ゴッド・スレイヤー

山夜みい

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第一部

プロローグ

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 ーー全ての人には物語がある。

 母がよく言っていた言葉を、ジークは思い出していた。
 王でも、英雄でも、商人でも、神官でも、傭兵でも、ただの一市民でも。
 どんな者にも紡いできた歴史があり、物語があるのだと。

「英雄になりなさい。ジーク・トニトルス」

 ならば今、神と対峙している自分はきっと物語の転換点に居るのだろう。
 そして、その言葉が真実であるならば……。

「雌伏の時は終わり、新たな人生を歩む時が来たのよ」

 あたり一面に広がる夜空の上で、女神は告げた。
 
「そのために力をあげましょう。神の使徒になれる女神の加護を」

 見るものを虜にする優美な笑みを浮かべ、彼女は続ける。

「あなたには才能がある。地上を跋扈する悪魔たちをなぎ倒し、七人の死徒を打ち破り、忌まわしき冥王の命を終わらせこの世に平穏を取り戻す、誰もがうらやむような才能が眠っている」

 だから、さぁ。

「私のものになりなさい。ジーク」

 全ての人に物語がある。それが真実とするならば、これは物語の転換点だ。
 きっと今の自分は恐ろしく馬鹿なことをしようとしている。
 そう分かっていても、おのれの心に従うことをジークは止められなかった。

「ごめんなさい」

 女神は目を丸くした。
 まさか断られるとは思わなかったのだろう。

「なぜ? 力が欲しくないの?」
「要らないと言えば嘘になりますけど……要りません」
「英雄になれるのよ? 神の使徒となって戦えるのよ。光栄に思わない?」
「英雄になりたくないんです」

 ジークは耳に手を当てる。
 その耳は鋭く尖っていた。瞳は血のように赤い。
 人間と悪魔の間に生まれた証を確かめ、彼は絞り出すように言った。

「だって英雄って、人間を守る存在ですよね?」
「……そうね」
「どうして、あんな人たちを助けないといけないんですか?」

 ジークはこれまで生きてきた中で、人として扱われたことなんてなかった。
 誰もが自分を半魔だからという理由で迫害し、蔑み、石を投げつけてきた。
 何も悪いことはしていないし、話したこともないのに……。

「僕はただ、普通に暮らしただけなんです」

 友達と話をして、普通に遊んで、普通に笑いあって。
 時には冗談を言い合い、喧嘩し、仲直りして。
 下品なことで笑ったり、お互いの悩みを相談したり、そんなことをしてみたい。

 人間ならば誰しも経験したことのある平凡な暮らし。
 そんな些細な幸せが、ジークは何よりも欲しい。

「ならどうするというの? 半魔のあなたが英雄にならず、どう生きるつもり?」
「僕を受け入れてくれる場所を……誰かを、探したいです」
「無理よ」

 半魔の願いを、女神はあっさりと切り捨てた。

「平和で安穏とした旧世界ならいざしらずーー死の概念が狂ったこの世界で、あなたの居場所はどこにもない。英雄になるしか、みなに認められる方法はないわ」

 ましてや普通の暮らしなんて無理だと、全てを見通す女神は告げる。
 それでもジークは首を横に振った。

「……僕は諦めたくない。だから、あなたの加護はいりません」
「……そう。なら、仕方ないわね」

 女神はそう言ってため息を吐いた。
 緊張が解けたジークはほっと胸を撫でおろすーーが。

「でもごめん。もうあげちゃった♪」
「はい?」
「てへ。一度上げちゃったら取り上げられるようなものでもないし……
  まぁ、あって困るようなものじゃないから良いわよね?」
「な、なんで!? 本人の同意はなしですか!?」
「神に同意を求められてもねぇ」
「押し売りですか!? 性格が悪すぎる!」
「いいじゃない。私、あなたのこと気に入っちゃたんだもの」

 女神はそう言って笑った。
 威厳さも美しさもなく、年頃の少女のような笑みで。

「神を崇拝し、利用しようとする者はいてもーーあなたのように対等に接してくる人間は初めてだわ。例えここで私が手を出さなくても、運命があなたを翻弄する。抗いなさい、ジーク」

 女神が手を掲げる。
 その瞬間、ジークの意識はこの場所から遠のいていく。

「ちょ、待ってください、まだ話はーー!」
「人と魔を超越した未知を、私に見せてちょうだい。かわいい坊や」

 女神の姿が消え、真っ白な光の中にはじき出された。
 光の泡が浮かんでは消え、幼き日の自分が映し出されていく。

「あぁ、もう。どうしてこうなるんだ……」

 ままならない現実に、ジークは深く長い息を吐いた。

 --ここから全てが変わる事になるとは、考えもしなかった。

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