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第55話 刻印(しるし)の誓い
しおりを挟むようやく結合の名残を脱した後も、ふたりはぴたりと身体を離さずにいた。リクの腕の中で、澪はゆっくりと、微睡みの深い呼吸を繰り返す。
やがて、リクが小さく身を起こし、ゆっくりと澪の身体へ唇を落とす。
傷つけてしまった箇所に目を留めるたび、リクの表情は痛みを滲ませた。発情期の渦中で無意識に刻んでしまった噛み跡や赤い擦り痕——その一つひとつを、まるで償うように、彼は丹念に舌を這わせてゆく。
「……ごめん、澪……こんなふうにしたくなかったのに……」
ざらついた舌が、鎖骨のくぼみを優しくなぞる。猫科特有の、繊細な刺激。それが触れるたびに、澪の肌は淡く染まり、熱を取り戻していく。
「……そんな顔、しないで」
澪は、わずかに身じろぎながらも、逃げることはしなかった。リクの頬にそっと触れ、身体を寄せる。
「……怖くなかったよ。リクさんだったから」
その言葉が、リクの胸に深く染み込む。彼は息を詰め、澪の腹部に残された赤い跡を、より一層、丁寧に舐めた。まるでその跡が消えることを願うかのように。
澪の体が、ぴくりと小さく跳ねた。
「……ん……くすぐったい、けど……気持ちいい……」
思わず漏れた澪の甘い声に、リクの動きが不意に止まる。顔を上げた彼の瞳には、愛しさが溢れていた。
「澪、くすぐったいの、我慢できる?」
「……ちょっとくらいなら」
そう囁いた瞬間、再びリクの舌が肌を這いはじめた。今度は肩口から首筋へ、そして鎖骨の下へと、ゆっくり、ゆっくり。唾液の感触と、微かなザラつきが、澪の感覚をとろけさせていく。
「ふふ……リクさん、まるで猫みたい……」
澪がくすりと笑って囁くと、リクは小さく目を伏せた。
「……俺、猫科だし」
照れくさそうにしながらも、舐めるのはやめない。
より念入りに、愛を込めるように唇を落としていく。
澪は彼の髪を撫でながら、そっと言葉を紡いだ。
「猫はこんなに優しくないよ。……優しいのは、リクさんだけ」
その瞬間、リクは小さく喉を鳴らした。嬉しさが滲んだ獣の唸り声のように、低く、甘く響く音。それを聞いた澪の胸が、きゅうっと熱くなる。
リクは顔を上げ、唇を重ねる。けれどそれは激しさではなく、深く染み込むようなキス。舌先を絡め、味わい合うように、唾液を分け合うように。
「好きだ、澪。……絶対に離さない」
「うん……。私も、リクさんがいい。ずっと一緒がいい」
欲望の嵐が過ぎ去ったあと、そこに残ったのは、互いの存在を深く慈しむ、静かで甘い愛。
澪はそっと、リクの指先を握った。その手に口づけ、そして、今度は自分の舌で彼の指をゆっくりと舐め上げた。
「……澪……?」
澪は照れたように笑って、小さな声で囁いた。
「リクさんがいっぱい舐めてくれたから……私も、してあげたくなったの」
その一言に、リクの喉が再び甘く鳴る。満ち足りたように、ゆっくりと彼は澪を抱き締めた。
「……俺、本当に……幸せすぎて、怖いくらいだ……」
「大丈夫……私がいるよ、ずっと」
舌先で絡め取られた指先。唾液に濡れながら、澪の唇がやわらかく上下するたび、リクの呼吸が熱を帯びていく。
「……澪、そんなふうにされたら……また抑えが……」
そう呟きながらも、リクの目は蕩けたように細められていた。番の甘やかな愛撫に、全身がゆるやかに疼いていく。
けれど、今の彼は本能に呑まれてはいなかった。自分の意志で、彼女に触れている。ただ愛し、慈しみ、深く交わろうとする——それだけだ。
指を名残惜しげに離しながら、澪は恥ずかしそうに笑った。
「……少しだけ、お返し」
その純粋な言葉に、リクは黙って彼女の額に唇を落とす。そして、そっと抱き寄せる腕に力を込めた。
「本当に……澪は、俺を……狂わせるな」
ふたりが重なり、ゆるやかに唇を交わしたその瞬間だった。
「きゃあ……っ」
澪の肩甲骨のあたり。そこに、まるで焼き鏝で刻まれるかのように、熱が走った。
その熱は一瞬で背中に広がり、澪の身体を強く締め付ける。
「……あ、つ……ッ……! や、だ……ッ」
全身が痙攣し、リクにしがみつく腕にすら、力を込めることができない。
「澪……!どうした、どこか痛むのか……!?」
焦るリクの視線の先、澪の白い肌に、墨が広がるように黒い「何か」が浮かび上がる。
その紋様が何を意味するのか。
視界に入れた一瞬、リクの思考は凍りついたように止まり、そして一気に熱を帯びていく。
まさしく、それは長らく望み続けた「番の印」。
「……出たんだ……ようやく、俺の番として」
リクの声は震えていた。喜び、安堵、そして何より、長い間夢のように願っていた瞬間が今、現実になったという圧倒的な実感に。
澪は、背中の痛みに眉を寄せながらも、そっと彼に身を預ける。
「……これが、番の印……?」
「そうだ。……これで、正真正銘……澪は俺の番だ」
リクは、言葉の重みを噛みしめるように、慎重に、そして限りなく慈しむように、自身の指先を澪の肌に浮かんだ印へと滑らせる。
その印は、今やふたりの永遠の絆の証だ。リクは、印の輪郭を確かめるようになぞり、やがて、その神聖な刻印にゆっくりと唇を落とした。
「……俺の命も心も、全部、澪のためにある」
澪は震える声で応えた。
「うん……わたしも……リクさんのものだよ。全部……全部、あげる」
互いの額を寄せ合い、何度も何度も口づけを交わす。ふたりの心が、ひとつに重なり合っていく。
「もう、勝手に一人でいなくならないで」
「あぁ。……ずっと一緒にいる」
その夜、ふたりは何度も優しく、そして確かめ合うように重なった。熱も、鼓動も、吐息も、すべてが響き合いながら。
獣の本能を超えて、真の番として、互いを受け入れた夜だった。
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