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第43話 繋がれた番の系譜
しおりを挟むリクと澪は、山の麓に位置する九条家本家の広大な屋敷へ足を踏み入れた。
凛とした威厳が漂う中、リクが手を握りしめてくれているおかげで、澪は萎縮せずにいられた。
「大丈夫。俺の“番”として、堂々としてて」
リクの言葉に、澪は小さく頷いた。
重厚な和の意匠と、獣人特有の力強さが調和する広間へ通されると、一族の長老格が何人か顔を揃えていた。
その中で、ひときわ年配の男性が静かに立ち上がった。
「……これは……」
老人が澪に視線を向けた瞬間、まるで時が止まったかのように空気が張り詰めた。
「お、おじいさま……?」
リクが声をかけても、彼は答えない。ただ澪の胸元に、じっと視線を注いでいる。澪は不思議に思いながら、そっと自分のネックレスに触れた。
それは、先日祖母から託されたものだった。金属と獣の牙を組み合わせた独特の意匠。牙には細やかな彫りがあり、獅子の紋章を思わせる小さな文様が刻まれている。
「……それは……」
老人が低く呟く。震える指先を伸ばし、澪の前までゆっくりと歩み寄ってきた。
「それは……紛れもなく、私がかつて贈ったものだ」
澪は息を呑んだ。リクも驚きに目を見開き、祖父とネックレスを交互に見比べた。
「え……?」
「忘れるはずがない。あの牙は、私自身のものだ……若き日に、心から愛した女性に渡したのだから……」
老人の声は切なげに震え、目元が潤んでいく。
「その女性の名は……志乃……ではないか?」
「……志乃は、私の曽祖母です……」
澪の声も震える。
その瞬間、祖父の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「やはり……君の匂いに、どこか懐かしさを感じたが、まさか……彼女との縁が、こうして再び巡り合うとは……」
「リクさん……どういうこと……?」
リクは信じられないといった表情で、澪と祖父を交互に見つめ、言葉を絞り出した。
「俺の曽祖父が……澪の曽祖母の“番”だった……? そんな偶然で片付けられるか。いや……これはもう、運命としか言いようがない……」
澪の胸に、熱い想いがこみ上げた。自分たちの出会いは、過去から紡がれた必然だったのだと、初めて確信できた瞬間だった。
老人はそっと、澪の手を包み込む。
「志乃との番は……私にとって、一生の宝だった。だが、時代が許さなかった。私は彼女を守れなかったのだ。だからこそ……君たちがこうして番として結ばれたことが、何より嬉しい。志乃も……空の向こうで、きっと歓んでいるだろう」
その手の温もりが、澪の心に深く染み渡っていく。
リクがそっと澪の肩を抱き寄せた。その腕に、澪は安心しきって身を預ける。
「澪……俺たちの出会いは、ただの偶然じゃなかった。過去に果たせなかった想いが、今ようやく成就したんだ。俺は、お前を絶対に離さない」
「……うん。私も……」
熱い涙が頬を伝った。それは悲しみではなく、胸を満たす幸福な想いの証だった。
その日、澪はただ一族に“番”として受け入れられただけではない。遠い過去から紡がれた想いが、再び未来へと繋がった、運命的な瞬間だったのだ。
ネックレスは、今も彼女の胸元で静かに揺れる。曽祖母の愛と、澪の想い、そしてリクの決意──すべてをつなぐ、小さな証として。
*
熱い再会と涙の記憶がまだ胸に残る中、広間にはゆるやかな祝福の空気が満ちていた。
誰よりも先に歓声を上げたのは、リクの妹たちだ。
「リク兄、おめでとうっ! 番の印、ちゃんと出てる!」
「見て、耳の先が赤くなってる……! 尻尾の毛、すごく綺麗に光ってる!」
リクは照れたように耳をピクリと動かす。母親がそっと近づき、その耳を指先で撫でながら、頬に優しい微笑みを添えた。
「ほんと、よく出たわね。リク……おめでとう」
彼女の視線はやがて澪へと移る。その眼差しはやわらかいが、静かに澪の胸の奥へと滑り込んでくる。
「……次は澪ちゃんの番ね」
そのひと言に、リクも澪も同時に首をかしげた。
「……え?」
「何がだ?」
リクは戸惑いを隠せないまま、母親の言葉を待つ。
「まったく、リクったら……知らないの?」
母親はあきれたように眉をひそめ、深いため息を一つ。そして、諭すように話し始めた。
「いい? 獣人と人間では、体の作りが違うのよ。人間が獣人の子を宿すには、体が緩やかに変化する準備が必要。その兆しこそが――番になった人間の女性に現れる“番の印”なの。」
「……っ!」
リクの瞳が大きく見開かれた。
「印が出るって……澪の体に?」
「そうよ。番の子を迎えるために体が変化し始めるの。その印は、準備ができたという確かな証よ」
その言葉を聞いた瞬間、リクはぎゅっと澪の手を握りしめた。尻尾が喜びを隠しきれずに揺れ、耳がぴくぴくと跳ねる。
「……澪にも、印が出るのか……!」
その声は喜びと希望に満ちていた。
リクの手から伝わる熱に、澪の胸がじんわりと温かくなる。大袈裟だと思いながらも、嬉しくてたまらない。
それは、この先ふたりで未来を歩んでいくための、静かで確かな誓い。そして遠い昔から繋がれてきた、獣と人との絆の現れでもあるのだと――澪は改めて深く理解した。
リクの母は、そんなふたりの空気をやわらかく包むように微笑む。
「俺……澪に印が出るなんて、想像もしてなかった。でも、すごく……嬉しい。俺の番だって、誰が見てもわかる。それって、すごく……誇らしい」
その声には愛しさが込められている。
澪の胸の奥に、またひとつ熱い炎が灯った。体に現れるその「印」は、ただの肉体的な変化ではない。
未来へと繋がる、新しい命の証でもある。
この時、澪は強く思った。
「印が出たら――リクに、真っ先に見せたい」
リクの確かな手のぬくもりを感じながら、そう、静かに願った。
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