【完結】黒獅子の王は、運命を愛でる【獣人】

Sena

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第44話 香る嫉妬と、冷たい風

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その日、澪は久々の平日休み。対してリクは、いつも通り仕事の日。

「澪が休みなら……俺も休みたい」

そう言って、リクは澪の腕に顔を埋め、喉を小さく鳴らす。
その甘え方は、まるで猫が主の手にすり寄ってくるようで、獣じみた可愛さと色気をまとっている。

「こらこら、ダメです。社会人なんだから、ちゃんと働いてください」

困ったように笑いながらも、澪はその頭をそっと撫でてやる。
指が触れるたび、リクの耳がぴく、と反応し、尻尾が名残惜しげに揺れた。

「……お昼に、差し入れ持って行くから」

そのひと言に、リクは喉を鳴らして「ぐぅ」と低く唸る。

「約束な……来てくれないと、今日一日やる気出ない」

名残惜しそうに首筋へ顔をうずめて、ゆっくりと鼻先を擦りつけてくる。
くすぐったさと、彼の体温に、澪は頬を赤く染めた。

「澪、俺にも……マーキングして」

艶を帯びた囁き声が耳に届く。
澪は恥ずかしさに身を縮めながらも、首にそっと唇を寄せて小さなキスを落とした。

「……これで、我慢して」

「いってきます」

彼は満足したように身体を離し、玄関で靴を履く。
ドアが閉まる直前まで、澪を見つめるその瞳には、強い名残惜しさがにじんでいた。

リビングに残ったぬくもりを抱えながら、澪は小さく息を吐く。

「……可愛いとこあるんだから」

午前中のうちに澪は、腕によりをかけて弁当を仕上げる。
好物を詰め込み、彩りも香りも万全だ。

弁当を手にリクの職場へと向かう。
受付に着いた瞬間、軽快な足音と共にやってきたのは――

「澪ちゃ~ん!」

満面の笑みで駆け寄ってきたのは、リクの同僚・ライ。

「ごめん! リクの奴、さっき急な仕事が入って、タクシーで行っちゃったんだ」

「そうなんですね……」

せっかく用意したのに、と澪が残念そうに俯くと、ライは苦笑しつつ、続けた。

「澪ちゃんの匂いがしたから、すぐに伝えてこいってさ。すんごい形相で。俺までビビったよ」

「……に、匂い?」

「うん。っていうかリク、最近めっちゃ匂いに敏感になってない? 完全に“番の発情期”だよねー。あれ絶対すでに何回か――」

「ちょ、ちょっとライくんっ!」

慌てて言葉を遮った澪は、耳まで真っ赤になった。

「あはは、ごめんごめん! じゃあ俺、これ食べてもいい? リクには写真撮って送っとくよ!」

澪が答える間もなく、お弁当を受け取ったライは、軽く手を振って去っていった。



ぽつんと残された澪は、弁当箱のぬくもりの代わりに、胸に少しだけ冷たい風を感じた。

(……仕方ない。仕事だもんね)

気を取り直し、せっかく街に出てきたのだからとカフェに寄るつもりで歩き出す。
けれど、なぜだろう。風の中に、微かにリクの香りが混じったような気がして、足を止めた。

「もしかして……近くに?」

冗談のつもりで呟いた直後、歩道の向こう側にスーツ姿のリクが見えた。

(あ……)

淡い光の下、いつもと同じスーツ。けれど、話している姿はどこか違う。
相手は獣人の女性。軽やかな仕草で、彼の腕に絡んでいる。

「も~リク~!」

高い声とともに笑う彼女に、彼は一応「くっつくな」と返していた。
けれど、澪の目には――その拒絶が、どこか曖昧に映る。

(……仕事、なんだよね。仕方ない)

でも、胸の奥で小さな痛みがじわりと広がっていく。

(あんなふうに近づかれて、受け入れてるように見える……)

喉の奥がぎゅっと詰まる。

(私の匂い、わかってるって言ってたのに……なんで、気づいてくれないの……)

いつのまにか、カフェに寄る気力も失せていた。
ひとりで歩く帰り道は、ほんの少し、風が冷たい。



昼過ぎに会社に戻ったリクは、仕事を終えたライから報告を受け、すぐさま眉をひそめた。

「……澪の弁当、食ったのか」

「タクシー乗る直前、リクが“澪来てるだろ”って俺に言ったんだろ。そんで、“すぐ行って伝えろ”って」

「お前が弁当食う理由にならないだろ」

「えっ、いや、それは……せっかくの弁当無駄にするわけにはいかないだろ? お前は外食だったし」

「……ッチ」

リクの舌打ちに、ライは肩をすくめるしかなかった。

そしてその日の夕方、帰ろうとした矢先、急な会食の連絡が入る。
リクは準備に追われ、気づけばメッセージを送ることも忘れていた。



澪が自宅へ戻る直前、スマホが震えた。

『澪ちゃーん!今どこー? 弁当箱返したくてさ、もし近くにいるなら、渡したいんだけどいい?』

軽快な声に、「はい、すぐ行きます」と返し、澪は会社へ足を向ける。

ライと合流すると、笑顔で弁当箱を差し出しつつ、澪の顔を覗き込んでくる。

「……ありゃ? 澪ちゃん、なんかあった?」

「え?」

「顔に書いてあるよ。ピリピリしてる。俺でもわかるって」

ライのからかうような口調に、澪は慌てて笑顔を作る。

「あ……すみません。ちょっと、いろいろ……」

曖昧に答えると、ライは「なるほど」と頷き、ふと視線を逸らしてから、軽く弾むように言った。

「じゃあさ、今日はお兄さんと飲みに行こう! リクは会食で遅くなるらしいし、ちょうどいいでしょ?」

「……え? 会食?」

ライの何気ない言葉に、澪は思わず聞き返す。

「うん。昼間出かけた時の取引先の人たちと。……ってまた連絡してないのか、あの黒獅子は」

その言葉に、澪の心がじん、と冷えた。
昼間、リクといた女性の姿が脳裏をよぎる。

(あの女性も、いるのかな……)

彼の隣にいた女性の笑顔が、どうしようもなく引っかかる。

(……私って、こんなに独占欲強かったっけ)

小さく息を吐いた澪は、曖昧な笑顔を浮かべて言った。

「じゃあ……少しだけ、ご一緒します」



ライとの食事は、思っていたよりもずっと楽しかった。

美味しい料理と軽快な会話、そして何より、無理に元気づけようとしない彼の距離感が心地よかった。
気づけば、ライに勧められるままグラスを重ね、澪の頬はほんのり赤らんでいた。

「でもね……私が同じことしたら、絶対怒ると思うんですよ」

澪はグラスを持ったまま、ぷんすかと頬を膨らませた。
その姿がやけに可愛くて、ライは苦笑いする。

「リクさんって、いつも自分のことになると、説明してくれないんです。こっちが不安になるようなこと、平気で黙ってるくせに……」

ぽつぽつとこぼれる言葉に、昼間のモヤモヤがにじむ。

「もう番になったらどうでもいいってこと? 私、リクさんから大事にされてるって……思ってたのに……」

声の端が震え、澪は視線を落とした。

ライは、困ったように眉を下げながらも「あー……」と相槌を打ち、言いにくそうに口を開いた。
「あの女の人ね、実はさ――」
澪の揺れる目を見て、ライは口を噤んだ。



その頃、自宅に戻ったリクは、玄関を開けるなり違和感に眉をひそめた。

(気配が……薄い)

家の中には澪の香りが微かに残っているが、それは数時間前のものだ。
明かりもついておらず、靴もない。

「……もう夜の二十二時だぞ? どこにいるんだ」

すぐにスマホを取り出し、着信を送る。数コールの後、ようやく繋がったが――出たのは、思いもよらぬ声。

「やっべ、あ! リク!? よかったぁ、いま……」

「……ライ、貴様何やってる。なぜお前が澪の携帯に出る」

リクの声は、低く唸るように響く。電話越しでも、ただならぬ空気が伝わってきた。

「ちょ、違うって! 昼のお弁当箱返すためにたまたま会ってさ? なんか澪ちゃん元気なかったから、ご飯に誘っただけで! そしたら、ちょっと飲みすぎて酔っ払っちゃって……!」

「……は?食事?」

「そこ!? いや今はそこじゃないでしょ!? 早く迎えに来いってば!!」

苛立ちの混じったライの叫びに、リクは舌打ちしながらすぐさま店へと向かう。
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