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第7話 甘い執着と、抗えない誘惑
しおりを挟む翌日も、宣言通りリクの姿があった。
「こちら、本日のお菓子です。レモンのタルトと蜂蜜のマドレーヌ。どちらも甘さは控えめ、なんですけど……」
カウンター越しにそっと差し出された皿。
けれどリクの視線は、ずっと澪に向けられたまま。
――まっすぐで、逃げ場のない視線。
「……澪が、好きなやつだろ?」
「えっ……どうして、知って……」
驚きが口をついて出るより早く、彼はふっと唇の端を上げた。
「――知ってる」
たったそれだけなのに、胸がきゅっと締めつけられる。
私のことを、全部知っているみたいに。
*
「……雨、やみましたね」
ぽつりと漏らした言葉に、リクの返事がすぐに帰ってくる。
「澪が雨に濡れて、風邪でも引いたら困るな」
「……私が?」
「当たり前だろ」
グラスを渡すときに指が触れれば、ピクリと耳が動き、尻尾がほんのわずか揺れる。
まるで猫のような、でもどこか獣じみた仕草に、澪の心臓が早鐘を打つ。
声も、仕草も、匂いも。
彼のすべてが、無意識のうちに澪を包み込み、侵食してくる。
「……なにか、顔についてますか?」
動揺をごまかすように尋ねると、リクはほんの一瞬目を細め、すぐに微笑んだ。
「いや。……ただ、見てるだけだ」
その“見る”は、ただの視線ではない。
喉奥で甘く唸りながら、欲しくてたまらないものを見つめるような、そんな目。
「……本当、変な人ですね」
ぽつりとこぼした言葉に、彼はなぜか満足そうに喉を鳴らす。
やがて、グラスを静かに置いて立ち上がる。
その動きに、澪の心がわずかにざわめいた。
「……あの。また……」
呼び止めるつもりなんてなかった。
でも、気づけば言葉が漏れていた。
「……また、来てくださいね」
その瞬間。
ドアノブにかけたリクの手が、ぴたりと止まる。
ゆっくりと振り返った彼の目が、わずかに見開かれている。
そして――確信を得た獣のように、じわじわと熱を帯び、蕩けていく。
「……今、なんて言った?」
喉の奥を震わせるような声。
まるで何かを必死に抑え込んでいるような気配。
「え? いや、だから……また来てくださ――」
「もう一回」
その声には、ただ欲しい。欲しくてたまらない――そんな執着が、抑えきれないほどに溢れていた。
リクが、一歩。
さらに一歩、澪に近づいてくる。
距離が詰まるたび、澪の呼吸は浅くなり、心臓の音が熱を持つ。
その熱は、背筋を這い上がり、澪を震わせる。
「ちょ、近すぎ、です……」
「……嬉しい」
甘くて、熱くて、背骨の奥を震わせるような声。
その一言で、身体がふわりと浮いたように熱を帯びる。
「……リクさん……?」
目の前の男が、喉をかすかに鳴らした。
けれどその奥には、黒獅子の本能が潜んでいた。
「毎日、必ず来る。だから――」
言葉の一つ一つが、重く、胸を打つ。
その息遣いが、澪の耳元を熱く濡らす。
「澪。お前は俺を、選べ」
それは“命令”の皮をかぶった、“求愛”。
澪は、わずかに唇を開きかけた。
けれど、それより先に、リクの手がふわりと頬へ伸びる。
指が髪をすくい、頬をなぞるように滑る。
優しいのに、どこか熱を孕んだ動作。
そのまま、耳の後ろにそっと触れた彼の指先が、微かに震えていた。
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