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番外編

シャーリーの誕生日①

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 まあるいスポンジ生地にたっぷりの生クリーム。
 雪原に残る足跡のように点在する、ドライフルーツの甘みの極上さよ。
 あぁ。
 この時のために厳しいレッスンをこなしたと言っても過言ではあるまい!

「いただきま──」
「そういえば、シャーリー様の誕生日はいつなんですか?」
「ふぇ?」

 待ちかねたご褒美にお預けを喰らったシャーリー。
 ケーキの切れ端を刺したフォークを下げ──ずに、そのまま口の中へ。
 もぐもぐ、もぐもぐ。ごくんっ。

「ふぁぁあ……」

 恍惚。
 シャーリーはひと時の幸せを堪能してから意識を戻した。
 見れば、斜め隣に座るイザベラが姿勢を正して返事を待っている。

「誕生日ですか」
「はい」

 シャーリーは首を傾げた。

「…………誕生日とは一体?」

 ずこーっ! とその場にいる者達が転びそうになった。
 いち早く立ち直ったのは社交の鬼、ゲルダ・サリウスだ。

「誕生日ってのは、自分が生まれた日のことだよ」
「あぁ……なるほど。読んで字のごとくですね」
「今まで誕生日は…………いや、なんでもない」

 ゲルダは言いかけた言葉をやめた。
 普段はおっとしているから忘れそうになるがシャーリーは虐げられてきた過去を持つ。今は取り潰しとなった彼女の実家のことを思えば、誕生日を祝ってもらったことがなくてもおかしくはない。

「誕生日……」

 シャーリーはその言葉を口の中で転ばすようにつぶやいた。
 本当の意味での誕生日というのなら、知らないという答えになる。
 物心つく前に母は居なくなって、誕生日なんて祝ってもらったことはなかった。

(でも、わたしが生まれた日だっていうなら)

 シャーリーは大切な記憶を抱きしめるように頬をゆるませる。
 返事を待つイザベラやイリス、ゲルダといった面々を見回して笑った。

「わたしの誕生日、ちょうど来週だわ」
「「「!?」」」

 ゲルダたちに激震が走った。

「ら、来週ですか……! 我が主様、それは……」
「なんでもっと早く言わないんだい!」
「準備というものがありますよ。シャーリー様!」
「えぇ……?」

 なぜ怒られているか分からないシャーリーは頬を膨らませる。

「だって誕生日なんて概念、初めて知ったんだもの。仕方ないわ」

 ぷくう。とシャーリーはご機嫌ななめ。
 そんな主を見かねた騎士から、いちごの刺さったフォークが差し出された。

「主様、いちごをどうぞ」
「わぁ、いちご!」

 イザベラがくれたいちごを頬張り、すぐにご満悦顔になるシャーリー。
 旬のいちごは味に深みがあり甘酸っぱくて美味しい。
 あまりにもちょろ可愛い公爵夫人に、騎士と祖母と侍従は顔を見合わせた。

「我が主の誕生日、盛大にお祝いをしなくてはいけませんね」
「サリウス家に嫁入りして初めての誕生日だ。気合入れていくよ」
「ゲルダ様、それはつまり」

 ゲルダはイリスに頷いていった。

「誕生日パーティーだ」

 シャーリーは喉を鳴らして、

「パーティー……お菓子いっぱい食べれますか?」
「あぁ、たんまり用意するよ。可愛い孫のためだからねぇ」
「わぁ! じゃあじゃあ、」

 シャーリーは身を乗り出した。

「カレンお姉さまにも会えますか?」

 ゲルダたちは顔を見合わせた。



 ◆



 ローガンズ家の動乱から一ヶ月が経った。
 戦いの痕跡は消え去り、シャーリーは公爵夫人として忙しい日々を送っている。
 あの戦いでも片鱗を見せたがシャーリーの書類処理や領地の運営能力は素晴らしく、ガゼルは安心して北部を任せ、魔獣戦線に対処できるようになっていた。

 若干、領地の方針がお菓子を売り出す方向に傾きつつあるが。
 それはそれで領民たちが喜び、税収が増えているのだから構わないだろう。

「クリス。シャーリーの誕生日パーティー、お前も来るか」
「え、いいんですか!?」
「お前もシャーリーの知己の一人だしな。盛大に祝ってやりたい」
「いやっほいっ! さすが話せる男はいうことが違う!」
「その代わりこの一週間は全部残業な。毎日五時間くらい」
「ノォオオオオオオオオオオ!!」

 頭を抱えて天に雄たけびをあげる部下を笑いながら、ガゼルは息をつく。

「それで……『彼女』はどうなっている」
「あー、何とも言えないですね」

 クリスは首を触りながら言う。

「閣下が心配していた『噂』のほうは心配ないです。元から脛に傷があるやつ多いですからね、うちの基地。出身がローガンズで反乱を起こした主犯格の一人だとかでも、面白がって終わりです。むしろ妹を守ろうとした素晴らしい姉というほうが先行して……とにかく、うちの奴らに偏見はないです」
「そうか」

 女人禁制の前線基地に入った異例の女性騎士だ。
 どうなるかと気を揉んだが、やはりあの性格である。心配はいらなかったか。
 ガゼルはホッと一息つくも「ただ……」とクリスは不穏な言葉を続ける。

「『ただ』なんだ、何かあるのか」
「こちらからの偏見はなくても、孤立してるっていうか……魔術師部隊の奴らとも壁があって。なまじ力があるだけに一人行動が激しいって、隊員の奴らが相談に来ました」
「ぁー……」

 ありえそうな話だ、とガゼルは思う。
 シャーリーに対する溺愛っぷりを知っているガゼルは理解出来るものの、彼女は他人に対して悪しざまに振舞う癖がある。幼いころからシャーリーを救うために社交界で悪女を演じてきた癖が抜けないのだろう。これはもうローガンズの呪いといっても過言ではあるまい。

 ……素の性格であることも否定はできないが。

「あともう一つ問題が……」
「なんだ」
「いえ、実はですね……」

 クリスはしきりに首をおさえている。
 まるで痛んだ場所をさすっているかのようだ。
 不審に思って問い詰めると「隊長が休みの日ですがー」と彼は前置きして、

「うちの騎士団全員と彼女一人で決闘しまして……彼女一人に全員負けました」
「………………は?」
「しかも、彼女は身体強化魔術しか使っていませんでした」
「………………………………まじか」

 ガゼルは頭が痛そうにこめかみを抑えた。


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