【タイパはガン無視平成ラノベシリーズ】魔法銃士は戦国を泰平す

あざみ&代理

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第四章 九州編

#90 誘導と先読み、そして焦燥

 空から降ってきた五つの影によって、陣の最奥に据えられたフランキ砲は瞬く間に沈黙させられた。
 歴戦の司令官は、その常軌を逸した光景に目を見開きながらも、即座に戦況の損得を天秤にかけていく。
 左右の十字砲火を担う大砲を失った不利は計り知れない。
 だが、見方を変えればどうだ。敵の総大将たる龍造寺隆信や雑賀孫一、さらには部隊を率いる将クラスが、たった五人で自陣の奥深く、完全に孤立した死地へ自ら飛び込んできたのだ。
(……狂人の戯れか、無謀な勇気か。だが、これを囲んで討ち取れば、この戦は我らの勝利で終わる)
 司令官の冷徹な思考は、この異常事態を千載一遇の好機と断定する。
 現状把握に陣の中央へ目をやると、そこに布陣する銃兵の横隊と長槍のファランクスは、背後で起きた凶行に完全に浮足立っていた。
 そもそも彼らは前方からの突撃に備えて分厚く密集した陣形を組んでおり、容易に後ろへ反転することができない。
 無理に向きを変えれば陣形が崩壊し、同士討ちの危険すらある。
 ならば動かすべきは、身軽な両翼の騎兵だ。
「騎兵部隊ッ! 背後の五人を包囲し、一人残らず槍の錆にしろッ!!」
 司令官が声を張り上げ、反転突撃の命令を下そうとした、まさにその刹那。
「撃てェェェッ!!」
 前方から響き渡った老喝が、司令官の号令を掻き消した。
 直後、雨あられの如き銃声が平野を劈く。
 ――ズドォォォォンッ!!
 放たれたのは、源爺率いる雑賀衆の鉄砲隊による、木戸式雑賀銃の一斉掃射。
 鉛の暴風は、方向転換しようとしていた両翼の南蛮騎兵たちを正確に捉えていく。
 だが、射手たちはあらかじめ言い含められていた通り、命を奪うこと極力避けるべく、騎手ではなくその下の馬の脚や胴を狙い撃っていた。
「ヒィィィンッ!?」
 悲鳴を上げて崩れ落ちる馬たち。それに巻き込まれ、騎兵たちが次々と泥濘へ投げ出され、両翼の機動力が一瞬にして粉砕されていった。
「なっ……!? 銃兵は何をやっている! なぜ撃ち返さんッ!!」
 司令官は怒りに顔を歪め、中央の銃兵たちへ怒鳴りつける。
 だが、前列の部隊長から返ってきたのは、絶望に震える声だった。
「む、無理です! 敵はまだ、およそ150mも先に……!」
「150mだと……!?」
 司令官は遠眼鏡を前方に向け、言葉を失う。
 通常のマスケット銃の有効射程は、せいぜい60mが関の山。
 150mなどという距離から、装甲を貫き、馬を的確に撃ち抜く精度と威力など、南蛮の最新技術をもってしてもあり得ない。
 その時、司令官の脳裏に恐るべき真実が閃いてしまう。
(……あの五人の強襲は、我らの目を背後に惹きつけるための囮かッ!)
 大砲を潰すと同時に、司令官や全軍の意識を後ろへ向けさせる。そのほんのわずかな隙を突き、前方の雑賀衆は巨大な石壁を解除し、自らの射程圏内――あの未知なる長距離銃の恐るべき射程内へと、音もなく戦線を押し上げていたのだ。
「全軍、突撃ィィッ!!」
 源爺の次なる号令が轟く。
 それを合図に、両翼に控えていた龍造寺の騎馬隊が、土煙を巻き上げて猛然と突撃を開始した。
 完全に虚を突かれた形となった司令官だが、兵を預かる将としての矜持が即座に部隊を立て直そうとする。
「銃兵! 慌てるな、敵を射程に引き付けてから迎撃しろ! 一斉射の後、ファランクスは前へ出て装填の隙を守れッ!」
 それは、銃と槍を組み合わせた戦術における、最も理に適った定石だ。
 だが、その定石は、一射目からわずか四つ数える間に、呆気なく崩れ去ることになる。
 カチャリ、という死神の歯車が噛み合うような音が戦場を這った気がした。
 ――ズドォォォォンッ!!!
 再び轟く雷鳴。
 突撃してくる騎馬隊ではなく、構えを取ろうとしていた正面の南蛮銃兵の横隊めがけて、二度目の鉛の雨が降り注いだのだ。
「がはっ……!?」
「ぐあああっ!!」
 肩や足を撃ち抜かれ、あるいは銃そのものを弾き飛ばされ、最前列の銃兵たちが次々と血飛沫を上げて倒れ伏す。
「ば、馬鹿な……! 早すぎる……!」
 司令官の顔から完全に血の気が引いていく。
 次弾装填まで、いかに熟練の兵でも15秒、いや20秒は必要だ。それが、たったの4秒。息を吸って吐く間に、次弾が飛んできたのだ。
 これでは定石など何の役にも立たない。
 未知の射程。あり得ない連射速度。
 背後には空から降ってきた鬼神たちが暴れ回り、前からは見えざる死神の弾幕が絶え間なく降り注ぐ。
 両翼の騎兵は、背を向けて逃げようにもあの恐るべき精度で馬ごと撃ち抜かれ、中央の銃兵とファランクスは、反撃すら許されぬまま次々と削られていく。
 精強を誇ったイエズス会の私兵たちは、もはや軍隊としての体を成さず、悲鳴と怒号が交錯する完全な恐慌状態へと陥った。
 その地獄絵図のような戦場に、フランキ砲の陣地に立つリーゼロッテが大きく息を吸い込む。
 今が好機と見計らい、少女の高く澄んだ声が響き渡る。
「――死にたくなかったら、すぐに武器を捨ててぇッ!!」
 生命の魔力によって声量を何倍にも増幅させ、魔力が齎す言語の垣根すら飛び越えるその叫びは、銃声や悲鳴をすり抜け、パニックに陥った兵士たちの耳に直接叩きつけられた。
 ただの降伏勧告ではない。
 謎の光の花びらが舞う中、絶対的な力を見せつけた上で投げかけられた慈悲の言葉。
 死の恐怖に支配されていた兵士たちにとって、それは暗闇に垂らされた蜘蛛の糸だった。
 ガチャン、カラン。
 誰かがマスケット銃を泥の上に落としたのを皮切りに、次々と長槍が投げ出され、剣が地面に落ちる音が連鎖していく。
 戦意を完全に喪失し、頭を抱えて地に伏せる者、十字を切って神に祈り始める者。
 自慢の防衛陣形が、たった数分で内部から瓦解していくその様を、司令官はただ呆然と見つめるばかりだ。
(……これが、極東の島国が隠し持っていた力だというのか。我らの戦の理など、最初から通用する相手ではなかったのだ)
 歴戦の傭兵の心に、これまで感じたことのない深い絶望と、抗いようのない敗北感が重くのしかかっていった。

 空から降ってきた俺たちと、未知なる魔の筒の前に、南蛮の軍勢は完全に崩壊する。
 絶望の縁でただ呆然と立ち尽くす司令官の元へ、雑賀衆と龍造寺の騎馬隊が猛然と距離を詰めていった。
「それまでじゃ、じゃが逆らう者は容赦せんぞ! 全員縛り上げいッ!」
 源爺の鋭い号令が戦場に響き渡ると、馬から降りた兵たちは手際よく武器を蹴り飛ばし、震えてうずくまる南蛮兵たちの両手を背中に回して縄を打ち始める。
 手足をもがれたように無抵抗のまま捕縛されていく部下たちを見つめながら、司令官は抗う気力すら失い、膝から崩れ落ちそうになるのを堪えるのがやっとだったようだ。
 そこへ、俺は釣瓶式を肩に担ぎながら悠然と歩み寄る。
「……大人しくしててくれよ。これ以上、無駄な血は流したくねぇんでな」
 俺が念の為と釘を刺すと、司令官は虚ろな瞳を向け、自嘲気味に息を吐き出す。
「……これほどの力の差を見せつけられて、なお抵抗する愚か者がどこにいるというのだ。我々の、完敗だ」
「へっ。聞き分けのいい指揮官で助かったぜ」
 これで相打ちとなってでもとヤケを起こされたら、殺すほかなくなる。
 この作戦は、リーゼロッテの我儘……誰も死なせたくないという不殺の想いも叶えるところにもあった。
 電撃的な奇襲、そこから虚を突いての流れるような攻めの手。
 この司令官には気の毒だが、きっちりとその牙だけは抜き取らせてもらった。
 それを確認し、俺が短く鼻を鳴らした、その時である。
 制圧が進む戦場の後方、騎馬隊の最後尾からさらに遠く離れた場所より、土煙を上げて一騎の馬が近づいてくるのが見えた。
 逆光に霞むその人影は、手綱を巧みに操りながら、主のいない五頭の駿馬を器用に引っ張ってこちらへ向かってきている。
 その到着を確認すると、俺は源爺へと振り返った。
「源爺、ここは任せたぜ。俺たちは先を急ぐ」
「承知した。頭らも道中気をつけるんじゃぞ」
 源爺の力強い頷きを背に受け、俺たち五人は届けられた馬の鞍へそれぞれ飛び乗る。
「よし、作戦通りここからまた二手に分かれるぞ。……隆信の旦那、向こうはちゃんと止めてきてくれよ」 
 俺が手綱を握りながら視線を向けると、巨躯を馬上で揺らす肥前の熊は、獰猛ながらも、どこか神妙さに満ちた笑みを浮かべて太い腕を鳴らす。
「案ずるな、わしが蒔いた狂気の種だ。わし自身の手できっちりと刈り取ってくれるわ」
 力強い返答と共に、俺たち五騎の馬は蹄の音を高く鳴らし、いまだ煙くすぶる戦場を後にして長崎の町へと駆け出していった。
 ――肥前国長崎の港。
 波打ち際に広がる異国情緒あふれる港町は、普段の活気とは異なる、重く澱んだ熱気に包まれていた。
 沖合からゆっくりと巨大な帆を畳んで入港してくるのは、南蛮の黒船。
 その巨体を迎え入れるべく、船着き場には目を背けたくなるような地獄絵図が広がっていた。
 粗末な衣服を纏い、泥にまみれ、首や手首を太い麻縄で数珠繋ぎにされた男女。怯え泣き叫ぶ子供から、うつむき絶望に沈む老人まで。
 彼らは皆、異国へと売り払われるために集められた大村の民達であった。
 棒を持った兵士たちが怒号を浴びせ、家畜のように彼らを舷梯へ追いやる足音が、冷たい石畳の上に響き続けている。
「いやはや、大友宗麟めが突然狂気を宿したかのように奴隷売買を禁じた時はどうなることかと思いましたが……捨てる神あれば拾う神あり。長崎の地が我々を受け入れてくださったこと、真なる神の御導きに違いありませんな」
 上等な絹の服を着込んだ商人が、揉み手をして傍らに立つ男にすり寄る。
「領民を売るという苦渋の決断も、すべては強大な敵から国と信仰を守るための尊い犠牲。彼らとて、南蛮の地で神の教えに触れ、新たな生を全うすることでしょう。……これもまた、救済の形です」
 耳障りのいい言葉を並べ立て、己の底知れぬ強欲と罪悪感を誤魔化そうとする商人。
 その言葉を受けた傍らの男は、苦虫を噛み潰したような顔で、ひどく歯切れ悪く応じていく。
「……ええ。背に腹は代えられませぬ。龍造寺の脅威を退けるには、どうしても鉄砲と火薬が必要なのだ」
 その男は、胸元に純銀の十字架を下げた南蛮風の豪奢な外套を羽織りながらも、その下には歴戦を思わせる武将の具足を着込んでいた。
 ひどくやせ細り、頬はこけ、眼窩は深くくぼんでいる。
 恐怖と重圧に苛まれ続け、領民を売り渡すという大罪に手を染めてしまった己の業火に焼かれるような、悲痛な顔つき。
 彼こそが、肥前大村の領主にして、この日ノ本で初めてキリシタン大名となった男、大村純忠その人であった。

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