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第二章 死者蘇生 ―レイズデッド―
トレーニング その2
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§ § §
メクルは再び動きやすい薄手の紺色スポーツウェアに着替え、長袖のパーカーを羽織りやってきたのはマンション6階。
そこは格闘訓練用に作り替えた部屋です。
射撃練習場より明るい作りの部屋は床や壁を衝撃吸収のウレタン緩衝材に作り替えてあります。
フォームを確認するための壁鏡も設置、なんなら冷水機と無料のプロテインバーの自販機もあります。
「おはようございます、鬼笛先生」
メクルは背筋を正し、まっすぐに一礼しました。その一礼の先に、男がいます。
公式戦の試合が可能なマットエリアの中心に、一人の男が座って足を開いてストレッチをしていました。
年齢は三十路ほど、目元まで伸びた水気のないボサボサの黒頭、面長で高い鼻、緩めの黒いパーカーにミリタリーカーゴパンツという風体は初見の印象を『だらしない男』と付けそうですが、それを男の顔や腕に付いた古傷が訂正します。
筋の通った鼻に傷、二重の瞼に傷、耳に、腕に、肘に、目に見える肌という肌に刻まれた古傷の数は、おおよそ日常生活をまっとうに暮らしている人間のものではありませんでした。
「ようメクルちゃん、先に身体を暖めさせてもらってるぜ」
落ち着きのある低い声で、男はやってきたメクルに微笑みました。
「お久しぶりです鬼笛先生、お仕事の方は大丈夫でしたか?」
「今週は表でも裏でも試合が無くてね、暇してたんだよ、ん? まてよ久しぶりか? あぁそうか、帰ってきたばかりなんだな? ブランクは?」
「三ヶ月です」
「なるほど、そりゃ久しぶりだ、こっちじゃ一週間ぶりだが……鈍ってないか?」
「……はい、鈍ってます、おもいっきり」
「ということは、向こうではサボったな? だからいつも言ってるだろ――」
「こういうのは積み重ねが大事だ、ですね、はい」
「わかってるならよろしい、っと」
鬼笛と呼ばれた男はストレッチを終えたのか、ひょいと立ち上がった。
座ったままだと見て取れなかった全身を見て、メクルが眉を潜めた。
「……鬼笛さん、痩せました?」
「違うよ、死ぬほど喰って走って3キロ増やしたんだぞ、メクルちゃんに負けてから」
そう言って立ち上がると、その身体がひょろりとした長身でありながら、余すところなく鍛えた人間だとわかります。
生地の多いダボついたミリタリーカーゴパンツの上からでもわかる長い脚。
上着のパーカーを脱ぎ捨て黒いTシャツ姿になれば、その身体が戦闘に特化した物だとよくわかります。
身体中に魚鱗の如く張り付いた筋肉は鎖帷子の鎧のようです。
「あと禁煙も、やっぱり煙草はよくないね、一週間我慢してるけど実際調子いいんだよ、これが」
飄々とした雰囲気のある男でした、しかし練り込まれた肉体、首を支える膨れ上がった両肩、背、胸、夥しい数の傷で縫い込まれたような筋肉は紛れもない雄々しさの体現です。
なにより作りこまれているのは拳、その手、その骨、肉の付き方、幾度なく骨折を繰り返し、太くしてきた使い込まれた長い両之手、しなやかな筋は十数匹の黒蛇のように両腕へと巻き付き、徒手空拳でありながら抜き身のような鋭さが鈍く輝いていました。
生徒会長の無叢天士が巨大なハンマーであるなら、鬼笛という男の放つ雰囲気は『ノミ』相手をジワジワと叩いて削り取るような剣呑とした風格があります。
「さぁそれで今日はどんなルールでやるんだい? またバーリトゥードか?」
不敵に微笑む鬼笛の目に鋭さが宿り始めます。
雰囲気から獣じみた匂いが漂い始めるのを感じると、メクルも掌に汗が溜まり始めるのがわかりました。
「……あー、その、今日はリハビリのつもりで依頼したのですけど」
メクルは苦笑いを浮かべ、鬼笛の殺気でピリつく頬を掻くと、
「おいおい、そりゃないだろ、せっかく獣と獣が鉢合わせたんだ、雌雄を決しようぜ?」
鬼笛は楽しそうに微笑みました。
「いえ最初から私は雌ですよ?」
「じゃぁ俺はそんな雌猫に負けたってわけだ、泣けてくるねぇ、いや雌虎か?」
「虎って……それに前回のは別に私が勝ったわけじゃないような」
「いいんだよ、俺が負けを認めたんだ、負けは負け」
鬼笛はオープンフィンガーのグローブを装着し、その場で自らのエンジンをかけるように軽いジャンプを始めてしまいました。
もう完全に臨戦態勢へと移行を始めています。
「さぁそろそろ開戦めようか、身体は温めてきたかい?」
「はい……じゃぁ制限時間10分、何でもありの一本勝負で、いいですか?」
「もちろんだ、がっかりさせてくれるなよ」
両者の間合い、10歩。
見た目、素手だけでそこら辺の男なら簡単に殺せそうな獣のような男。
鬼笛信長、188センチ、スーパーミドル級、74キロ。
見た目、スポーツジム通いをしているのだろうか、ただの女子高生。
綴喜メクル、162センチ、フライ級、50キロ。
獣と女子高生。
この二人を見て、誰が『禁じ手無しの試合』をするのだと思うでしょうか。
メクルは再び動きやすい薄手の紺色スポーツウェアに着替え、長袖のパーカーを羽織りやってきたのはマンション6階。
そこは格闘訓練用に作り替えた部屋です。
射撃練習場より明るい作りの部屋は床や壁を衝撃吸収のウレタン緩衝材に作り替えてあります。
フォームを確認するための壁鏡も設置、なんなら冷水機と無料のプロテインバーの自販機もあります。
「おはようございます、鬼笛先生」
メクルは背筋を正し、まっすぐに一礼しました。その一礼の先に、男がいます。
公式戦の試合が可能なマットエリアの中心に、一人の男が座って足を開いてストレッチをしていました。
年齢は三十路ほど、目元まで伸びた水気のないボサボサの黒頭、面長で高い鼻、緩めの黒いパーカーにミリタリーカーゴパンツという風体は初見の印象を『だらしない男』と付けそうですが、それを男の顔や腕に付いた古傷が訂正します。
筋の通った鼻に傷、二重の瞼に傷、耳に、腕に、肘に、目に見える肌という肌に刻まれた古傷の数は、おおよそ日常生活をまっとうに暮らしている人間のものではありませんでした。
「ようメクルちゃん、先に身体を暖めさせてもらってるぜ」
落ち着きのある低い声で、男はやってきたメクルに微笑みました。
「お久しぶりです鬼笛先生、お仕事の方は大丈夫でしたか?」
「今週は表でも裏でも試合が無くてね、暇してたんだよ、ん? まてよ久しぶりか? あぁそうか、帰ってきたばかりなんだな? ブランクは?」
「三ヶ月です」
「なるほど、そりゃ久しぶりだ、こっちじゃ一週間ぶりだが……鈍ってないか?」
「……はい、鈍ってます、おもいっきり」
「ということは、向こうではサボったな? だからいつも言ってるだろ――」
「こういうのは積み重ねが大事だ、ですね、はい」
「わかってるならよろしい、っと」
鬼笛と呼ばれた男はストレッチを終えたのか、ひょいと立ち上がった。
座ったままだと見て取れなかった全身を見て、メクルが眉を潜めた。
「……鬼笛さん、痩せました?」
「違うよ、死ぬほど喰って走って3キロ増やしたんだぞ、メクルちゃんに負けてから」
そう言って立ち上がると、その身体がひょろりとした長身でありながら、余すところなく鍛えた人間だとわかります。
生地の多いダボついたミリタリーカーゴパンツの上からでもわかる長い脚。
上着のパーカーを脱ぎ捨て黒いTシャツ姿になれば、その身体が戦闘に特化した物だとよくわかります。
身体中に魚鱗の如く張り付いた筋肉は鎖帷子の鎧のようです。
「あと禁煙も、やっぱり煙草はよくないね、一週間我慢してるけど実際調子いいんだよ、これが」
飄々とした雰囲気のある男でした、しかし練り込まれた肉体、首を支える膨れ上がった両肩、背、胸、夥しい数の傷で縫い込まれたような筋肉は紛れもない雄々しさの体現です。
なにより作りこまれているのは拳、その手、その骨、肉の付き方、幾度なく骨折を繰り返し、太くしてきた使い込まれた長い両之手、しなやかな筋は十数匹の黒蛇のように両腕へと巻き付き、徒手空拳でありながら抜き身のような鋭さが鈍く輝いていました。
生徒会長の無叢天士が巨大なハンマーであるなら、鬼笛という男の放つ雰囲気は『ノミ』相手をジワジワと叩いて削り取るような剣呑とした風格があります。
「さぁそれで今日はどんなルールでやるんだい? またバーリトゥードか?」
不敵に微笑む鬼笛の目に鋭さが宿り始めます。
雰囲気から獣じみた匂いが漂い始めるのを感じると、メクルも掌に汗が溜まり始めるのがわかりました。
「……あー、その、今日はリハビリのつもりで依頼したのですけど」
メクルは苦笑いを浮かべ、鬼笛の殺気でピリつく頬を掻くと、
「おいおい、そりゃないだろ、せっかく獣と獣が鉢合わせたんだ、雌雄を決しようぜ?」
鬼笛は楽しそうに微笑みました。
「いえ最初から私は雌ですよ?」
「じゃぁ俺はそんな雌猫に負けたってわけだ、泣けてくるねぇ、いや雌虎か?」
「虎って……それに前回のは別に私が勝ったわけじゃないような」
「いいんだよ、俺が負けを認めたんだ、負けは負け」
鬼笛はオープンフィンガーのグローブを装着し、その場で自らのエンジンをかけるように軽いジャンプを始めてしまいました。
もう完全に臨戦態勢へと移行を始めています。
「さぁそろそろ開戦めようか、身体は温めてきたかい?」
「はい……じゃぁ制限時間10分、何でもありの一本勝負で、いいですか?」
「もちろんだ、がっかりさせてくれるなよ」
両者の間合い、10歩。
見た目、素手だけでそこら辺の男なら簡単に殺せそうな獣のような男。
鬼笛信長、188センチ、スーパーミドル級、74キロ。
見た目、スポーツジム通いをしているのだろうか、ただの女子高生。
綴喜メクル、162センチ、フライ級、50キロ。
獣と女子高生。
この二人を見て、誰が『禁じ手無しの試合』をするのだと思うでしょうか。
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