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第6話 今日もCafé Lumièreで
しおりを挟む「よう、リク。今日も熱心だねぇ?」
チリン、と軽やかなドアベルが鳴り、明るい声が店内に響く。
入ってきたのは、茶色の毛並みを持つ獣人――リクの幼馴染にして、気さくな観察者・ライ。
すっかり『Café Lumière』の常連と化し、リクの“番アタック”をまるで恋愛リアリティ番組でも見るかのように楽しんでいる。
「お前こそ、毎日暇なのか。仕事はどうした」
リクは、カウンターでコーヒーを淹れている澪から視線を外すことなく、ぼそりと応じる。
「いやいや。心配してやってんだよ? 天下の黒獅子様が、番に相手にされないなんて……哀れだなーって」
わざとらしい声に、店内の客の数人がくすりと笑う。
すると、リクの耳がぴくりと揺れる。
「……俺は、無理に手を出していないだけだ」
その返しを聞いたライは、待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「ぷっ……それがまた健気じゃないの。で、どこまでいった?手は繋いだのか?それともマーキングまでは済ませてるのか?」
「……殺すぞ」
一瞬、空気が張り詰めた。
だがライはひるまず、肩をすくめて澪にひょいと笑いかける。
「お嬢さん、最近リクが妙にゴキゲンなんだよね。なにかいいことでもあった?」
「え、あ、はは……どうでしょう」
困ったように微笑む澪の横で、リクの尻尾が不機嫌そうにピクピクと跳ねる。
「澪、そんなことよりも今日のオススメはなんだ?」
低い声で、ライとの会話をぴしゃりと遮る。
その声音には、他の雄と気安く話すな――という、明確な“牽制”がにじんでいた。
「おっと、怖い怖い。じゃあ俺は、いつものブレンドで」
軽く手をあげて受け流しながら、ライはリクの向かいに腰を下ろす。
「お前、澪ちゃんに触るとき……顔が完全に発情期の獣になってんの、気づいてる?」
「黙れ」
「見てるこっちが緊張するんだわ。せめて、外では獣っぽさ控えろよな?」
「これでもかなり控えてる」
「……お前、それで『控えてる』って、ちょっと怖いぞ?」
呆れたように笑うライを、リクは無言で睨みつける。
「……あーもう。マジで、一生分の恋してんな、お前」
苦笑しながら、ライはコーヒーに口をつけた。
「当たり前だろ、番だぞ」
ライを横目に、リクの視線は再び澪に戻る。
だが、その目はさっきよりも少し――優しさを増していた。
*
それから数日後。
「Café Lumière」の店内には、いつの間にかライの明るい声がよく馴染むようになっていた。
リクが澪を追って通い詰めるうちに、気づけばライも自然と、店の常連になっていた。
「澪ちゃん、今日のラテアート、クマ? 可愛すぎるって!」
ライが嬉しそうにカップを掲げる。
ミルクの上には、ふわりと浮かぶ愛らしいクマの顔。
「ふふ、ありがとうございます。今日はちょっと、頑張ってみました」
澪もつられて笑う。その笑顔は柔らかく、リクに向けるときとはまた違う、無邪気な明るさを帯びていた。
その光景が、リクの視界に焼きつく。
ライのカップに描かれたクマの顔が、まるで嘲笑っているように見えた。
(俺にあんなふうに笑ったこと、あったか?)
カップを持つ手に力がこもり、ぎゅ、と陶器がきしむ音がする。黒く艶やかな耳がぴくりと震え、獣の気配が、リクの内側で小さく蠢く。
(……澪は、俺の番だろ)
金の瞳が、射抜くようにカウンターの向こうを見つめる。
けれど澪は、そんな視線に気づく様子もなく、ライの話に頷いている。
(待つって、そう言った。けど……)
喉の奥で、低く唸るような音が漏れそうになるのを、コーヒーの苦味と一緒に飲み下した。
リクは静かに立ち上がり、手にしたカップをカウンターに置くと、まっすぐに澪へと視線を向ける。
「……澪」
その声に、澪がぱっと振り向く。ライも、不穏な空気に眉を寄せた。
「はい、リクさん? どうかされましたか?」
「なぜ、俺のカップにはそのクマがいないんだ」
その視線は、明らかにライのカップに描かれたラテアートを示していた。
「えっ……だって、リクさんはいつもブラックコーヒーしか頼まないじゃないですか。ラテアートは……ラテじゃないと描けませんし」
リクの目は、何か別の“答え”を澪に求めていた。
「……そうか」
短く返したその声には、どこか拗ねた響きがあった。
視線はそらさず、じっと澪を見据える。
「澪が淹れてくれるなら、なんでも飲む」
その一言に、ライが「うわ、重っ」と小声で笑う。
けれど澪は、目を瞬かせたまま、何も言えなかった。
(嫉妬……してたの?こんな小さなことで)
頬がほんのり赤くなる。リクのこういうところに、不意打ちで心を持っていかれる。
「じゃあ……次から、ラテ、淹れましょうか?」
「……澪が描くなら、どんなのでも嬉しい。可愛いの、期待してる」
「そ、それは……」
「期待してる」
リクがわずかに微笑んだ、そのとき。
彼の身体が、ゆっくりとカウンターの内側に踏み込んでくる。
「リクさん!? 店の中で……」
「あいにく営業時間は終わっただろ」
彼の手がすっと澪の腰を引き寄せた。
背後からはライの「おいおい、目の前でやめろよ!」と言い、手をひらひらと振りながらそそくさと店を後にした。
二人の空間に残されたのは、リクの甘く濃密な匂いと、熱い体温だけ。
リクの鼻先が、澪の耳元に触れる。
背中を這うその手は、熱を帯びていて、まるでリクの体温ごと、澪に伝えようとするかのようだった。
「……さっきから、澪の匂いが……俺を煽る」
その言葉は、囁きというにはあまりに重たく、獣の本音が滲み出ていた。
「私、何も……っ」
「……ライに笑ってただろ。俺以外の誰かに笑顔を向けるのが、気に入らない」
低く、ねっとりとした声が耳に流れ込んでくる。
その言葉に、澪の腹の奥がじんわりと痺れる。
「そんなこと言われても……私……っ」
「……本気で言ってる」
唇が首筋をすっと辿り、熱い吐息が耳元で甘く絡みつく。それだけで、肌がびりびりと疼く。その感触に、澪は身体の芯から震えた。
「リクさん……あの、やりすぎです、ここじゃ……」
「じゃあ、俺の部屋に来るか?」
「……っ」
返事はできなかった。
それどころか、リクの胸元に顔を埋めたくなるような衝動に襲われていた。
(どうしてこんなに、触れてほしいって思うんだろう)
触れられるたびに、心が溶けていく。
香りを吸い込むたびに、身体の奥が疼いていく。
「……明日も来るからな」
そう低く告げると、リクは満足げに身を離す。
その声に、有無を言わさない強い意志と、限りない愛しさがこもっていた。
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