傲慢猫王子は落ちぶれ令嬢の膝の上

小桜けい

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33 事件の真相 1

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 幸いにも緞帳の陰にいた為、アルベルトが猫化する現場を周囲に見られることはなかった。

 変身するところ自体は、既に結婚式で多くの貴族に見られているのだが、それでもこの事で注目を集めたくはないだろう。

 しかし物陰とはいえ、エステル達のように人目を避けて休みたくなった人が来るかもしれない。



「殿下、この奥に使用人用の通路へつながる扉があるのです。元に戻れるまで、少し会場を離れますか?」



 思い切って提案すると、アルベルトが可愛らしい目をまん丸にした。



「それはとてもありがたいが……良いのか?」



「ここには旧知の使用人がおりますので、きっと協力してくれると思います」



 使用人用の通路に行けば、サリーを始め、親しい使用人がいる。きっと人目につかず休める場所を探してくれるだろう。

 叔父も、後で事情を説明すれば解ってくれると思う。



「では、お言葉に甘えるとして……その、だな……」



 アルベルトがモジモジと気まずそうにエステルの腕と自分の身体を見比べる。



「ご心配なく。私の提案なのですから、殿下は人目につかぬよう、責任もって抱えさせていただきます」



 スベスベの毛並みの感触を想像し、頬が緩んでしまいそうになるのを堪えて、床に膝をついて手を広げる。



「くっ……この借りはいずれきちんと返す」



 不本意そうに呟くと、アルベルトがそろそろとエステルの膝の上に乗って来る。



(か、可愛い!)



 鼻血を噴きそうになる可愛らしさに内心で悶絶しつつ、エステルは両手でそっと子猫の身体を抱き上げた。

 会場では優雅な音楽と笑いさざめく人々の声が響き、エステル達がいなくなった事には気づかれそうにない。

 ホッとしつつ、エステルは奥にある簡素な扉を開いた。



「エステルお嬢様⁉」



 幸運にも、通路に出た途端に出くわしたのはサリーだった。

 空になった皿を抱えているから、会場で出された軽食の皿を回収して厨房に持っていく所なのだろう。



「急にごめんなさい。少し事情があって……」



 シーッと、アルベルトを抱えたまま唇に指をあてて静かにしてくれるように頼むと、サリーはすぐに口を閉じてくれた。

 そしてエステルの腕の中にいるアルベルトを見ると、敏い彼女は、彼の猫姿を見るのは初めてなのに、王太子だと察したようだ。



「そちらは殿下でしょうか?」



 ヒソヒソと小声でサリーに囁かれ、エステルは頷く。



「そうなの。この御姿になってしまったので、あまり人目に付きたくなくて……」



 そこまで言うと、サリーは我が意を得たりといった様子で頷いた。



「かしこまりました。すぐに休める場所へご案内いたします」



「すまないが、頼む」



 子猫姿のアルベルトが喋ると、サリーは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに粛々とお辞儀をした。



「お役に立てましたら光栄です。殿下」



 そして彼女は近くにあったワゴンに持っていた皿を置くと、壁にかかっていた燭台をとり、エステル達を一階の使われていない部屋に案内した。



「このような場所で申し訳ございませんが、ここが一番人目につかない場所ですのでご辛抱ください」



 サリーが小声で言い、そっと扉を開いた。

 この広い屋敷も、かつてエステルの両親が生きていた頃は来客も多く掃除が行き届き、ここは客間の一つだった。

 だが、叔父の代になってからは来客も使用人の数もめっきり減ったので締め切られたままになっており、埃臭さが少し鼻をつく。

 小さな燭台だけが照らす室内は薄暗く、布覆いをかけられた家具が物悲しく鎮座している。

 だが、贅沢は言えない。

 ありがとうと、サリーに心から礼を述べようとした時、不意に隣の部屋から声が聞こえた。



「まさか、あの事件の真相が貴方様の仕業だったとは……そこまでなさるとは思いませんでした」



 どうしてだが、やはり使われていない隣の部屋に、先客がいたらしい。

 そのうえ、聞えて来た声にアルベルトは聞き覚えがないだろうが、エステルとサリーは驚いて顔を見合わせた。

 少し掠れた特徴のある声は、この屋敷を去った元家令のヨハンだったのだ。
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