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第22話 想いの証
しおりを挟む車窓の向こうを流れる田園風景は、初夏の光に照らされ、どこまでも穏やかだ。
だが、その静けさとは裏腹に、澪の胸の奥では絶えず波が立っていた。
祖母の家に着くと、懐かしい香りとあたたかな笑顔が、変わらず迎えてくれた。
「よく来たねぇ、澪」
その声に、じんと胸の奥が熱くなるのを感じる。
*
夕食を終えた夜、二人は縁側のある居間で座っていた。
雨戸の向こうでは虫の声がかすかに響き、時がゆっくりと流れていく。
やがて澪は、重たい口を開く。
リクとの出会い。彼の優しさと、強さ。そして、番という関係のこと。
ライから聞いた「繁殖」や「運命」の話……自分がただ、本能に選ばれただけなのかもしれない、という恐怖。
祖母は言葉を挟むことも、表情を変えることもせずに、ただ静かに耳を傾けていた。
やがて、湯呑みに手を添えながら、ぽつりと呟いた。
「……澪“も”そうだったんだね」
「……も?」
思わず顔を上げると、祖母は遠くを見つめるように目を細める。
「話しておかなくちゃいけないことがあるんだよ。ずっと、黙っていたことだけどね」
祖母の声は、優しくもどこか覚悟をにじませていた。
「私たちの家系にはね、古くからの“盟約”があるの。人間と獣人が共に生きるために、交わされた約束……その繋がりは、今も受け継がれている」
「……盟約?」
「私たちの血筋には、“獣人と特別に結びつく特性”が代々受け継がれているのよ。けれど、それが表に出るのは、選ばれた人だけ。そして、澪……お前はその目覚めをリクさんとの出会いで果たしたんだ」
「じゃあ……私がリクさんの番なのは、血筋のせいってこと……?」
声が震えた。けれど、祖母は首を振り、澪の手を優しく包み込む。
「それは違うさ。血筋がきっかけであっても、彼が澪を求めたのは、“澪という人”に惹かれたからなの。運命の番というのはね、本能だけで決まるものじゃない。心が、互いに選び合って初めて成立するのよ」
それでも澪の中には、どこか不安が残っていた。
それを見透かしたように、祖母は続ける。
「澪の曾祖母……つまり、私の母にも、獣人の番がいたんだよ」
遠い過去の話なのに、なぜかすぐ隣に感じられた。
「若い頃に出会って、深く愛し合った。でもね、その頃は今よりずっと偏見が強かった。盟約があったとはいえ、二人は引き裂かれて……彼女は、二度とその人に会うことができなかった」
「……」
「でも最期にこう言ったのよ。“あの人との出会いは、私の宝物だった”って。"例え結ばれなくても、心は永遠に繋がってる"ってね」
祖母の瞳が、まっすぐに澪を見つめる。
「澪。リクさんの想いは、衝動じゃない。あなたと彼が出会えたのは、血筋の偶然じゃなくて、愛の必然。──選ばれたんじゃなく、選び合ったんじゃないのかい?」
その言葉は、まるで固く閉ざされた心の扉をこじ開けるようだった。
祖母は、小さな木箱をそっと取り出し、澪の前に置く。
「これを、澪に託してもいいかい?」
中には、古びた革装丁の日記と、繊細な銀のネックレス。
「これは、母が遺した日記と、彼から贈られた想いの証」
指先でネックレスに触れると、不思議と胸が満たされていく。
「母が最期に託したこの想いを、今度は澪が受け取る番だと思うの。きっと、いつか澪の道しるべになるから──」
静かな部屋の中、澪は小さく頷いた。
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