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第十五話 破滅の序曲 ※エミリア視点
しおりを挟むエミリア・クロックは王都中の噂になっていた。
王宮を歩けば哀れみを向けられ、蝶よ花よと持ち上げられる。
死んだ子爵令嬢にいじめられた哀れな令嬢。
そんな自分を救った第三王子はお似合いのカップルとして知れ渡っていた。
「エミリア様、今日はいつにも増してご機嫌ですね。何かいいことでもあったんですの?」
「えぇ、まぁ。ふふ」
お茶会の席でもエミリアは無敵だった。
話題の中心はすべて自分。流行を生み出すのも自分。
笑いが堪えられなかった。
エミリアの胸中を満たすもの。それは今週の王都新聞を彩るニュース。
『稀代の悪女アイリ・ガラント死亡。彼女の死と悪行に迫る』
新聞を見るたびに心が躍った。
(あは、あははは! あぁ、アイリ! やっと死んでくれたのねアイリ! 目障りで仕方なかったわぁーー!」
エミリアにとってアイリ・ガラントは目の上のたんこぶだった。
S級冒険者を持つ彼女は成績優秀で人に優しく、かといって驕ることもない女だ。
その上でお節介で確かな知識があり、こちらの間違いを丁寧に正そうとしてくる。
なんだそれは。
ハッキリ言ってムカつくことこの上ない。
エミリアには何もない。
ただ運よく子爵令嬢として生まれた自分と、同じ子爵令嬢である自分が比べられるのは当然のことだった。
鬱陶しくてたまらなかった。
だから引き立て役にしようと思った。
自分の思い描いた脚本の通りに行けば、王子ともお近づきになれると踏んだのだ。
(ふふ。もうあなたに煩わされないと思うとせいせいするわぁ)
他人は踏みつけて利用するものだ。
賄賂と色仕掛けで子爵令嬢に取り入った母を持つエミリアはそう思う。
アイリ・ガラントは優しすぎだ。だから自分に利用されたのだ。
(ふふ。哀れなことね、アイリ。ざまぁみろだわ)
「エミリア様、第三王子とはどういう感じですの?」
「まぁジェミー様、それ聞いてしまいます?」
「だって気になるんですもの! アイリ・ガラントの手から解放されて、とうとうお二人はお近づきになったのでしょう?」
「うふふ。えぇ、実は昨日も二人で過ごしましたの、殿下ったら自分から手を握ってくれて……」
「「「きゃー!」」」
黄色い悲鳴をエミリアは心地よく聞いていた。
これだ、これが自分が求めていたものだ。
周りに認められるのはアイリではなく、自分。
優しいだけの女がちやほやされることなどあってはならない。
(あぁ気分がいいわ。いつものお茶も美味しく感じ)
じゃり。むわぁ
(え)
口の中に入った違和感が、エミリアを総毛立たせた。
思わず口元に手を当てて吐き出すと、それは──
「きゃッ!?」
黑い虫の死体がそこにあった。
他ならぬエミリアの手によって胴体が噛み千切られた死体。
ぴくぴくと痙攣した身体から黄土色の血液が漏れ出していた。
「お、おぇええ……」
「エミリア様!?」
「……!」
身体を九の字に負って吐き出したエミリアを周りが取り囲む。
「まぁ大変! エミリア様が体調を崩されたわ。すぐにお医者様を!」
「誰か、そこの人、お医者様を呼んで!」
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(誰だ、誰がやった!?)
共にお茶を飲んでいた者たちは自分のコントロール下にある取り巻きだ。
決して自分にこのようなことをする者達ではない。そんな度胸もないだろう。
ならば……
(誰なの、一体、何なの……!?)
人は、正体が分からないものほど不安になる。
エミリアの心は不安と恐怖で塗りつぶされていた。
これが、ほんの始まりであることも知らずに──
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