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第四十三話 告白

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「全部、ライラの良いところ。長所じゃないか」

 リュカ様は私の髪をひと房持ち上げて言った。

「少女のように無垢な顔立ちも、慎ましくて小さい胸も可愛らしくて素敵だよ」
「ぇ、あ、あの」
「喋り方がたどたどしいのは言葉を選んでくれてるって思えて幸せだし、自分の世界を持ってて構ってちゃんじゃないところも魅力的だ。僕はライラが本を読んでいるところを見ているだけで一日過ごせるけどね」

 心臓が、跳ねる。
 喉がカラカラに渇いて、舌が回らない。
 全部、私が気にしているところなのに……。

「……っ、でもそいつはいつもビクビクして!」
「小動物みたいで可愛いよね。愛でたくなる」
「自分の得意な魔法陣の話ばかりしてマウント取って来るし!」
「自分の持っていない知識を教えてくれるって素敵だよね。ずっと喋りたい」
「男を立てることを知らない貴婦人失格のグズだ!」
「そこが一番いいよね。おべっかを使わずに素で接してくれる所とか最高すぎない?」

 過去に、皹が入る。
 いつだって私が思い出していた記憶の鎖。。
 ヴィルヘルム伯爵家で過ごした全部がひび割れて、粉々に砕け散った。

「ぁ……」
「ライラ?」

 思わず視界が滲む。
 膝から力が抜けて崩れ落ちそうになった。
 心の中に溢れたいっぱいの感情が溢れて止まらなかった。

「ど、どうしたんだい? なんで泣いて……あいつに何かされたのかい!?」
「ち、ちが。ちがくて……」

 リュカ様の裾をぎゅっと握る。

 もう無理だった。
 もう自分を騙せなかった。

 そっと視線を持ち上げる。
 リュカ様の心配そうな目。私を気遣ってくれる優しい蒼。
 その目を見ているだけで、全部預けてしまいたくなるほど安心する。

「ただ、嬉しくて」
「嬉しい?」

 こくり。と頷く。
 今の私にはそれを伝えるのが精一杯。
 そっと脇の下に手を入れて、ぎゅっと抱き着くと、リュカ様は慌てていた。

「ど、どうしたんだい?」
「……」

 きっともう、ずっと前から。

「リュカ様」
「ん?」
「……なんでもない」

 あぁもう、これだけでいいや。
 こうしているだけで、もう心が満たされちゃった。

「──ふざけるな」

 エドワードが怖い声で言った。

「ふざけるなよ。お前は、いつもいつも、俺を虚仮にして……!」

 エドワードを見る。
 さっきまで怖かったのに、今はまるで怖くなかった。
 威圧的な態度で私を従わせて自分を認めろと声高に叫ぶ……。

 それは、愛を知らない子供が駄々をこねてるみたいで。

「……可哀想」
「は」
「可哀想な人ですね、ヴィルヘルム様」
「お前……今、哀れんだのか? この俺を? お前如きが?」

 あの父親に育てられたらこうなるのも仕方ない、のかな。
 同情の余地はないけれど、私はもうこの人を怖いとは思わなかった。

「あぁそうか。お前たちがそのつもりなら……」

 エドワードが手を挙げる。
 私たちを取り囲んでいた黒ローブの人たちが詠唱を始めた。
 詳細は聞き取れないけど、たぶん私たちを拘束する系の闇魔法だ。

「お前たちは本当に馬鹿だな」

 心の底から吐き捨てるように、リュカ様。

「僕が一人で来るわけないだろう?」
「ぐぁあ!?」

 エドワードが気持ちいいくらい吹っ飛んだ。
 彼だけじゃない。
 私たちを取り囲んでいた黒ローブたちが次々と拘束されていった。

「殿下、ご無事ですか!」

 あ、婚約者審査会の時に遭った従者さんだ。
 彼を筆頭にリュカ様の入って来た場所から騎士たちが雪崩れ込んできた。
 エドワードはすごく喚いて暴れているけど、黒ローブたちは次々と転移で消えていく。

 逃げ足早すぎでしょ……エドワードは捨て駒ってところかな。
 まぁあんな性格していたら無理もない。
 私としてはいい気味としか思わないけれど。

「お二人とも、ご無事ですか?」
「あ、ルネさん……」

 いつの間にか目の前にルネさんが立っていた。
 私の前で膝をつき、手を取って額を当てる。

「ライラ様、申し訳ありませんでした」
「え? 何で謝るの……」
「あなた様を守り切れませんでした。このルネ、一生の不覚でございます」
「いや、ルネさんが悪いわけじゃないよ……あんなの予想出来ないもん」

 私だって王城のど真ん中で誘拐されるなんて思ってもみなかった。
 王城には転移禁止の結界が張られているはずだし、そもそも転移は超高等魔法だ。あれが使えるとなると、なんちゃら教団はすごい使い手ばかりということになる。

「とりあえず一件落着だね」

 リュカ様が言った。

「じゃあ帰ろうか。ライラ。それとも婚約する?」
「……する」
「そっかー。じゃあひとまず外へ…………え」

 いつもの軽口。いつものノリ。
 周りにたくさんいる中で、消え入りそうな声で返事をする。
 期待と不安が入り混じりながら顔をあげると、リュカ様がゆっくりと振り向いた。

「ライラ。今、なんて?」

 心臓が、うるさい。
 顔が熱い。どきどきして死にそう。
 まっすぐ目を見れずに、つい、と逸らした。

「する、って。言いました」

 なにを、なんて揶揄って来たら誤魔化してしまおう。
 そう思っていたのだけど、リュカ様の口元はだんだん笑みが広がって、

「ほんとっ? ほんとに僕と婚約してくれるの?」
(……こういうところが、憎めないんだよね)

 こくり。と頷く。
 リュカ様は全身で喜びを体現するように、ぱぁ。と顔を輝かせた。

「よしっ」

 拳を握ってガッツポーズ。
 飾らないその態度が本心を表しているようで、ちょっと恥ずかしい。

「一生大切にする。幸せにするね!」
「ま、まだ結婚が決まったわけじゃありませんから!」
「え、そうなの?」
「だ、だって……お付き合いしている中でリュカ様が私に幻滅する可能性もあるわけで」
「ないよ。少なくとも、僕がライラに幻滅することはない」

 リュカ様は仕方なさそうに私の頬に手を当てた。

「初めて出会った時から、僕は君なしでは生きられなくなったんだから」
「……っ」
「好きだよ、ライラ」

 そっと顔を近づけて──キスされる!?
 思わずぎゅっと目をつぶると、ほっぺたに濡れた感触。
 へ?
 ゆっくり目を開ければ、リュカ様が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「今度する時は、その唇奪っちゃうから」
「……」

 空色の瞳は言葉と裏腹に熱を孕んでいて。
 背中に回された手の頼もしさと、仄かに香るリュカ様の匂いに当てられて。

「きゅ、きゅう……」

 私は気絶した。

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