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38 王太子の告白
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春にはまだ早いのに、随分と暖かな日だった。
エステルは私室の窓辺に座り、何をするでもなくぼんやりと庭を眺めていた。
事件から一週間が経ち、エステルはもうすっかり回復したと思うのだが、まだ妃教育は休むようにと言われている。
手の火傷は良い治療をしてもらった為、幸いにも痕も残らず治りかけている。
サリーの頭の怪我も心配はいらないそうで、心から安堵した。
叔父は王太子及び王太子妃への殺人未遂の他、ダレルとヨハンの殺人。エステルの両親に対する殺人示唆及び、伯爵家を乗っ取った詐欺罪に問われ、これからその数々の重罪を裁かれることになる。
どう軽く見積もっても死罪は免れないだろうと聞いた。
叔母とアンネリーは、それらの事件についての関与は全くなかったらしい。
ただ、叔父が死罪に相当する罪を犯したうえ、豊富にあると思っていた財産は、全てエステルが継ぐはずだったのを詐欺行為で奪ったものだ。
それどころか帳簿を調べたところ、叔父は多額の借金を抱えていて、それをエステルから奪った財産で清算していた。
よって、本来なら叔母とアンネリーは叔父の断罪後に残された家族として、その着服分を全て借金としてエステルに支払う義務があるのだが、社交界での立場を含め全てを失った彼女達に、そこまでの苦を背負わせたくはなかった。
そこでアルベルトに相談したところ、『相変わらずお人好しだ』と、少々呆れ気味だったが、いい方法を教えてもらった。
裁判で叔父の裁きが確定する前に、叔母とアンネリーが修道院に入って俗世との縁を全て絶てば、法律上で他人となり支払いの義務もなくなるそうだ。
彼女達にそれを話したところ、すぐに二人は修道院行きを決め、遠方に旅立っていった。
王都では今回の騒ぎが広く知れ渡ってしまったが、遠い地なら事件の噂を知る人もおらず、修道院の厳しい規律にさえ慣れれば静かに暮らせるだろう。
また、両親を実際に殺害した野盗の一味についても、叔父の書斎にあった証拠の契約書など、僅かな手がかりを頼りに、コスティが捕えてきてくれた。
彼らは他にも数々の非道を行っており、こちらも死罪は免れないそうだ。
これで両親の無念を晴らすことができただろうし、何よりもアルベルトの呪いも解けた。
(それにしても、殿下の呪いはどうして解けたのかしら……?)
もう何度目かも解らぬ問いに、エステルは頭を悩ませる。
事件の後で改めて、もう呪いは解けたとアルベルトに聞かされ、国王夫妻からも改めてお礼を言われた。
初めて会った王妃はとても美しい人で、驚くほどに青白い頬を微かに紅潮させ、目に涙を浮かべて繰り返しエステルに礼を述べた。
だが、エステル自身はあの場で特に何も解呪に繋がるような事をした覚えはない。
『私に覚えはないのですが、なぜ殿下の呪いは解けたのでしょうか?』
恐る恐るそう尋ねたが、二人はなぜか気まずそうに押し黙って顔を見合わせ、それはアルベルトから直接に聞いて欲しいとのことだった。
「失礼します、エステル様。王太子殿下がいらっしゃいました」
唐突に届いたノックの音とアウラの声に、ビクリとエステルは身を跳ねさせた。
「ど、どうぞ。お通しして」
声が妙に上擦ってしまうのは、アルベルトのことを異性として変に意識しすぎてしまうからだろう。
慌てて身だしなみを整えて答えると、扉が開いてアルベルトが姿を現した。
「ただいま、お茶をお持ちいたします」
そう言ったアウラに、アルベルトが首を横に振る。
「その必要はない。大切な話をしに来たので、しばらく誰もここには近づかないでくれ」
「畏まりました」
いつになく重々しい様子のアルベルトに、アウラは少々驚いた様子だったものの、すぐに頷く。
アウラが部屋を出て行き、二人きりになると、アルベルトがエステルをチラリと見て気まずそうに咳ばらいをした。
「四日ぶりだが、もう身体は大丈夫だろうか?」
この一週間で、彼がエステルのもとを訪れたのは、叔父の処遇に関することなどを教えてくれた四日前に一度だけだ。
それ以外は寝室ももう別で、全く顔を合わせていなかった。
「はい、おかげさまで……殿下こそ、お怪我は如何ですか?」
かなり酷かった様子のアルベルトの怪我が心配で尋ねると、彼はサッと左手を差し出した。
「この通り、リッカ特製の魔法薬ですっかり元通りだ」
確かに、剣だこのある手の平にはもう傷跡すら残っていない。
「リッカ様はやはり、とても素晴らしい魔法の使い手なのですね」
感心してエステルは呟いたが、ふとアルベルトが大切な話をしに来たと言っていたのを思い出した。
「何かお話だそうですが……」
彼に椅子を勧めて、エステルは自分も向かいに腰を降ろす。
「ああ……実は、その……」
椅子に腰を降ろしたアルベルトが、彼らしくもなく歯切れの悪い調子で切り出した。
「はい」
「ドリスの呪いが解けた理由だが……」
はぁ、と深く溜息をつき、アルベルトが額を押さえて俯いた。
そのまま彼はしばらく押し黙っていたが、やがて顔をあげ、真剣な目でエステルを見据える。
「呪いが解けたのは、私がそなたを真に愛してしまったからだ」
エステルは私室の窓辺に座り、何をするでもなくぼんやりと庭を眺めていた。
事件から一週間が経ち、エステルはもうすっかり回復したと思うのだが、まだ妃教育は休むようにと言われている。
手の火傷は良い治療をしてもらった為、幸いにも痕も残らず治りかけている。
サリーの頭の怪我も心配はいらないそうで、心から安堵した。
叔父は王太子及び王太子妃への殺人未遂の他、ダレルとヨハンの殺人。エステルの両親に対する殺人示唆及び、伯爵家を乗っ取った詐欺罪に問われ、これからその数々の重罪を裁かれることになる。
どう軽く見積もっても死罪は免れないだろうと聞いた。
叔母とアンネリーは、それらの事件についての関与は全くなかったらしい。
ただ、叔父が死罪に相当する罪を犯したうえ、豊富にあると思っていた財産は、全てエステルが継ぐはずだったのを詐欺行為で奪ったものだ。
それどころか帳簿を調べたところ、叔父は多額の借金を抱えていて、それをエステルから奪った財産で清算していた。
よって、本来なら叔母とアンネリーは叔父の断罪後に残された家族として、その着服分を全て借金としてエステルに支払う義務があるのだが、社交界での立場を含め全てを失った彼女達に、そこまでの苦を背負わせたくはなかった。
そこでアルベルトに相談したところ、『相変わらずお人好しだ』と、少々呆れ気味だったが、いい方法を教えてもらった。
裁判で叔父の裁きが確定する前に、叔母とアンネリーが修道院に入って俗世との縁を全て絶てば、法律上で他人となり支払いの義務もなくなるそうだ。
彼女達にそれを話したところ、すぐに二人は修道院行きを決め、遠方に旅立っていった。
王都では今回の騒ぎが広く知れ渡ってしまったが、遠い地なら事件の噂を知る人もおらず、修道院の厳しい規律にさえ慣れれば静かに暮らせるだろう。
また、両親を実際に殺害した野盗の一味についても、叔父の書斎にあった証拠の契約書など、僅かな手がかりを頼りに、コスティが捕えてきてくれた。
彼らは他にも数々の非道を行っており、こちらも死罪は免れないそうだ。
これで両親の無念を晴らすことができただろうし、何よりもアルベルトの呪いも解けた。
(それにしても、殿下の呪いはどうして解けたのかしら……?)
もう何度目かも解らぬ問いに、エステルは頭を悩ませる。
事件の後で改めて、もう呪いは解けたとアルベルトに聞かされ、国王夫妻からも改めてお礼を言われた。
初めて会った王妃はとても美しい人で、驚くほどに青白い頬を微かに紅潮させ、目に涙を浮かべて繰り返しエステルに礼を述べた。
だが、エステル自身はあの場で特に何も解呪に繋がるような事をした覚えはない。
『私に覚えはないのですが、なぜ殿下の呪いは解けたのでしょうか?』
恐る恐るそう尋ねたが、二人はなぜか気まずそうに押し黙って顔を見合わせ、それはアルベルトから直接に聞いて欲しいとのことだった。
「失礼します、エステル様。王太子殿下がいらっしゃいました」
唐突に届いたノックの音とアウラの声に、ビクリとエステルは身を跳ねさせた。
「ど、どうぞ。お通しして」
声が妙に上擦ってしまうのは、アルベルトのことを異性として変に意識しすぎてしまうからだろう。
慌てて身だしなみを整えて答えると、扉が開いてアルベルトが姿を現した。
「ただいま、お茶をお持ちいたします」
そう言ったアウラに、アルベルトが首を横に振る。
「その必要はない。大切な話をしに来たので、しばらく誰もここには近づかないでくれ」
「畏まりました」
いつになく重々しい様子のアルベルトに、アウラは少々驚いた様子だったものの、すぐに頷く。
アウラが部屋を出て行き、二人きりになると、アルベルトがエステルをチラリと見て気まずそうに咳ばらいをした。
「四日ぶりだが、もう身体は大丈夫だろうか?」
この一週間で、彼がエステルのもとを訪れたのは、叔父の処遇に関することなどを教えてくれた四日前に一度だけだ。
それ以外は寝室ももう別で、全く顔を合わせていなかった。
「はい、おかげさまで……殿下こそ、お怪我は如何ですか?」
かなり酷かった様子のアルベルトの怪我が心配で尋ねると、彼はサッと左手を差し出した。
「この通り、リッカ特製の魔法薬ですっかり元通りだ」
確かに、剣だこのある手の平にはもう傷跡すら残っていない。
「リッカ様はやはり、とても素晴らしい魔法の使い手なのですね」
感心してエステルは呟いたが、ふとアルベルトが大切な話をしに来たと言っていたのを思い出した。
「何かお話だそうですが……」
彼に椅子を勧めて、エステルは自分も向かいに腰を降ろす。
「ああ……実は、その……」
椅子に腰を降ろしたアルベルトが、彼らしくもなく歯切れの悪い調子で切り出した。
「はい」
「ドリスの呪いが解けた理由だが……」
はぁ、と深く溜息をつき、アルベルトが額を押さえて俯いた。
そのまま彼はしばらく押し黙っていたが、やがて顔をあげ、真剣な目でエステルを見据える。
「呪いが解けたのは、私がそなたを真に愛してしまったからだ」
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