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第9話 疼く本能と、甘い覚醒
しおりを挟むガチャリ。
鍵をかける音が、やけに遠くに聞こえた。
部屋に入るなり、リクは上着も脱がず、スーツ姿のままソファにへたり込む。
「……っ、あああ、クソ……」
掌で顔を覆いながら、低く唸る。
荒れた呼吸が、指の隙間から熱を持って漏れていく。
──『……また、来てくださいね』
甘く、少し照れたように笑みを含んだ彼女の声。
それがまるで毒のように、鼓膜に染みついて離れない。
(……あんなの、反則だろ)
やわらかなカフェの光。漂うコーヒーの香り。
ふと見上げてきた伏し目がちの睫毛。紅潮した頬と、小さく動いた唇――
全部が、理性を焦がす。
吐き捨てるように呟いて、ソファの背に頭を預ける。
だが、落ち着けるはずがなかった。
ずっと押し込めていた“それ”が、暴れ出そうとしている。まるで、檻の中で咆哮する獣のように。
限界なんて、とっくに超えていた。
(……俺、一応、獣だぞ。理性なんて、もともと脆い)
何度も、自分に言い聞かせてきた。
“番として、心から受け入れてもらうまでは待つ”
それが、唯一残された“理性”だった。
でも――
『また、来てくださいね』
たったそれだけの一言が、刃みたいに胸を抉る。
「……誘われた。澪の声で、俺を……」
身体が疼いて、たまらない。
スーツ越しでもわかる、張り詰めた自身の熱。
膨れ上がった欲望が、びくり、と脈打つ。
(……ああ、クソ……)
澪の声、吐息、仕草、匂い――
頭の中で、何度も繰り返される。
(あんな、無自覚な顔で……甘い声で……)
思い出しただけで、身体の芯が灼けそうだった。
「……俺の“番”なんだぞ……」
押し殺した低音が、獣の本能と、狂おしいほどの執着を滲ませる。
手のひらに力がこもる。
ズボン越しに熱を帯びた中心を押さえつけながら、リクはかすかに呻いた。
(……澪……触れたい……)
けれど、それはまだ叶わない。
彼女が、真に“番”として自分を求めてくれる、その日まで。
──でも、その日が来たら
そのときは、全てを刻み込む。
逃れられないほど、深く、甘く。
澪が、俺なしでは生きられないように。魂の奥まで、獣の印を焼きつける。
*
「……リク、さん……」
微睡の中、澪はとろけるような声で名を呼ぶ。
意識の深いところ――夢の中で、彼はすぐ傍にいた。
夜の帳に包まれた静かな部屋。
重なった呼吸だけが、湿った空気を震わせる。
熱を含んだ彼の掌が、腰に触れた。
指が滑り込むように沈み、じん……と甘く痺れるような熱が肌を焼く。
その手は厚くて大きくて、獣のように強引な温もりを宿していた。
首筋に、そっと顔を寄せられる。
「綺麗だ、澪。お前の全ては、俺のものだ」
低く、艶を帯びた声が耳元で囁く。
吐息がうなじを撫で、ぞくりと背筋を走る。
その直後――
舌先がぬるりと這い、唇が吸い付いた。
チリチリと痺れるような快感に、思わず背筋が弓なりに反る。
「……ッ、や、あ……」
敏感な場所をなぞられ、背がビクリと跳ねる。
逃れるように腰が揺れ、シーツがくしゃりと音を立てた。
太ももを這う指先。
柔らかさの中に潜む、鋭いの爪のような感触――
まるで、獲物を逃がさぬように包み込む、獣の手。
触れられるたびに熱を帯び、
どくん……と甘い疼きが波打つ。
夢の中のリクは、現実よりも生々しかった。
重なる二人の体温。
耳元にふりそそぐ、低く艶めいた声。
彼の香りが、胸の奥まで忍び込む。
「リク……さ、ん……」
寝言のように漏らすと、リクの動きが深くなる。
熱を帯びた舌が、鎖骨の上をなぞり、唇がぴたりと吸い付いたかと思えば――獣の本能そのままに、甘く、柔らかく、噛まれた。
「っ……ぁ……」
舌先がその跡を、ねっとりと舐め上げていく。
まるで、香りも味も、感触もすべてで、
“自分の番”として確かめてくるように。
熱と快感に意識がふっと霞んだ――そのとき。
ふいに、現実が割り込む。
「ん……っ」
薄く目を開ける。
視界はまだぼんやりとしていたが、額には汗が滲み、
シャツは身体にぴったりと張り付いていた。
心臓が、ばくばくとうるさい。
喉が渇き、呼吸が浅くなる。
(……なに、これ……夢、だよね……?)
ベッドの上で、そっと身じろぎする。
無意識に手が伸びて、首筋をなぞった。
そこには、夢の名残が――まだ、残っているようで。
(……すごく、リアル……)
リクの声、匂い、熱。
全てが、まるで現実のように身体へ刻まれていた。
ただ夢で触れられただけなのに、身体の奥が、じんわりと疼いて止まらない。
「……っ」
澪の頬が、じわりと紅潮する。
(……なんで、あんな夢……)
その問いの答えは、探すまでもなかった。
答えはもう――身体が、知っていた。
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