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第42話 番の証
しおりを挟む別荘での一週間――
朝も昼も夜も、互いを求め、与え、満たし合った。
それは番としての本能と、愛情が溶け合う濃密な時間だった。
心も体も、何もかもをさらけ出した後、ふたりはようやく静かな日常へと戻ってきた。
いつも通りの家。見慣れたリビング。
けれど、交わす言葉も、指先が触れるだけの仕草も、どこか変わっていた。
「……ただいま」
澪の声に、リクが振り返り微笑む。その優しい眼差しに触れた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。
リクの手が澪の髪を撫で、ほんの少し首筋に触れただけなのに、体の奥がふわりと熱を帯びた。
まるで、もう一度、深く抱きしめられているようだった。
*
別荘から戻って数日が経った、ある朝のこと。
朝食を共にし、リクが出かける準備をしていると、ふと澪の視線が彼の耳に留まった。
「リクさん……耳、どうしたの?」
「ん?」
鏡に映る自分の耳に、リクも目を留める。
その先端――普段は落ち着いた毛並みだった部分に、深く、艶やかな紅色がにじんでいた。
まるで、燃えるような情熱がそこに宿ったように。
「これは……」
リクは指で耳の先をなぞり、そして澪を振り返る。
その瞳に浮かぶのは、驚き、喜び、そして……抑えきれないほどの嬉しさだった。
「……番の印、だ」
その低く響いた声に、澪の胸がどくんと跳ねる。
彼の紅に染まった耳――それは、彼が番を得た証。
澪はそっとリクに近づき、指先でその紅色をなぞった。
「……すごく、綺麗」
「澪に見せたくて、出たのかもな」
「ふふ。だったら、すごく嬉しい」
触れているだけで、嬉しくて涙が出そうになる。
*
その夜――
澪がリクの背に腕を回し、頬を寄せたとき、腰に絡みついた彼の尻尾が、いつもよりも強く、しなやかに巻きついてきた。
その動きがあまりにも愛おしくて、ふと視線を下ろすと……尻尾の先端に、これまで見たことのない美しい飾り毛が生えている。
「……あれ?リクさん、尻尾……!」
驚いて声を上げた澪の手が、そっとその飾り毛に触れる。
まるで星屑をちりばめたようにきらめく、繊細で幻想的な毛並みだった。
リクは一瞬きょとんとしたが、澪の反応に気づいて自分の尻尾に目をやると、息を呑む。
「ああ……これは」
彼の声は低く、しかしどこか甘く震えていた。指先でゆっくりと毛を撫でながら、表情にふわりと笑みが広がっていく。
「これで、もう誰が見ても――俺には番がいるってわかるな」
そう言って、リクは澪を強く引き寄せた。唇が額に落ち、ゆっくりと頬、そして首筋へと滑り下りてくる。
「澪……もう逃げられないな。俺は……お前の番だ」
その囁きが、耳の奥をくすぐって、ぞくりと背筋を走る。
澪は小さく笑い、彼の胸に顔を埋めた。
「逃げないよ。最初から、そのつもりなかった」
「……ん。じゃあ、今夜も、安心して甘えてくれ」
「……優しく、してくれる?」
*
番の印を得てからの夜は、明らかに変わった。
触れ合うたび、リクの内に眠っていたものが、少しずつ、確実に解き放たれていく。
首筋を這う舌先が、以前よりもずっと熱い。
唇は、焦がれるような欲を孕みながら、澪の肌の上を滑る。
喉の奥からこぼれる低いうなり声が、耳元にじんじんと響き、澪の体は触れられるたびにふるふると震えた。
「澪……お前の味、本当に甘い……。もっと、もっと欲しくなる……」
湿った吐息とともに落とされる言葉。そこに込められた熱が、じわじわと澪の皮膚を焼いていく。
「……っん、ぁ……リクさん……だめ、そんな……」
首筋に押し当てられた唇がゆっくりと開き、ちろりと舌が這うたびに、澪の喉から零れる声が甘く震える。
リクの指先が澪の背を撫で、そのまま腰へとそっと回り込んでくる。触れられた場所から、ぬるりと湿気を含んだ音が、いやらしく響いた。
「……んっ、……ふ……ぁ……これ以上はダメ……っ」
澪の呼吸が浅くなっていく。
胸の奥がきゅうっと疼き、堪えようとしても、唇からこぼれる声が止められない。
「ダメじゃないよ、澪。……もっと欲しがって?」
耳元に落ちた声は低くて甘くて、ぞくりとするほど獣じみていた。
舌が耳たぶをくすぐり、牙がそっと引っかかる。
澪は思わず肩をすくめ、指先で彼の紅く染まった耳に触れた。そこは微かに熱を帯びており、彼の興奮をそのまま宿していた。
「……っ、あ……や、リクさん……」
息が上擦る。
胸が上下するたび、かすかな吐息と声が混じり、彼の耳をくすぐった。
紅く染まった耳。
ゆらゆら揺れる飾り毛の尻尾。
それらに触れるたび、澪の中で確信が熱く燃え上がる――リクは、自分だけの番なのだと。
「澪……っ、ほんとに……お前ってやつは……」
吐息混じりの声が、すぐ耳元で震える。
首筋に落ちる甘噛みは執拗で、切なげなほど優しかった。
肌に残る微かな痛みが、心の奥まで甘く沁みる。
「……っふ、あ……ん……っ」
そのたびに澪の体はびくんと跳ね、脚がわずかに絡まり、シーツの上でくしゃりと音が鳴る。
彼の舌が肌を這い、艶めかしい水音がゆるやかに空気を濡らしていく。
熱い吐息、濡れた音、揺れる尻尾――
それらが澪を包み込み、彼女の意識はじわじわと溶けていった。
言葉なんていらない。
体中で感じるリクの本能。それが何よりも熱くて、どうしようもなく嬉しかった。
こんなふうに求められるのも、愛されるのも、触れられるのも。
すべてが自分だけに向けられた、特別なものだという幸福。
「リクさん……番になってから、ちょっと、ずるいくらい優しい」
「ずるい?」
「……毎晩こんなに蕩けさせられたら、好きが止まらなくなる」
「それ、全部言葉通りに受け取っていい?」
「うん」
「俺もだ、澪。お前と番えて、本当に、幸せだ……」
リクの腕が、よりいっそう澪を強く抱きしめた。
その胸の音は、以前よりずっと強く、落ち着く音だった。
人間と獣人――違いなんて、もうどこにもない。
そこにあるのはただ、誰よりも深く愛し合う「番」としての絆だけ。
10
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