
「言って・・・」
「・・・・・・」
「今度はちゃんと・・・傷つけて・・・」
「・・・・・・」
ソレが、四月の見せた最後の覚悟だった。
女の四月に、しかも自分が泣かした相手にここまでさせておいて、ここで引いたら誰も報われなくなる。
だから俺も覚悟を決めなきゃと、握りしめていた拳を、またさらに強く握りしめる。
「・・・六日が側にいると、落ち着くんだ」
「うん。それで?」
「あいつの笑った顔が好きなんだ。滅多に笑わないけどさ」
「そうだね」
「こんなどうしようもない俺を、ずっと一途に想い続けてくれてさ。ホント健気だよな」
「六日らしいよね」
「それから——――」
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
どれほど、六日のことを語ったのだろうか。
どれほど、四月のことを傷つけたのだろうか。
きっと、時間にすれば数分の出来事だったけど、俺にはもっと長い時間のように思えた。
隣で、四月は未だに泣いていた。
でも、ごめんなんて声はかけないからな。
俺が傷つけて、四月が傷ついて、こうしてお互い成長して、前を向くって決めたもんな。
「・・・ありがとう。ちゃんと・・・傷つけてくれて・・・」
「・・・・・・」
「あはは・・・あはは・・・あは・・・くっ・・・」
やはり、そう耐えきれるものではないとは分かっていたが・・・いや、もうやめよう。
もう、今のこの状況で、余計思考は何1ついらなかった。
今はただ、彼女の気持ちが落ち着くまでの、涙を拭う為のタオルとして側にいよう。
これで最後だ、俺が四月を甘えさせるのは、これで最後なんだから・・・。
・
「・・・落ち着いたか?」
「そだね~」
目元は盛大に赤く腫らしながらも、四月の涙はもう止まっていた。
これで、本当に最後なんだなと、きっと四月は、この場からいなくなる。
でも、それを引き止めちゃダメだし、素直に行かせてあげないといけないんだ。
「・・・私、帰るね・・・」
そう言って、四月は席を立つ。
俺はあえて立つことはしない。
後ろ髪引かれる思いでも、振り返ってはいけないんだ。
「如月くんも、成長したんだね・・・」
そう言って、彼女が俺の前を通り過ぎていく。
そして、1歩2歩と確実に遠ざかっていく。
俺は天を仰ぎ目を瞑る。
四月に謝罪の意味を込めて、感謝の意味を込めたありがとうを思考の中だけで囁く、何回も、何度もその言葉を思い浮かべる。
「・・・ん!?」
その刹那、俺の唇に触れる、その温かくも悲しい感触。
口と口が触れるだけの、ライトなもの。
でも、俺にとっては人生で初めての口づけだった。
しばらくすると、四月は俺の口から離れた。
四月の瞳にはまたしても、大粒の涙が頬を伝っていた。
「・・・これだけ・・・もらってくから・・・」
「・・・反則だろ」
「性格悪いからさ・・・私って!」
今日はもう何回見たか分からない、その悲しいほどに優しい笑顔を浮かべ、四月は今度こそ俺の元から去っていった。
口元に触れた感触を誤魔化そうと、ミルクティーを一気に飲み干す。
その甘さが絶妙に心に染み渡る。
そして、俺も人知れず泣くのだろう。
でもきっと、神様だって、今日くらいは許してくれそうだと思った。
「ありがとな、四月」
並々と注がれていたミルクティーも、今は底が見えそうなくらいに量が減っていた。
本当の俺じゃないんじゃないかって思うくらいに、自分の心は落ち着いてた。
しっかりとこの気持ちを伝えられるか不安なクセに、脈打つ鼓動は安定していた。
人生という途方もない尺度の前では、俺達の物語なんて一瞬の刹那に過ぎないかもしれないが、ソレは決して、短く過ぎ去ったものではないと体感していた。
あの後、メッセージアプリで待ち合わせの時間を決めたが、もう既に5分が過ぎていた。
冷静ながらも、まだ来ないでくれと思う気持ちと、早く来てくれと思う気持ちが入り混じり、ごちゃごちゃになっている。
冷静でいる気になってるだけなんだなと、自分で苦笑してしまう。
ピンポーン
静かに鳴り響くその音は、俺が呼んだ相手が来たことを告げる知らせだった。
ゆっくりと、そしてしっかりと床を蹴って、玄関へと向かう。
もしかしたら、宅急便だったり違う人の可能性だってあった筈だが、今の俺には何故だか分からないが、この扉の向こうにいるのはアイツだという確信があった。
ゆっくりと鍵を開け、ドアを開ける。
そこには走って来たのだろうか、息が上がり頬を朱に染めている少女の姿が、乱れた呼吸を、必死に正常に戻そうと抗っている少女の姿があった。
「そんなに急いで来なくても良かったのに」
「遅れたら怒るでしょ・・・?」
「別に怒りゃしないけどさ。とりあえず、入るか?」
「呼んだのはそっちだよ」
「そりゃそーだ」
玄関先での立ち話はこれくらいにしておいて、俺は彼女と共に家の中へと入っていった。
「なんか飲むか?」
「コレ、何飲んでたの?」
テーブルの上に置かれていたティーカップを、先程まで俺が飲んでいたミルクティーの入ったカップを指差して、彼女がそう呟いた。
「ミルクティーだけど」
「じゃあ、私もそれでいい」
「あいよ」
俺が用意している間に、彼女はいつもの様にテーブルへと座る・・・訳ではなく、今日はどうやらソファーの気分だったらしい。
静かにソッと腰を下ろして、ジッとしている。
人が1人増えたと言うのに、相変わらずこの部屋に響くのは時計の秒針が1秒1秒と、時を刻む音と電気ケトルがお湯を沸かす音だけだった。
「まだ熱いからヤケドには気をつけろよ」
「ありがとっ」
そう言って彼女の元へと淹れたてのミルクティーを持っていくと、彼女はゆっくりと手を伸ばしてきてそれを受け取った。
そして、いつもの様に唇を尖らして、ふーふーと息を吹きかけて表面を冷ましながら、ちびちびと飲み始める。
緊張さているのかはわからないが、普段とは違うその挙動の中でも、熱いものを飲む時は相変わらず変わらないんだなぁと、つい頬が緩んでしまう。
「なんからしくないけどらしいのな」
「・・・意味わかんな~い」
「・・・そっか・・・」
「あれ~!? らしくないのはお互い様なんじゃないの?」
そう言ってイタズラな笑みを浮かべておどけて見せる彼女の表情を見て、またしても頬が緩んでしまう。
「そうだな」
「うげ~っ! 本当にらしくないよ」
「うっせ」
「ばーか」
「お前の方こそバカだろうだが」
「私は如月くんよりは頭いいバカだもん!」
「バカだもんな」
「うるさい、変態!」
お互い言い終えた所で、2人して笑い出す。
そう、コレなんだよな。
これが俺たちの日常、いつも通りなんだよ。
でも、今日はそんないつも通りじゃいられなくなる日だってことは、きっと四月だって分かってるんだ。
「少し、話をしてもいいか?」
「・・・イヤだって言ったら?」
「そりゃ困るけど・・・」
すると、俺の隣で四月は、大きく深呼吸をする。
気持ちを落ち着かせる為なのか、覚悟を決める為なのかは分からないか、その表情は、今までに見たことないくらいに真剣な表情だった。
「なんかね、最初の頃のこと。思い出してたんだ、最近」
「最初の頃?」
「うん。私が告白の練習しようとして、それが如月くんに見られて、私が如月くんに助けて欲しいってお願いして」
「京都弁は流石に笑ったけどな」
「うるさいなー・・・」
「ごめんごめん」
俺もあの当時は、ここまでの仲になるなんて思ってもなかったからな。
頭悪い女の子の恋路の世話とか誰がやるかって話だけど、中途ハンパに乗り出して、後に引けなくなってしまったからな。
「最初はクソめんどかったけどな」
「それでも、嫌々でも付き合ってくれる如月くんのこと、少しかっこいいなって思ってたんだ」
「・・・不意打ちはやめろ」
「えへへ~!」
得意げな表情をしてからかう彼女のその表情は、何回も見た。
そして、その笑顔に何回も癒された。
「段々と先輩と絡めるようになって嬉しくてね、あの時は本当に感謝してたの。恥ずかしいから言わなかったけど」
「・・・このタイミングでカミングアウトかよ」
「気持ちは素直に伝えた方が良いって、雑誌に書いてあったよ!」
「あの偏差値低い雑誌か?」
「違うよ! バカ!」
思い出せば思い出すほど、懐かしさがこみ上げてくる。
女子と絡んだことなんかほとんどなかった俺にとって、四月との絡みは、何もかもが新しく新鮮で退屈しなかった。
「それでね、段々と先輩と仲良くなって嬉しくなったけど、なんかふとした時に如月くんのこと考えるようになっちゃってたの」
「・・・そうか」
「なんか・・・恥ずかしいな・・・」
言ったそばからなに勝手に恥ずかしがってんだか・・・。
言われてるコッチも、だいぶ恥ずかしいんだけどな・・・。
「・・・俺も、相談受け続けてさ、段々と面白くなく感じていってさ・・・」
四月1人だけに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないので、俺も本音でぶっちゃけトークをする。
でも、意外と言葉はすんなりと出てきてくれた。
「・・・そうなの?」
「おう。四月が先輩と楽しそうにしてるのを見て心が痛んだし、目の前から逃げ出したいって思ったこともあったな」
2人の笑顔が、俺にとっては地獄のような絵面に見えていた。
でも、俺のこの感情は隠さなきゃいけないと、閉まっておかないといけないと、ずっと表に出さないようにしていた。
結果、めちゃくちゃ表に出てたけどな。
「・・・ねえ、如月くんはさ・・・」
「ん?」
「私のこと・・・好き・・・?」
声音を震わして、身体を震わして、瞳を潤わしながら俺に言葉を投げてくる。
そうだな、そろそろちゃんと言ってやらないとな。
元々焦らすのは得意じゃないんだ、俺は。だから俺は、四月にこう言った。
「ああ。好きだったよ」
知らないフリをして、気づかないフリをしていたけど、俺は、四月のことが好きだった。
自分の決めたコトにまっすぐな所も。
お菓子づくりが得意な所も。
頭悪くて、なに考えてるか分からない所も。
観覧車で、俺の手を優しく握ってくれた優しさも。
わざわざ仲直りがてら、看病しにきてくれたことも。
俺を好きになってくれたことも。
きっとまだまだある。
四月を好きになった理由は、もっとたくさんあった。
四月にしかない魅力だったり、誰にでも当てはまるようなありきたりなモノだっり、振り幅は大きいけど、それら全部・・・全部含めて俺は、四月のことが好きだった。
俺の言葉を聞いて、四月はニッコリと優しく笑いながら、一粒の雫を落とす。
そして、その雫はいくつも重なって、1つの線を作り、そのまま落ちていきソファーに黒いシミを作る。
「・・・ずるいなぁ・・・イジワルだなぁ・・・如月くんって・・・」
小さな雫はやがて、大粒の涙となり、彼女の頬を激しく伝う。
俺は、その姿を、ただ見ているだけしかできなかった。
「嬉しいなぁ・・・私のこと、好きでいてくれて・・・嬉しいなぁ・・・」
「・・・でも、過去形なんだね・・・」
『好きだよ』ではなく、『好きだった』
俺は四月のことが好きだった。
このことに間違いは一切ない。
でも、俺が今好きなのは四月ではなかった。
俺が好きなのは――――――
『あたしが、あんたの感情をコントロールする、制御装置になってあげる』
『あたしに・・・溺れて』
『でも、苦しかったら和らげてあげる。悲しかったら笑わせてあげる。切なかったら側にいてあげる』
俺が好きなのは、六日だ。
「ちょっとは、期待したんだけどなぁ・・・」
未だ大粒の涙を流す彼女に、相変わらず俺はなにもしてあげられない。
優しく宥めるように、抱きしめるなんてできない。
頬を伝う雫を、拭ってやることさえできない。
そして何より、四月の側にいてやれないのだ。
「・・・バカ・・・アホ・・・甲斐性なし・・・変態・・・」
いつもの四月の罵倒シリーズのオンパレード攻撃を食らっていた。
俯きながら俺の胸を叩く拳には力が入っておらず、物理的に何も痛くないが、精神的にはとてつもないダメージだった。
「・・・くず・・・マヌケ・・・イカ・・・たこ・・・それから・・・それから・・・」
「・・・好き」
「私は、如月くんのことが好き。今言った悪い所も、良い所も全部含めて、私は如月くんが好きだよ・・・」
こんな悲しい笑顔があるものなのかと、彼女の精一杯の作り笑いに、心が締められて苦しくなる。
ごめんと謝りたい気持ちはすごくある。
今すぐにでもそう言ってやりたいが、俺にはそれができない理由がある。
『傷つけられる側から傷つける側になれと。どちらかを選びどちらかを切り捨てろと』
四月が俺の思ってくれた気持ちを、ないがしろにしたくない。
なら、ここで俺が取る行動は、変に慰めたりすることじゃない。
四月のことを傷つけることだった。
「・・・俺は、六日が好きだ」
「・・・知ってる」
今にも逃げ出したいくらいに、気持ちの整理がついていない。
他者を傷つけることの辛さが、これ程までのものなのかと思い知らされていた。
どんどん歪む四月の表情を見ると、さらにその想いが込み上げてくる。
「・・・聞かせて」
「えっ?」
「六日のどこが好きなのか、聞かせて・・・?」
「四月・・・」
「恋バナ・・・しよ?」
俺なんかよりも、よっぽど四月の方が理解してて、覚悟してて、前を向こうとしてるんだなと、思い知らされる。
ここから先の話は、四月にとって何の得にもならない話。
自分の心が、ただただ痛いだけの苦しいだけの話だが、こんな時でも、四月は俺の事を想って考えてくれていた。
「六日のさ、どんなところ・・・好き?」
「・・・厳しいけど、優しいところ」
「他には・・・?」
「・・・大人びてるけど、たまに見せる子供っぽい表情とか」
「もっとあるでしょ・・・?」
「言い出したらキリが・・・ないから、さ・・・」
これ以上、四月を傷つけることも、傷つく四月を見たくないという気持ちが、俺の言葉を詰まらせる。
でも、そんな俺の手を、あの時と同じように優しく握ってくる。
四月が震えているのが直に伝わってくるが、あの時のあの陽だまりのような温もり変わらずだった。
「言って・・・」
「・・・・・・」
「今度はちゃんと・・・傷つけて・・・」
「・・・・・・」
ソレが、四月の見せた最後の覚悟だった。
女の四月に、しかも自分が泣かした相手にここまでさせておいて、ここで引いたら誰も報われなくなる。
だから俺も覚悟を決めなきゃと、握りしめていた拳を、またさらに強く握りしめる。
「・・・六日が側にいると、落ち着くんだ」
「うん。それで?」
「あいつの笑った顔が好きなんだ。滅多に笑わないけどさ」
「そうだね」
「こんなどうしようもない俺を、ずっと一途に想い続けてくれてさ。ホント健気だよな」
「六日らしいよね」
「それから——――」
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
どれほど、六日のことを語ったのだろうか。
どれほど、四月のことを傷つけたのだろうか。
きっと、時間にすれば数分の出来事だったけど、俺にはもっと長い時間のように思えた。
隣で、四月は未だに泣いていた。
でも、ごめんなんて声はかけないからな。
俺が傷つけて、四月が傷ついて、こうしてお互い成長して、前を向くって決めたもんな。
「・・・ありがとう。ちゃんと・・・傷つけてくれて・・・」
「・・・・・・」
「あはは・・・あはは・・・あは・・・くっ・・・」
やはり、そう耐えきれるものではないとは分かっていたが・・・いや、もうやめよう。
もう、今のこの状況で、余計思考は何1ついらなかった。
今はただ、彼女の気持ちが落ち着くまでの、涙を拭う為のタオルとして側にいよう。
これで最後だ、俺が四月を甘えさせるのは、これで最後なんだから・・・。
・
「・・・落ち着いたか?」
「そだね~」
目元は盛大に赤く腫らしながらも、四月の涙はもう止まっていた。
これで、本当に最後なんだなと、きっと四月は、この場からいなくなる。
でも、それを引き止めちゃダメだし、素直に行かせてあげないといけないんだ。
「・・・私、帰るね・・・」
そう言って、四月は席を立つ。
俺はあえて立つことはしない。
後ろ髪引かれる思いでも、振り返ってはいけないんだ。
「如月くんも、成長したんだね・・・」
そう言って、彼女が俺の前を通り過ぎていく。
そして、1歩2歩と確実に遠ざかっていく。
俺は天を仰ぎ目を瞑る。
四月に謝罪の意味を込めて、感謝の意味を込めたありがとうを思考の中だけで囁く、何回も、何度もその言葉を思い浮かべる。
「・・・ん!?」
その刹那、俺の唇に触れる、その温かくも悲しい感触。
口と口が触れるだけの、ライトなもの。
でも、俺にとっては人生で初めての口づけだった。
しばらくすると、四月は俺の口から離れた。
四月の瞳にはまたしても、大粒の涙が頬を伝っていた。
「・・・これだけ・・・もらってくから・・・」
「・・・反則だろ」
「性格悪いからさ・・・私って!」
今日はもう何回見たか分からない、その悲しいほどに優しい笑顔を浮かべ、四月は今度こそ俺の元から去っていった。
口元に触れた感触を誤魔化そうと、ミルクティーを一気に飲み干す。
その甘さが絶妙に心に染み渡る。
そして、俺も人知れず泣くのだろう。
でもきっと、神様だって、今日くらいは許してくれそうだと思った。
「ありがとな、四月」
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