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第二十話 変わるものと変わらないもの

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「……というわけなの」

 親友たちとの同窓会は静まり返っていた。
 どよ~ん、とした感じがこっちにも伝わってきて、なんだか申し訳なくなる。
 気まずい空気にどうしようかと悩んでいると、

「ひどい」

 ぽつり、とマリーが呟いた。

「ひどい。ひどいよ。キャロライン夫人も、ロレンス様だって!」

 それを皮切りに他の二人も頷く。

「最悪の姑だな。私なら斬り倒してる」
「あのクソババア……前々から胡散臭いと思ってたのよ。な~にが社交界の華、麗しきキャロライン夫人なの? ハッ! 性根の腐ったババアが、おとといきやがれっての!」
「言葉遣いがはしたないぞ、エルザ」
「夫も夫よ! 英雄だなんだと持て囃されて中身は妻を大事にしないクズじゃない!」

(あぁ、みんな変わらないなぁ)

 アカデミーの頃も口汚いエルザをビアンカがよく窘めていた。
 マリーは「あはは」と曖昧に笑みを浮かべ、私は口喧嘩が進んだら仲裁に入る。
 大好きな四人の、大好きなやり取り。

 また見られるとは思わなくて、私は思わず涙ぐみそうになる。
 そんな私にエルザが気付いた。

「あんた、何泣いてんの」

 私は指で涙を拭って微笑む。

「懐かしいなぁって。昔もよくこうして話してたよね」
「それはそうだけど!」

 エルザは何か言いたげにこちらを見た。
 そしてやっぱり言った。

「あんた、自分のことでしょ」

 こういう時、エルザは言いたいことを我慢しない。
 私と違って歯に衣着せぬ物言いで、ズバズバ言ってくる。

「大体ねぇ、十年も音沙汰なしで自分一人で抱え込んでるなんて馬鹿じゃないの! 我慢していればいつか終わると思った? あんた、そんなに頭がお花畑だったっけ?」

 マリーが咎めるように言った。

「エルザ、それは言いすぎだよ……ユフィだって辛かったんだから。借金もあったんだし」
「だからこそでしょうが!」

 エルザの怒りは止まらない。

「義母に虐められて夫に冷遇されて、実家にも頼れない。連絡は遮断されている。それなら、強引に逃げ出してあたしたちを頼るなりなんなり出来たでしょう!」
「でも、それだとみんなに迷惑が……」

 お義母様──キャロライン夫人は皇后すら一目置いている人だ。
 もしも私がみんなを頼ってしまったら、あの人はみんなに何をするだろう。

 マリーの商会は運営に支障をきたしたかもしれないし、ビアンカは騎士団を外地へ派遣されたかもしれない。ブディックを経営するエルザは嫌がらせを受けて商売が上手く行かなくなったかもしれない。
 そうなるくらいなら我慢していたほうがいい──と思っていたのだけど。

「迷惑かければいいじゃない。親友なんだから!!」
「……っ」

 息が詰まりそうになった。
 エルザの言葉は私の心の柔らかいところを突いて、かき乱してくる。
 エルザは少しだけ落ち着いて、椅子に座り直して言った。

「あんた昔、あたしが上級生に突っかかられて嫌がらせを受けた時、助けてくれたわよね。その時、自分に迷惑がかかるとは思わなかった?」

 私は首を横に振る。
 まったく思わなかった。考えもしなかった。
 だってエルザは大事な友達で、そんな彼女を馬鹿にした人たちが許せなかったから。

「あたしも一緒。この三人に何かあれば絶対助ける。何があっても」
「えぇ、伝説の騎士ライオネルの名にかけて誓いますわ」
「わ、わたしも……同じ気持ち」

 でも、と気弱なマリーが呟く。

「ユフィの気持ちも分かるよ……だって、私たちはもう、一人じゃないもん」

 そう、みんな結婚しているのだ。
 もしも何かがあった時、迷惑がかかるのは自分の実家だけではない。
 相手の実家もそうだし、夫も、子供にだって迷惑がおよぶ。

 マリーは醜聞が商売に直結する家だし、ビアンカは子供が生まれて間もなかった。
 エルザはブディックの経営が軌道に乗って来たところだった。
 そんなところに問題を抱えて私が飛び込んだらと思うと、頼ることなんて出来なかったのだ。

 変わらないものもあれば、変わるものもある。
 夫人になって守るべきものが増えるのは、そういうことなのだ。

「あたしだってそんなの分かってる。でも、それでも……」

 言い淀むエルザの心中をビアンカが言い当てた。

「ビアンカはユフィに頼って欲しかったのだな」
「はっ!? ち、違うけど!? 別に寂しいとか思ってないし迷惑かけられたかったとか思ってないから! あんたみたいな迷惑の塊みたいな奴、こっちから願い下げよ!」
「はいはい、そういうことにしておこう」
「きぃいいーーー! なによ、なによぉ!」
「まぁまぁ。クッキーでも食べて落ち着くといい」

 ビアンカとエルザがぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる。
 またいつもの光景だ。
 なんだかおかしくなって、私はマリーと顔を合わせて笑い合った。

「ねぇ、私のことばかり話しちゃった。マリーはどうなの?」
「わたしは、今度マルソー様のお仕事についていくことになって……」
「え!? マルソー様って、確か外国と貿易してるわよね? マリーもついて行くの?」
「う、うん。ちょっとでもあの人の傍に居たくて……」
「きゃぁあ! マリー、なんて可愛いの……!」

 マリーが結婚したのは確か七年前。
 そんなに経っているのに、まだ夫婦仲は良好らしい。

「私、まだマルソー様に会ったことないわ。どんな人なの?」
「えっとね、マルソー様はね……」

 口元に手を当てて頬を赤くするマリーにきゅんとしてしまう。
 女の自分でさえ抱きしめて可愛がりたくなるのだから、マルソー様がマリーをどれだけ可愛がっているのかは想像できる。話に聞くところによれば、仕事は丁寧だし下々の人にも優しいし、マリーのことを何より大事に思っている、とてもいい旦那様らしいし。

「……いいなぁ」

 何気なく、呟いてしまう。
 マリーが幸せなのは嬉しいし、別に嫉妬しているわけじゃないのだけど。
 ただ、自分の夫と比べてしまうのは仕方がないように思う。
 人間だもの。仕方ないわ。そう自分を納得させていると、エルザが突っ込んできた。

「で、あんたはどうするつもりなの?」
「え?」
「だから、今の夫のことよ。決まってるでしょ?」

 エルザは腕を組む。

「まさか今の夫と生きていくつもりなの?」
「いやだって、私は彼の夫だし……」
「あんた馬鹿? いや筋金入りの馬鹿真面目だったわね。昔からそうだもの」

 あのねぇ、と彼女の言葉は予想外の方向から突き刺してくる。

「今の夫が合わないなら、離婚すればいいじゃない」
「………………え?」

 エルザはそう言った。

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