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第十三話 お世辞? それとも……。

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 子爵という立場は平民とさほど変わらない。
 せいぜいが町長と同じような立場で、貴族のなかでも底辺だし、父は冒険者としての腕を見込まれて子爵になったから、私も平民の意識が抜けなかった。

 だから、今みたいに贅沢にお湯を使って髪を梳かしたこともない。
 ドレスだって、リチャード王子に贈ってもらったのが一着あるだけだ。
 リチャード様とは貴族学校で会うことが大半で、二人でお出かけしたこともなかったし。

「……なんていうか、生き返りますね」
「ふふーん♪ そうでしょう? リーチェはこのお湯が大好きなのです!」

 湯船の中に沈められた座椅子に腰かけながら、リーチェが髪を梳かしてくれる。
 頭を触られるのは抵抗があったけど、身を任せて見たら意外と気持ちよかった。
 ごしごし、ごしごしと肌がこすられ、蓄積した汚れが落ちていくのが分かる。

 ……これ、気持ちいい。

「垢すりも念入りにやっていきますからねぇ。それから保湿成分のある乳液を塗って~、ふふ。アイリ様、どんどん綺麗になっていきますよーう。旦那様も仰天すること間違いなし。覚悟しやがれです!」
「リーチェは……旦那様を取られるのが嫌だったんじゃないの?」

 ぴたり、と一瞬だけリーチェが動きを止めた。
 けれどそれは本当に一瞬で、彼女は「いいのです」と笑った。

「確かにリーチェは旦那様をお慕いしていましたけど……リーチェじゃ、本当の意味で旦那様に寄り添ってあげられないですから」
「……そう、かな?」
「だから、奥様には期待してますですよ! お優しい奥様なら、きっと……」

 リーチェは優しい手つきで、丁寧に身体を洗ってくれた。
 侍女なんて初めてだから裸を見られるのにすごい抵抗があったけど。
 まじまじと胸を見るのはやめてほしい。お願いだから。

「さ、お着替えして旦那様のところへ行きましょう!」
「え、えぇ」

 お風呂に上がってから、綺麗なドレスを着て。
 それから鏡を見ていないからちょっと不安なのだけど……。

「大丈夫。お綺麗ですよ、リーチェが保証します」
「あの、せめて鏡を──」
「だーめ! 旦那様にも奥様にもサプライズなのです!」

 リーチェさんのお化粧は手際がよくて、しかも丁寧だ。
 またたくまに準備を終えた私はアッシュロード様のところへ赴いた。

 食堂のテーブルには見たことがないほど豪華な料理が並んでいる。
 リチャード様ですら、こんな料理をごちそうしてくれたことはないのに。

「旦那様、リーチェ史上最高のメイクで仕上げました!」
「あぁ、ご苦労だったな」

 そして一番奥に座っていたアッシュロード様は。

「ほう」

 面白がるように立ち上がり、私の元まで近づいて来た。
 上から下まで眺めるように見た彼は顎に手を当てて、

「……別人だな」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「とてつもなく綺麗になったということだ。さすがは第三王子の心を射止めただけはある」
「……っ」

 き、綺麗って……!
 そんな直接的な言葉、はしたなくないかしら!?
 リチャード様でもそんなこと言ったことないのに……!

「は、恥ずかしくないのですか?」
「思ったことを言って何が恥ずかしい? 自分で鏡を見たらどうだ?」
「リーチェが見せてくれない者ですから……」
「ご用意しましたよ♪ さぁ、とくと見やがれです」

 リーチェさんが用意してくれた鏡を一緒に覗き込む。
 そこには知らない誰かがいた。

「わぁ」

 銀色の髪はつややかで星空のようにきらきらしている。
 艶のある肌は張りがあって、ぷっくりとした桃色の唇が愛らしい。
 鼻筋も整っているし……え、人間ってお化粧でこんなに変わるものなの?

「私……なの?」
「どうだ、綺麗だろう?」
「……それは、本音ですか?」
「俺は世辞は嫌いだ。特に家の中ではな」

 アッシュロード様が私の銀髪を持ち上げた。

「君は十分美しい」
「……っ」

 本当の、本当に?
 だって今まで、この銀髪は気味悪がられてばかりだったのに。
 リチャード殿下にも、最後は気味悪がられてたのに。

「さぁ、ご飯にしよう。今日はごちそうだ」
「……こんなにたくさん」
「君が我がアッシュロード家に嫁いできた祝いだ。遠慮せずに食べるといい」

 最初はどこか淡々としていたのに、今は彼の目が温かい。
 それがどうしてかは分からないけど……。

「……」

 心も、身体がふわふわしている。
 まるで第三王子と婚約することになったあの時みたいに。
 こんな気持ち、貴族学校で我慢ばかりしていた頃じゃ考えられなかった。

(……今度は、信じてもいいのかな?)

 暗殺貴族、辺境伯、宮廷魔術師。
 まだ肩書きばかりで彼のことはよく分かっていない。
 だけど、理不尽を怒りを感じてくれる彼なら、もしかしたら──。

(信じて、みたいな)

 心の奥底に、かぼそい希望の火が灯った気がした。

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