鋼将軍の銀色花嫁

小桜けい

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番外編

「鋼将軍の銀色花嫁」&「星灯りの魔術師と猫かぶり女王」

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「鋼将軍の銀色花嫁」&「星灯りの魔術師と猫かぶり女王」
*こちら二作についてのコラボ番外となります。

 シルヴィアとハロルドの結婚式には参列者がとても多かったが、訪れることの出来なかった相手からの祝辞も同じく大量に届けられた。
 そのほぼ全てはハロルド宛てである。
 何しろ、ずっと塔に幽閉されていたシルヴィアには知り合いなど皆無に等しく、逆にハロルドはフロッケンベルク国の鋼将軍として、国内外に名高い身だ。
 二人が結婚して半年以上が経ち、分厚い束になった祝いの手紙は、夫婦の寝室にある戸棚で大切に保管している。
 その中に、シルヴィアがたびたび取り出して眺めるお気に入りの一通があった。

 ハロルドが仕事で遅くなり、シルヴィアが一人で寝台に入る晩はそれなりに多い。
 そういう夜には、シルヴィアは大抵お気に入りの本をお供にし、寝台で眠くなるまで読むことにしていた。
 シルヴィアが本を読むのも好きだと知って、ハロルドはシシリーナ語で書かれた面白そうな本を沢山取り寄せてくれた。
 それから語学の勉強も兼ねて、フロッケンベルク語で書かれた優しい子ども向けの本などもたびたび貰い、そちらも楽しく読んでいた。

 今夜、シルヴィアが寝台に持ち込んだのもそうしたフロッケンベルクの絵本で、見習い錬金術師の少年がさまざまな魔道具を作るお話だった。
 その中に、自分の言葉を生き物の姿に変えて空を飛ばし、遠い所にいる相手に届けるという伝令魔法が出てきて、久しぶりに例の手紙を思い出したシルヴィアは、いそいそと戸棚からそれを取り出す。

 厚手の立派な封筒に押されている封蝋は、魔法国と名高い隣国ロクサリスの、王家の印だった。
 シルヴィアが封筒から手紙を取り出して開くと、真っ白い上質な紙から小さな胡桃色の翼竜が飛び出した。
 翼竜がシルヴィアの周りをゆっくりと羽ばたき始めると同時に、柔らかな男性の声音が響く。これは特別な魔法をかけて紙に封じ込めた伝令魔法なのだ。
 しかも贈り主は、ロクサリス女王陛下の王配である男性だった。

『お久しぶりです、グランツ将軍。このたびは――』

 丁重ながら親愛の籠った祝辞を述べる翼竜を、シルヴィアが楽しく眺めていると、不意に部屋の扉が開いた。

「ハロルド様!」

 扉を開けた愛しい夫の姿を見て、シルヴィアはいっそう顔を輝かせる。ちょうど翼竜も篭められた言葉を述べ終わり、小さな魔法の竜は紙に戻って絵のように張り付いた。
 それをきちんと封筒にしまうのももどかしく、シルヴィアは手紙と封筒を手にしたまま、寝台を降りてハロルドの元に駆け寄る。

「お帰りなさいませ!」

「ああ。遅くなった」

 扉を閉めたハロルドは、少々照れた顔をしながらも、飛びついてきたシルヴィアを抱きとめて頭を撫でてくれる。
 それから彼は、シルヴィアの持っていた手紙に視線を移して笑った。

「シルヴィアは本当に、ライナー殿の伝令魔法が気に入っているな」

「ええ。この小さな竜はとても可愛らしくて、何度見ても飽きません」

 ようやく手紙をきちんと封筒に戻し、シルヴィアは頷いた。
 ロクサリス国がとても風変りな結婚制度を持っていることを、シルヴィアはこの地に来てから初めて聞いた。
 かの国の王侯貴族では、家督を継いだ女性は正式な結婚をせずになるべく多くの男性と関係し、私生児を生むのが推奨される。
 なので、ロクサリス女王は王配を持たないのが通例だったにも関わらず、ライナーというその魔術師の男性は見事に現女王アナスタシアの心を射止めて、国内初の王配殿下になったと聞く。
 しかも周囲の反対を抑えて女王を得る為に、王配という地位になっても政治的な権力は一切放棄したというのだ。それほどに彼は女王を愛しているようだ。
 また、絶世の美女と名高いアナスタシア女王も、国中の有力な貴族男性から言い寄られながらその全てを跳ねつけるほどの男嫌いだったのに、ライナーを生涯ただ一人の伴侶に選び、仲睦まじく暮らしているそうだ。

 そんなライナー魔術師はさぞかし有能な男性で、なおかつとても印象的で押しの強い人物に違いないと、シルヴィアは最初に想像していた。
 ライナーは女王と結婚するより以前に、八年間をフロッケンベルク国で魔術師の留学生として過ごし、このバルシュミーデ領にも半年ほど滞在した為に、ハロルドは彼と面識があるそうだ。
 シルヴィアがここに来るより数年前の話になる。
 その頃はハロルドが代理領主となったばかりで、まだバルシュミーデ領は魔獣組織から甚大な被害を受け続けていた。
 そして魔獣組織を撃退するのに、ライナーも極秘で随分と力を貸してくれた。

 隣国からの客人に等しいライナーは、フロッケンベルク国の為に危険な仕事をする必要は無く、ハロルドも彼に助力を求める気は無かった。
 しかしライナーは、ここに滞在しているのだからと協力を申し出てくれ、しかも大活躍だったというのに、自分は何も関わらなかった事にしてくれと言った。
 フロッケンベルクの錬金術ギルドと、ロクサリス国の魔術師ギルドはまだまだ仲が悪いので、彼が手柄を立てたとなれば何かと諍いの種になる可能性があったからだ。
 ライナーは自身の名声を挙げるよりも、周囲を穏便に済ませる方をはるかに重要に見ていた。
 非常に優秀な魔術師で好人物なのは確かでも、決して押しが強い華やかな人物ではなく……むしろ人生において損な役回りばかりを引き受けている『お人よし』だったらしい。

『ライナー殿なら魔術師の才覚だけでも十分な仕事に就けるだろうし、王配になっても権力は全て放棄など、いかにもあの人らしいとは思うが……失礼ながら、そもそもどうしてあの強烈な女王陛下と婚姻までに至ったかは、全く想像がつかないな』

 首をひねって言ったハロルドは、アナスタシア女王とも少しだけ面識があるそうだ。
 その時の様子を思い出し、シルヴィアはつい口元を緩ませてしまう。

「ハロルド様。宜しければまた、昔のお話を聞かせて頂けませんか?」

 まだそれほど時間は遅くないから、思い切ってねだることにした。
 ハロルドとライナーが協力して魔獣使い達を追い払った冒険譚は、それこそ翼竜の伝令魔法のように、何度聞いたって飽きないのだ。

「あ、ああ……すぐに着替えて来るから、その後でな」

 ハロルドは先ほどよりも照れくさそうな顔になったが、頷いてくれた。
彼に抱き寄せられ、シルヴィアは額に軽く唇を押し付けられるのを、うっとりと感受する。
そして、初めて彼に会った時からはとても信じられない光景だけれど、本当に幸せだと思った。



――一方で、ロクサリス王宮の、女王夫妻の寝室にて。
 寝台にかけて愛しい女王と会話をしていたライナーは、不意に小さくクシャミをした。

「あら。誰かに噂でもされているのかしらね」

 隣に腰を掛けた若き女王アナスタシアが、唇で妖艶な弧を描く。

「さぁ、どうでしょう」
 ライナーは苦笑して肩をすくめた。噂されるとクシャミが出ると言う迷信を、彼はあまり信じていない。
 何しろそれが本当ならば、目の前にいる女王陛下なんて国中の注目を常に集める立場なのだから、四六時中クシャミに苛まれてしまうだろう。
 もちろん、アナスタシアも本気で言ったのではなく、さっさと彼女は話題を戻す。

「……で。グランツ将軍は妻の両手にあった銀鱗に対して、無頓着というわけではないけれど、たいして気にしていないそうよ」

 アナスタシアは当然ながら、各地の情報を常に仕入れている。
 通称『鋼将軍』が、シシリーナ国の貴族令嬢シルヴィアを娶ったという情報は、独自に仕入れるまでもなく、普通にフロッケンベルク国からの知らせで来た。
 しかし、シルヴィアが両手に不思議な銀鱗を持っていたのを皆に告白したという情報は、先日に諜員が仕入れてきたものだ。
 ハロルドが、妻の異形の手に対して全く拒否しないので、彼を信頼する領民達も銀鱗の手を忌避するどころか縁起物としてありがたがっているとも聞く。

「大した男ね。普通なら妻が必死に隠していた異形の手を、少しくらい気味悪がっても無理はないでしょうに」

 アナスタシアは言い、意見を求めてチラリとライナーに視線を向けた。
 彼は国政に関わる権力を一切持ってはいないが、こうして個人的に会話をする分には自由だし、それを後でアナスタシアが採用するかしないかも自由だ。
 まったく、どこまでも都合の良い存在でいてくれるライナーは、とてもお人好しで……悔しいが、アナスタシアはそんな彼に心底惚れている。

「ハロルド殿は懐の広い方ですから。それに異形など気にならぬほど、奥様への愛情が深かったのでしょう」

 ライナーは穏やかに微笑んだ……が、ふと首を傾げた。

「しかし、失礼ながら……そもそもハロルド殿が、奥様と仲睦まじくできたのというのが不思議です。あの方でしたら、政略結婚の相手にも誠実に接するとは思うのですが、好きな女性に対しては問題が……」

 呟いた彼の言葉に、アナスタシアはピクリと反応した。
 役に立つ情報というより、面白そうな気配を感じとったのだ。

 ハロルド・グランツ将軍については、平民の出身ながら若年で将軍にまでなった実力者で、非常に勇猛かつ極度の恋愛嫌いとは聞いている。
 以前に一度、フロッケンベルク国王がこちらを訪問に来た時に、彼も護衛として同行していた。
 強面の長身からは、いかにも真面目で硬派そうな印象を受け、女性など寄せ付けないと噂されるだけはあるなと思ったものだ。
 そんな彼が、まさか国外貴族令嬢の妻を娶るとはと、あちこちでたいそう驚かれていたのは知っていたが、ライナーの様子からは何やら、単なる恋愛嫌いではないようだ。

「好きな女性に対しては、何? そこのところ、もう少し詳しく教えなさいな」

「あ、いえ……その……」

 面白い話題に目のない女王からニヤニヤと詰められ、ライナーが視線を彷徨わせる。

――そしてアナスタシアは、恋愛嫌いと言われていた『鋼将軍』が、実は極度に恋愛が苦手なだけの『乙女将軍』だったという、極秘情報を手に入れたのだった。

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みんなの感想(1件)

ざ☆ふりーだむ

アナスタシア様、「鋼将軍」の正体が「をとめ将軍」だったと知って爆笑したでしょうねwww

2016.11.16 小桜けい

こんにちは。そうだと思います^^

解除

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