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シーズン2
2 情報はきちんと伝えましょう
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――ミルドレンティーヌだ。
昨日、故郷の壊滅と共に、自分でない『キルラクルシュ』が討伐されたと知った時、ラクシュは即座にその名を思い浮かべた。
同じ故郷の泉から生まれた彼女は、キルラクルシュとほぼ同じ背丈で、同じ闇色の髪をもち、顔立ちすらもそっくりだった。
ただ、キルラクルシュの瞳は、赤い沼のように濁り澱んでいたけれど、ミルドレンティーヌの瞳は、宝石さながらに美しく妖艶な光を称えていた。
キルラクルシュは、表情というものを持たず、言葉もろくにしゃべれなかったけれど、ミルドレンティーヌの多彩な表情は、怒りさえも美しく表現した。
彼女の声は皆を魅了し、いつも周囲には仲間が絶えなかった。
故郷を出て行く時、ミルドレンティーヌだけが見送りに城の敷地外まで出てくれた。
彼女は惚れ惚れするような美しい笑みを浮かべて、言っていたっけ。
『安心して。もし人間が襲ってきても、これからは私がキルラクルシュとして追い払うわ。だから貴女は二度と戻ってこなくていいのよ』
「……」
工房の隅で鉱石を引っ掻いていたラクシュは、過去の記憶から醒めた。いつのまにか彫り上げていた緑色の鉱石を木箱に入れ、今度は赤い石を手に取る。
手の中でボンヤリと輝く赤い鉱石は、とても綺麗だった。まるでミルドレンティーヌの瞳のようだ。
ラクシュは彼女が好きだった。
仲間だと思われていなかったのは悲しかったけれど。
――ミルドレンティーヌ……痛かった……よね?
彼女が望んだ身代わりとはいえ、その痛みを思うと、心臓の奥がとても苦しくなった。
***
初夏の夕陽も、ようやく山の向こうに沈んでいく。
一般的なご家庭では夕食の時刻だが、生活時間のずれたアーウェンとラクシュには、午後のお茶の時間だ。
アーウェンは生成りの愛用エプロンをつけ、本日も張り切ってお茶とお菓子の準備をする。
昔の飼い主は舌の肥えた貴族だったから茶の淹れかた一つにも煩く、そんな細かい事に拘るな、雑巾のしぼり汁でも飲んでいやがれと内心毎日毒づいていたものだ。
だが、ラクシュが美味しいと言ってくれるのならば話は別。
一流執事に叩きこまれた技術をもって、ニコニコと毎日のお茶の支度に勤しんでいる。
食堂はキッチンと続き部屋で、あまり広くはない。
古い壁紙は落ち着いたセピア色に変色し、中央には飴色のテーブルセットが置かれていた。
「ラクシュさん、お茶にしませんか」
ラクシュの部屋の閉まっている扉へ声をかけると、彼女がすぐに出てきて、いそいそとお気に入りの指定席に腰掛ける。
本日のおやつは、卵抜き麦芽ビスケットだ。今年は近くの森で野生の苺が大豊作で、沢山つくって瓶詰めにした苺ジャムも、テーブルにちゃんと乗っている。
深紅の苺をとろとろ煮詰めた濃厚なジャムは、淡白な味わいのビスケットにつけると三倍美味しくなった。
生成りのエプロンをつけたアーウェンが紅茶を注ぐのを、ラクシュはじっと眺めていたが、不意にぼそっと呟いた。
「裸エプロン」
「……はい?」
アーウェンは危うく茶を溢れさせる寸前で、急いでティーポットの傾きを戻す。
「あのー……今、なんて言いました?」
あまり日常的ではない単語が聞えた気もするが、突発性の難聴でも患ってしまったのだろうか。
ラクシュが口を開き、ゆっくりと動かす。
「裸・エプロン」
――聞き間違いじゃなかった。
しかも、セリフをつっかえたんじゃなくて、わざわざ区切って強調された。
アーウェンはギギっと音がしそうな程ぎこちない動作で、握りつぶす寸前だったティーポットを、慎重にテーブルへ置く。
なんとか内なる破壊獣を押さえられたのは、風呂場で行われたラクシュの熱血調教のお陰だろうか。
フラフラとラクシュの向かいに腰を降ろし、テーブルに肘をついて頭をかかえ、深い溜め息をつく。
「確認しますけど、ラクシュさんは、その言葉の意味を知っていますか?」
「ん」
ラクシュはちょっと得意そうに頷き、暗記した文章でもそらんじるように、たどたどしい言葉で続けた。
「裸エプロン、とは……文字通り、素裸に、エプロン、だけを、つけた姿、で、ある」
そして小首をかしげた。
「あってる?」
「……はい。もう一つ質問です。それ、誰から聞きました?」
だいたい予想はついたが、念のために聞いてみた。
「クロッカス」
「ラクシュさん……もう絶対に一人で、あのエロ猫屋に行っちゃ駄目です」
アーウェンはひきつった笑みを顔にはりつけて、念を押した。
次に猥褻猫に会ったら、尾を一本くらい引きぬいてやる。
おおかた昨日、アーウェンがハーピー少女を送り届けている間にでも、吹き込まれたのだろう。
ラクシュは淵いっぱいまで入った紅茶カップを取り、一口飲んでから再び口を開いた。
「クロッカス、悪くないよ。……私、恋人とか、よく解らないけど……アーウェンは、大好き。だから、どんなことしたら、アーウェン嬉しいか……聞いたんだ」
「えっ!?」
思いがけない告白に、アーウェンのオリーブ色の髪から、ヒョコンと同色の狼耳が飛び出た。椅子の後ろからは、はみ出た尻尾がパタパタと揺れている。
昨日、情報隠蔽に必死ですっかり様子がおかしくなっていたアーウェンのために、ラクシュも色々と考えてくれたのだろうか。
「そ、そうでしたか……ラクシュさんの気持ち……すごく嬉しいです」
嬉しくて溜まらず、顔が熱くなる。
このとても年上の女性は、どうしてこうも一々、可愛らしいのだろう。
ラクシュはチロリと上目でアーウェンを見て、眩しそうに両眼の上へ手をかざした。
「きみが、望むなら、私……」
そして彼女は盛大な決意を示すように、深呼吸を一つした。
「ちゃんと、見るよ? ……アーウェンの、裸エプロン」
「俺ですかっ!!!!!」
思わず、アーウェンは勢いよく椅子から立ち上がった。
「ちょ……待ってください。俺の裸エプロンて。誰が喜ぶんですか。ラクシュさんですか!? 喜んでくれるんですか!? ラクシュさんが愛でてくれるなら、やぶさかでもないですが、あからさまに、『きみが望むなら頑張ってつきあうよ』な、雰囲気ですよね!?」
――クロッカスさんのばかっ! どうせ教えるなら、ちゃんと教えてくださいよ!!
俺の夢と期待を返しください!!
アーウェンは目端に涙を浮かべて、続く言葉を飲み込む。
「……ん? 私、間違った?」
「大間違いです!」
キョトンと首を傾げるラクシュに、バッサリと断言した。
「だいたい、そういう格好をするのは、普通は女の人で……っ」
「ん?」
「いえ! な、何でもないです!」
つい余計な事を口走ってしまいそうになり、アーウェンは慌てて首を振った。
彼女はとても長生きをしているが、生まれて百年間はひたすら戦いに明け暮れ、その後は一室に篭り、話相手もいない日々だったらしい。
有する知識は非常に狭く偏っている。
反してアーウェンは、王城の泉で生まれた直後から、「売り物」として価値が出るように、みっちり多方面の教育をされ、多忙な従者生活でも、上流階級の習慣から下世話な性趣向まで、何かと雑多な知識を身につけた。
そもそも裸エプロンという特殊嗜好の時点で、普通ではないし、この家でエプロンをつけて料理をするのはアーウェンだから、ラクシュが勘違いするのも無理はないだろう。
「……ん」
ラクシュは何かを思い出そうとするように、また首をかしげて呟いた。
「でも、クロッカス、言ってた……女は、お皿になる……らしい」
――ラクシュさあああああんっ、それ、女体盛r……っっっ!!!!!
「……」
アーウェンは無言でフラフラと椅子から離れ、無言でテーブル上の茶器とビスケットの皿を、壁際に作りつけられた戸棚へ退かした。
「あ」
残念そうにビスケットの皿を目で追うラクシュを抱きしめて、震える声で訴えた。
「ラクシュさん……っ! あ、あんまり、煽らないでください……!」
「ん?」
首を傾げるラクシュを立たせ、貫頭衣ローブの裾をめくって、頭からスポンと引き抜いた。
露になった真っ白な乳房が、控えめに揺れる。下着のサイドを結ぶ紐も外し、細身の軽い身体を抱え上げた。
「アーウェン?」
ラクシュは不思議そうだったが、こんな風にいきなり脱がせても、羞恥に苛まれるという様子ではない。
「……お皿になってくれるんですよね? 俺のおやつを、先に食べさせてください」
ジャムだけを残したテーブルにラクシュを押し倒し、アーウェンは自分もエプロンとシャツを脱いで上半身だけ裸になる。
瓶の蓋をあけて指を三本突っ込み、赤い熟した苺を煮詰めたジャムをたっぷりと掬い取った。
「クロッカスさんの言ったのとは、ちょっと違いますけど……動かないでくださいね」
美味そうでたまらない獲物を見下ろして、アーウェンは舌なめずりをする。
赤くてらてらと光る甘い粘液を、薄桃色に色づく胸の先端へと塗りつけた。
「んっ」
短く跳ねた声があがる。もう片側にも塗ると、また短い声があがった。
ジャムが少し冷たいのか、塗りつけるたびにラクシュがビクビクと跳ねるのを無視して、肩やわき腹も赤く彩っていく。
「ラクシュさんは肌も髪も雪みたいに白いから、赤がすごく綺麗に映えますよ」
「ん……ベタベタ、する」
ラクシュが首を少し持ち上げ、ジャムだらけになった自分の上半身を眺めた。その唇にも、ジャムを乗せた指を押し付ける。
「あとで俺が綺麗にしますから……ラクシュさん、こっちを舐めてください」
「ん……」
唇が薄く開かれ、桃色の舌がチロチロと指を這う。くすぐったいような感触が走り、アーウェンは揃えた指を暖かな口内へ押し込んだ。
「ん、ん、ん……」
口腔をかき回されながら、ラクシュは熱心に突きこまれた指をしゃぶる。柔らかい舌の感触や、綺麗に並んだ歯列をなぞるのを散々楽しみ、アーウェンはようやく指を引き抜いた。
「美味しかったですか? 甘いの、好きですよね?」
荒い息をついているラクシュの上に身をかがめ、唇を合わせる。舌を差込み、苺ジャムの甘ずっぱさが残る口腔をむしゃぶった。ジャムでぬめる乳首をつまんでクニクニと弄れば、ラクシュの喉奥から甘い呻きが聞こえる。
「こっちも美味しそうです。食べたい……」
甘く味付けされた乳首を口に含み、思うさま舐めしゃぶった。苺の甘酸っぱさと砂糖の甘さが、今度はもっと強く舌に広がり、口の中に細かな種の感触が混ざる。
硬く尖った乳首を吸い、なだらかな曲線を描く柔らかな乳房に垂れている赤い粘液も、丁寧に舐め採っていく。
ラクシュの白い肩や首筋へも舌を這わせ、アーウェンは自分で塗りつけた赤を舐め続けた。
舌が痺れて味覚が鈍くなるほど甘い。ジャムに、肌の甘みまで追加されているような気がする。
「ん、あ、あ、ぅ」
ラクシュの手が伸びてきて、髪を軽く掴まれた。押し付けているのか剥がそうとしているのか、よくわからないまま、白い手はアーウェンの髪をぐしゃぐしゃかき回す。
アーウェンはまた瓶へ指を突っ込み、まだ半分近く残っているジャムを掬い取った。今度は閉じた足の間へと手を伸ばしていく。
「あ、ん……ん」
「こっちはもう、ラクシュさんのが溢れてますね。混ぜてもいいですか?」
小さな逆三角形の隙間に指をねじこみ、秘所の花奥からあふれ出していた透明な蜜に、苺ジャムを混ぜていく。
花芽を弄り、表面の花弁へ塗りつけていくと、卑猥な粘着音が響いた。
ラクシュは甘い喘ぎをひっきりなしに零しながら、食卓の上で裸身をくねらせる。
十分に塗りつけてから両膝の裏に手をかけて、大きく脚を開かせた。テーブルはアーウェンの腰より少し低く、床に膝をついて薄い赤に染まった秘所へ口をつけた。
「く、ふ……」
ラクシュの顔は見えないが、荒い呼吸音と、鼻に抜けた甘ったるい声が聞こえる。なめ続けてジャムの赤がすっかりなくなっても、花奥からは蜜が絶え間なく溢れてくる。
アーウェンは手の甲で口元をぬぐってから、立ち上がった。
頬を濃い桜色に染めて、ぼんやりと虚空をみつめているラクシュに覆いかぶさり、涙の筋が伝っている熱い頬へ口付ける。
「あ」
潤んだ赤い瞳が、アーウェンへ向けられた。
半開きの口元からは、荒い呼吸がひっきりなしに零れ落ち、眼差しは背筋が震えるほどの妖艶さを帯びていて、アーウェンは思わず息を呑む。
「挿れていいですか?」
ラクシュの耳元に口を寄せて、掠れた声で尋ねたが、ただこれからの行為を口にしただけで、返事を待つ気などなかった。
痛いほど張り詰めていた自身を取り出し、蕩けきった箇所へ押し当てる。
「っ」
ビクリと、ラクシュが震えた。
「あ……だ、め……っ!!!」
悲鳴のように叫ばれた時には、すでにアーウェンは引きかけた柳腰を掴み、熱い胎内へ一息に突き入れていた。
アーウェンを咥えこんだ蜜道はこれ以上ないほど熱く濡れそぼっていて、柔肉がひくつきながら雄をしめつける。
「っ、あーうぇ……だ、め……ぇ」
組み敷いた身体の下で、白い髪がパサパサと左右に振れる。
「……だめ?」
思いがけない拒絶の言葉に、興奮に煮えたぎっていたアーウェンは、苛立たしくて犬歯を剥きだす。
ヒクヒクと喉を震わせて、泣き声で訴えるラクシュの抵抗は、快楽が強すぎるとか、恥ずかしくてたまらないとか、そういう可愛らしい理由ではなさそうだったから。
「ラクシュさんが煽ったのに、どうしてですか?」
両手で左右の乳首をつまむと、ラクシュが「ひっ」と短く息を呑む。
アーウェンに貫かれたまま、いやいやと左右に首を振り、何度もパクパクと口を開け閉めした。
「あ、あ……わたし、また……きみ、良い匂いで……」
真っ赤に充血した唇の合間に、伸び始めた牙が見えて、アーウェンは知らずに詰めていた息を吐いた。
「そういえば、前に飲んでからもう、一ヶ月近く経ってましたね」
さっきまでそんなそぶりは見せなかったから、欲情がきっかけで急に血飢えが始まったのだろう。
ラクシュの口元へ首筋を近づけようと覆いかぶさると、埋め込んだ雄の切っ先が膣内をえぐり、白い裸身がのけぞって跳ねた。
「んっ」
「飲む相手が発情してると、血が美味しくなるんでしっけ?」
「あ、ぁ……ん」
ラクシュはしっかりと目を瞑り、顔を背けたままコクコクと頷く。
「じゃあ、このまま飲んでください。俺は今、最高に気持ちいいんですから。ラクシュさんに美味しく飲んで欲しいです」
いくら平気と告げても、ラクシュはためらうのをわかっていたから、背けた顔を掴んでこちらを向かせ、吐息を零し続ける唇を舐めて誘惑した。
「はぁ……は、あーうぇん……」
薄く開いた赤い瞳が、とろんと蕩けた視線を向ける。唇がカッと開き、人狼よりもずっと細身の吸血鬼の牙が、アーウェンの首筋に喰いこんだ。
一瞬、強烈な痛みに目が眩む。
鋭い牙は、皮膚をたやすく破り血脈を傷つけ、少しだけ引かれる。牙と肉の僅かな隙間からあふれ出る血が、喉を鳴らして飲み込まれていく。
牙の刺さっている場所が、酷く熱くて痛い。まるで毒液を一緒に注がれ、傷口を焼かれているかのようだ。これは、相当痛みに慣れているか人狼でもなければ、絶叫して気絶するのも無理はないと思う。
もっとも、ラクシュに噛みつかれているのだと思えば痛くても構わない。
むしろ嬉しくて興奮するくらいだが、これは彼女への愛故で、別に自分は変態じゃないと思っている。
「ん……ふ、ぅ……」
ラクシュが恍惚の声を漏らして喉を上下させる。華奢な手足がアーウェンに絡み、全身で抱きつかれた。
「う、ん、っ!!」
くぐもった声音と共に、ラクシュの身体が大きく震える。アーウェンを受け入れている胎内の壁も激しく痙攣した。
同時に牙が外れ、ラクシュは血で赤く染まった口を大きく開けて、せわしい呼吸を繰り返す。
「っは……ラクシュさん、飲みながらイっちゃいました?」
聞かなくてもわかっていたけれど、嬉しくてたまらず、アーウェンは囁いた。
牙が抜けても首筋はジクジクと痛んだが、それ以上に背筋を這いのぼる快楽が強くて、もう気にもならない。
「はぁっ……あ……はぁ、ん……」
くたりと脱力したままのラクシュが、小さく頷く。牙はもうすでに、普通の人間と同じような犬歯にもどっていた。
「ああ、もう……ラクシュさん……っ!」
堪えきれずに抱きしめて、唇を重ねる。赤く染まった口は、今度は甘くない鉄さびの味がした。
「ラクシュさんが欲しいだけ、いくらでも飲ませますから! それで貴女を独り占めできるなら、俺にとってはご褒美です!」
「あ……はぁ……きみ、は、変……」
何度も角度を変えて唇を交える隙間から、ラクシュが切れ切れに呟く。近すぎてよく見えなかったけれど、少し微笑まれた気がした。
「はい。ラクシュさんと同じです」
アーウェンは苦笑した。
片手でラクシュの腰を引き寄せ、もう片手をラクシュのそれを合わせて指を絡める。また唇を合わせて舌を絡めて、もうこれ以上ないほど、全身で深く繋がる。
―― 最高に、幸せだ。
***
居間の床にペタンと座り込んだラクシュが、すり鉢でごりごりと薬草を煎じている。
「……ううぅ」
アーウェンはソファーにぐったりと寝込んだまま、情けない声で呻いた。
食卓で盛ったあと、ジャムでべとついた自分とラクシュの身体を風呂場で綺麗にしようとしたのだが、急激な吐き気に襲われて洗い場で大惨事を起こしたあげくに、屍状態でラクシュにソファーまで運ばれた。
体調を悪くした原因は明らかだ。
調子に乗ってジャムを一瓶も舐めれば、胸焼けするのは当然。
……我ながら、アホすぎる。
「ん」
ラクシュが煎じ終わった薬を椀に移して、無表情で差し出す。どろりとした青臭い緑色の液体を前に、アーウェンは顔をひきつらせた。
ラクシュと暮らし始めてから、うっかり毒キノコを食べてしまった時など、何度かこの薬を飲んだ。
すごく効くのはわかっている。そして、とんでもなく不味いのも知っている。
「せ、せっかくですけど……寝てれば治ると思いますから……」
慌てて寝返りを打ち、ラクシュへ背を向けたが、凄まじい力でくるんとひっくり返された。
細い片腕で、やすやすとアーウェンを引き寄せたラクシュは、もう片手に持った薬の椀を、自分の口元へと添えた。
「ん……こういう時、こうする?」
ラクシュは薬を自分の口に含み、椀を放り出してアーウェンの頬を両手で掴み、唇を合わせた。
目にもとまらぬ速さというのは、こういうのだろう。
あっという間に、苦い苦い液体がアーウェンの口内に流し込まれた。
侵入してきた小さな舌が、更にそれを奥へ押しやり、飲み込めと促される。
「う、う、くっ……はぁっ!」
全部飲み終わるとようやく開放されて、アーウェンは喉まで染み渡る苦味に、顔を歪めて咳き込む。
「ん……おりこう」
ラクシュによしよしと頭を撫でられ、アーウェンはジト目で抗議した。
「急に子ども扱いしないでください」
「ん?」
「それから後で、クロッカスさんに何を吹き込まれたか、全部教えてくださいね」
「ん……」
神妙な雰囲気で頷いた雪白の髪に、軽く口付けた。
「ん?」
「でも、ありがとうございます……あれならどんな薬だって、俺は喜んで飲めます」
とりあえずクロッカスに感謝するか、尻尾を引っ張るかどちらにするかは、ラクシュに残りの話を聞いてから決めようと、アーウェンは密かに決意した。
昨日、故郷の壊滅と共に、自分でない『キルラクルシュ』が討伐されたと知った時、ラクシュは即座にその名を思い浮かべた。
同じ故郷の泉から生まれた彼女は、キルラクルシュとほぼ同じ背丈で、同じ闇色の髪をもち、顔立ちすらもそっくりだった。
ただ、キルラクルシュの瞳は、赤い沼のように濁り澱んでいたけれど、ミルドレンティーヌの瞳は、宝石さながらに美しく妖艶な光を称えていた。
キルラクルシュは、表情というものを持たず、言葉もろくにしゃべれなかったけれど、ミルドレンティーヌの多彩な表情は、怒りさえも美しく表現した。
彼女の声は皆を魅了し、いつも周囲には仲間が絶えなかった。
故郷を出て行く時、ミルドレンティーヌだけが見送りに城の敷地外まで出てくれた。
彼女は惚れ惚れするような美しい笑みを浮かべて、言っていたっけ。
『安心して。もし人間が襲ってきても、これからは私がキルラクルシュとして追い払うわ。だから貴女は二度と戻ってこなくていいのよ』
「……」
工房の隅で鉱石を引っ掻いていたラクシュは、過去の記憶から醒めた。いつのまにか彫り上げていた緑色の鉱石を木箱に入れ、今度は赤い石を手に取る。
手の中でボンヤリと輝く赤い鉱石は、とても綺麗だった。まるでミルドレンティーヌの瞳のようだ。
ラクシュは彼女が好きだった。
仲間だと思われていなかったのは悲しかったけれど。
――ミルドレンティーヌ……痛かった……よね?
彼女が望んだ身代わりとはいえ、その痛みを思うと、心臓の奥がとても苦しくなった。
***
初夏の夕陽も、ようやく山の向こうに沈んでいく。
一般的なご家庭では夕食の時刻だが、生活時間のずれたアーウェンとラクシュには、午後のお茶の時間だ。
アーウェンは生成りの愛用エプロンをつけ、本日も張り切ってお茶とお菓子の準備をする。
昔の飼い主は舌の肥えた貴族だったから茶の淹れかた一つにも煩く、そんな細かい事に拘るな、雑巾のしぼり汁でも飲んでいやがれと内心毎日毒づいていたものだ。
だが、ラクシュが美味しいと言ってくれるのならば話は別。
一流執事に叩きこまれた技術をもって、ニコニコと毎日のお茶の支度に勤しんでいる。
食堂はキッチンと続き部屋で、あまり広くはない。
古い壁紙は落ち着いたセピア色に変色し、中央には飴色のテーブルセットが置かれていた。
「ラクシュさん、お茶にしませんか」
ラクシュの部屋の閉まっている扉へ声をかけると、彼女がすぐに出てきて、いそいそとお気に入りの指定席に腰掛ける。
本日のおやつは、卵抜き麦芽ビスケットだ。今年は近くの森で野生の苺が大豊作で、沢山つくって瓶詰めにした苺ジャムも、テーブルにちゃんと乗っている。
深紅の苺をとろとろ煮詰めた濃厚なジャムは、淡白な味わいのビスケットにつけると三倍美味しくなった。
生成りのエプロンをつけたアーウェンが紅茶を注ぐのを、ラクシュはじっと眺めていたが、不意にぼそっと呟いた。
「裸エプロン」
「……はい?」
アーウェンは危うく茶を溢れさせる寸前で、急いでティーポットの傾きを戻す。
「あのー……今、なんて言いました?」
あまり日常的ではない単語が聞えた気もするが、突発性の難聴でも患ってしまったのだろうか。
ラクシュが口を開き、ゆっくりと動かす。
「裸・エプロン」
――聞き間違いじゃなかった。
しかも、セリフをつっかえたんじゃなくて、わざわざ区切って強調された。
アーウェンはギギっと音がしそうな程ぎこちない動作で、握りつぶす寸前だったティーポットを、慎重にテーブルへ置く。
なんとか内なる破壊獣を押さえられたのは、風呂場で行われたラクシュの熱血調教のお陰だろうか。
フラフラとラクシュの向かいに腰を降ろし、テーブルに肘をついて頭をかかえ、深い溜め息をつく。
「確認しますけど、ラクシュさんは、その言葉の意味を知っていますか?」
「ん」
ラクシュはちょっと得意そうに頷き、暗記した文章でもそらんじるように、たどたどしい言葉で続けた。
「裸エプロン、とは……文字通り、素裸に、エプロン、だけを、つけた姿、で、ある」
そして小首をかしげた。
「あってる?」
「……はい。もう一つ質問です。それ、誰から聞きました?」
だいたい予想はついたが、念のために聞いてみた。
「クロッカス」
「ラクシュさん……もう絶対に一人で、あのエロ猫屋に行っちゃ駄目です」
アーウェンはひきつった笑みを顔にはりつけて、念を押した。
次に猥褻猫に会ったら、尾を一本くらい引きぬいてやる。
おおかた昨日、アーウェンがハーピー少女を送り届けている間にでも、吹き込まれたのだろう。
ラクシュは淵いっぱいまで入った紅茶カップを取り、一口飲んでから再び口を開いた。
「クロッカス、悪くないよ。……私、恋人とか、よく解らないけど……アーウェンは、大好き。だから、どんなことしたら、アーウェン嬉しいか……聞いたんだ」
「えっ!?」
思いがけない告白に、アーウェンのオリーブ色の髪から、ヒョコンと同色の狼耳が飛び出た。椅子の後ろからは、はみ出た尻尾がパタパタと揺れている。
昨日、情報隠蔽に必死ですっかり様子がおかしくなっていたアーウェンのために、ラクシュも色々と考えてくれたのだろうか。
「そ、そうでしたか……ラクシュさんの気持ち……すごく嬉しいです」
嬉しくて溜まらず、顔が熱くなる。
このとても年上の女性は、どうしてこうも一々、可愛らしいのだろう。
ラクシュはチロリと上目でアーウェンを見て、眩しそうに両眼の上へ手をかざした。
「きみが、望むなら、私……」
そして彼女は盛大な決意を示すように、深呼吸を一つした。
「ちゃんと、見るよ? ……アーウェンの、裸エプロン」
「俺ですかっ!!!!!」
思わず、アーウェンは勢いよく椅子から立ち上がった。
「ちょ……待ってください。俺の裸エプロンて。誰が喜ぶんですか。ラクシュさんですか!? 喜んでくれるんですか!? ラクシュさんが愛でてくれるなら、やぶさかでもないですが、あからさまに、『きみが望むなら頑張ってつきあうよ』な、雰囲気ですよね!?」
――クロッカスさんのばかっ! どうせ教えるなら、ちゃんと教えてくださいよ!!
俺の夢と期待を返しください!!
アーウェンは目端に涙を浮かべて、続く言葉を飲み込む。
「……ん? 私、間違った?」
「大間違いです!」
キョトンと首を傾げるラクシュに、バッサリと断言した。
「だいたい、そういう格好をするのは、普通は女の人で……っ」
「ん?」
「いえ! な、何でもないです!」
つい余計な事を口走ってしまいそうになり、アーウェンは慌てて首を振った。
彼女はとても長生きをしているが、生まれて百年間はひたすら戦いに明け暮れ、その後は一室に篭り、話相手もいない日々だったらしい。
有する知識は非常に狭く偏っている。
反してアーウェンは、王城の泉で生まれた直後から、「売り物」として価値が出るように、みっちり多方面の教育をされ、多忙な従者生活でも、上流階級の習慣から下世話な性趣向まで、何かと雑多な知識を身につけた。
そもそも裸エプロンという特殊嗜好の時点で、普通ではないし、この家でエプロンをつけて料理をするのはアーウェンだから、ラクシュが勘違いするのも無理はないだろう。
「……ん」
ラクシュは何かを思い出そうとするように、また首をかしげて呟いた。
「でも、クロッカス、言ってた……女は、お皿になる……らしい」
――ラクシュさあああああんっ、それ、女体盛r……っっっ!!!!!
「……」
アーウェンは無言でフラフラと椅子から離れ、無言でテーブル上の茶器とビスケットの皿を、壁際に作りつけられた戸棚へ退かした。
「あ」
残念そうにビスケットの皿を目で追うラクシュを抱きしめて、震える声で訴えた。
「ラクシュさん……っ! あ、あんまり、煽らないでください……!」
「ん?」
首を傾げるラクシュを立たせ、貫頭衣ローブの裾をめくって、頭からスポンと引き抜いた。
露になった真っ白な乳房が、控えめに揺れる。下着のサイドを結ぶ紐も外し、細身の軽い身体を抱え上げた。
「アーウェン?」
ラクシュは不思議そうだったが、こんな風にいきなり脱がせても、羞恥に苛まれるという様子ではない。
「……お皿になってくれるんですよね? 俺のおやつを、先に食べさせてください」
ジャムだけを残したテーブルにラクシュを押し倒し、アーウェンは自分もエプロンとシャツを脱いで上半身だけ裸になる。
瓶の蓋をあけて指を三本突っ込み、赤い熟した苺を煮詰めたジャムをたっぷりと掬い取った。
「クロッカスさんの言ったのとは、ちょっと違いますけど……動かないでくださいね」
美味そうでたまらない獲物を見下ろして、アーウェンは舌なめずりをする。
赤くてらてらと光る甘い粘液を、薄桃色に色づく胸の先端へと塗りつけた。
「んっ」
短く跳ねた声があがる。もう片側にも塗ると、また短い声があがった。
ジャムが少し冷たいのか、塗りつけるたびにラクシュがビクビクと跳ねるのを無視して、肩やわき腹も赤く彩っていく。
「ラクシュさんは肌も髪も雪みたいに白いから、赤がすごく綺麗に映えますよ」
「ん……ベタベタ、する」
ラクシュが首を少し持ち上げ、ジャムだらけになった自分の上半身を眺めた。その唇にも、ジャムを乗せた指を押し付ける。
「あとで俺が綺麗にしますから……ラクシュさん、こっちを舐めてください」
「ん……」
唇が薄く開かれ、桃色の舌がチロチロと指を這う。くすぐったいような感触が走り、アーウェンは揃えた指を暖かな口内へ押し込んだ。
「ん、ん、ん……」
口腔をかき回されながら、ラクシュは熱心に突きこまれた指をしゃぶる。柔らかい舌の感触や、綺麗に並んだ歯列をなぞるのを散々楽しみ、アーウェンはようやく指を引き抜いた。
「美味しかったですか? 甘いの、好きですよね?」
荒い息をついているラクシュの上に身をかがめ、唇を合わせる。舌を差込み、苺ジャムの甘ずっぱさが残る口腔をむしゃぶった。ジャムでぬめる乳首をつまんでクニクニと弄れば、ラクシュの喉奥から甘い呻きが聞こえる。
「こっちも美味しそうです。食べたい……」
甘く味付けされた乳首を口に含み、思うさま舐めしゃぶった。苺の甘酸っぱさと砂糖の甘さが、今度はもっと強く舌に広がり、口の中に細かな種の感触が混ざる。
硬く尖った乳首を吸い、なだらかな曲線を描く柔らかな乳房に垂れている赤い粘液も、丁寧に舐め採っていく。
ラクシュの白い肩や首筋へも舌を這わせ、アーウェンは自分で塗りつけた赤を舐め続けた。
舌が痺れて味覚が鈍くなるほど甘い。ジャムに、肌の甘みまで追加されているような気がする。
「ん、あ、あ、ぅ」
ラクシュの手が伸びてきて、髪を軽く掴まれた。押し付けているのか剥がそうとしているのか、よくわからないまま、白い手はアーウェンの髪をぐしゃぐしゃかき回す。
アーウェンはまた瓶へ指を突っ込み、まだ半分近く残っているジャムを掬い取った。今度は閉じた足の間へと手を伸ばしていく。
「あ、ん……ん」
「こっちはもう、ラクシュさんのが溢れてますね。混ぜてもいいですか?」
小さな逆三角形の隙間に指をねじこみ、秘所の花奥からあふれ出していた透明な蜜に、苺ジャムを混ぜていく。
花芽を弄り、表面の花弁へ塗りつけていくと、卑猥な粘着音が響いた。
ラクシュは甘い喘ぎをひっきりなしに零しながら、食卓の上で裸身をくねらせる。
十分に塗りつけてから両膝の裏に手をかけて、大きく脚を開かせた。テーブルはアーウェンの腰より少し低く、床に膝をついて薄い赤に染まった秘所へ口をつけた。
「く、ふ……」
ラクシュの顔は見えないが、荒い呼吸音と、鼻に抜けた甘ったるい声が聞こえる。なめ続けてジャムの赤がすっかりなくなっても、花奥からは蜜が絶え間なく溢れてくる。
アーウェンは手の甲で口元をぬぐってから、立ち上がった。
頬を濃い桜色に染めて、ぼんやりと虚空をみつめているラクシュに覆いかぶさり、涙の筋が伝っている熱い頬へ口付ける。
「あ」
潤んだ赤い瞳が、アーウェンへ向けられた。
半開きの口元からは、荒い呼吸がひっきりなしに零れ落ち、眼差しは背筋が震えるほどの妖艶さを帯びていて、アーウェンは思わず息を呑む。
「挿れていいですか?」
ラクシュの耳元に口を寄せて、掠れた声で尋ねたが、ただこれからの行為を口にしただけで、返事を待つ気などなかった。
痛いほど張り詰めていた自身を取り出し、蕩けきった箇所へ押し当てる。
「っ」
ビクリと、ラクシュが震えた。
「あ……だ、め……っ!!!」
悲鳴のように叫ばれた時には、すでにアーウェンは引きかけた柳腰を掴み、熱い胎内へ一息に突き入れていた。
アーウェンを咥えこんだ蜜道はこれ以上ないほど熱く濡れそぼっていて、柔肉がひくつきながら雄をしめつける。
「っ、あーうぇ……だ、め……ぇ」
組み敷いた身体の下で、白い髪がパサパサと左右に振れる。
「……だめ?」
思いがけない拒絶の言葉に、興奮に煮えたぎっていたアーウェンは、苛立たしくて犬歯を剥きだす。
ヒクヒクと喉を震わせて、泣き声で訴えるラクシュの抵抗は、快楽が強すぎるとか、恥ずかしくてたまらないとか、そういう可愛らしい理由ではなさそうだったから。
「ラクシュさんが煽ったのに、どうしてですか?」
両手で左右の乳首をつまむと、ラクシュが「ひっ」と短く息を呑む。
アーウェンに貫かれたまま、いやいやと左右に首を振り、何度もパクパクと口を開け閉めした。
「あ、あ……わたし、また……きみ、良い匂いで……」
真っ赤に充血した唇の合間に、伸び始めた牙が見えて、アーウェンは知らずに詰めていた息を吐いた。
「そういえば、前に飲んでからもう、一ヶ月近く経ってましたね」
さっきまでそんなそぶりは見せなかったから、欲情がきっかけで急に血飢えが始まったのだろう。
ラクシュの口元へ首筋を近づけようと覆いかぶさると、埋め込んだ雄の切っ先が膣内をえぐり、白い裸身がのけぞって跳ねた。
「んっ」
「飲む相手が発情してると、血が美味しくなるんでしっけ?」
「あ、ぁ……ん」
ラクシュはしっかりと目を瞑り、顔を背けたままコクコクと頷く。
「じゃあ、このまま飲んでください。俺は今、最高に気持ちいいんですから。ラクシュさんに美味しく飲んで欲しいです」
いくら平気と告げても、ラクシュはためらうのをわかっていたから、背けた顔を掴んでこちらを向かせ、吐息を零し続ける唇を舐めて誘惑した。
「はぁ……は、あーうぇん……」
薄く開いた赤い瞳が、とろんと蕩けた視線を向ける。唇がカッと開き、人狼よりもずっと細身の吸血鬼の牙が、アーウェンの首筋に喰いこんだ。
一瞬、強烈な痛みに目が眩む。
鋭い牙は、皮膚をたやすく破り血脈を傷つけ、少しだけ引かれる。牙と肉の僅かな隙間からあふれ出る血が、喉を鳴らして飲み込まれていく。
牙の刺さっている場所が、酷く熱くて痛い。まるで毒液を一緒に注がれ、傷口を焼かれているかのようだ。これは、相当痛みに慣れているか人狼でもなければ、絶叫して気絶するのも無理はないと思う。
もっとも、ラクシュに噛みつかれているのだと思えば痛くても構わない。
むしろ嬉しくて興奮するくらいだが、これは彼女への愛故で、別に自分は変態じゃないと思っている。
「ん……ふ、ぅ……」
ラクシュが恍惚の声を漏らして喉を上下させる。華奢な手足がアーウェンに絡み、全身で抱きつかれた。
「う、ん、っ!!」
くぐもった声音と共に、ラクシュの身体が大きく震える。アーウェンを受け入れている胎内の壁も激しく痙攣した。
同時に牙が外れ、ラクシュは血で赤く染まった口を大きく開けて、せわしい呼吸を繰り返す。
「っは……ラクシュさん、飲みながらイっちゃいました?」
聞かなくてもわかっていたけれど、嬉しくてたまらず、アーウェンは囁いた。
牙が抜けても首筋はジクジクと痛んだが、それ以上に背筋を這いのぼる快楽が強くて、もう気にもならない。
「はぁっ……あ……はぁ、ん……」
くたりと脱力したままのラクシュが、小さく頷く。牙はもうすでに、普通の人間と同じような犬歯にもどっていた。
「ああ、もう……ラクシュさん……っ!」
堪えきれずに抱きしめて、唇を重ねる。赤く染まった口は、今度は甘くない鉄さびの味がした。
「ラクシュさんが欲しいだけ、いくらでも飲ませますから! それで貴女を独り占めできるなら、俺にとってはご褒美です!」
「あ……はぁ……きみ、は、変……」
何度も角度を変えて唇を交える隙間から、ラクシュが切れ切れに呟く。近すぎてよく見えなかったけれど、少し微笑まれた気がした。
「はい。ラクシュさんと同じです」
アーウェンは苦笑した。
片手でラクシュの腰を引き寄せ、もう片手をラクシュのそれを合わせて指を絡める。また唇を合わせて舌を絡めて、もうこれ以上ないほど、全身で深く繋がる。
―― 最高に、幸せだ。
***
居間の床にペタンと座り込んだラクシュが、すり鉢でごりごりと薬草を煎じている。
「……ううぅ」
アーウェンはソファーにぐったりと寝込んだまま、情けない声で呻いた。
食卓で盛ったあと、ジャムでべとついた自分とラクシュの身体を風呂場で綺麗にしようとしたのだが、急激な吐き気に襲われて洗い場で大惨事を起こしたあげくに、屍状態でラクシュにソファーまで運ばれた。
体調を悪くした原因は明らかだ。
調子に乗ってジャムを一瓶も舐めれば、胸焼けするのは当然。
……我ながら、アホすぎる。
「ん」
ラクシュが煎じ終わった薬を椀に移して、無表情で差し出す。どろりとした青臭い緑色の液体を前に、アーウェンは顔をひきつらせた。
ラクシュと暮らし始めてから、うっかり毒キノコを食べてしまった時など、何度かこの薬を飲んだ。
すごく効くのはわかっている。そして、とんでもなく不味いのも知っている。
「せ、せっかくですけど……寝てれば治ると思いますから……」
慌てて寝返りを打ち、ラクシュへ背を向けたが、凄まじい力でくるんとひっくり返された。
細い片腕で、やすやすとアーウェンを引き寄せたラクシュは、もう片手に持った薬の椀を、自分の口元へと添えた。
「ん……こういう時、こうする?」
ラクシュは薬を自分の口に含み、椀を放り出してアーウェンの頬を両手で掴み、唇を合わせた。
目にもとまらぬ速さというのは、こういうのだろう。
あっという間に、苦い苦い液体がアーウェンの口内に流し込まれた。
侵入してきた小さな舌が、更にそれを奥へ押しやり、飲み込めと促される。
「う、う、くっ……はぁっ!」
全部飲み終わるとようやく開放されて、アーウェンは喉まで染み渡る苦味に、顔を歪めて咳き込む。
「ん……おりこう」
ラクシュによしよしと頭を撫でられ、アーウェンはジト目で抗議した。
「急に子ども扱いしないでください」
「ん?」
「それから後で、クロッカスさんに何を吹き込まれたか、全部教えてくださいね」
「ん……」
神妙な雰囲気で頷いた雪白の髪に、軽く口付けた。
「ん?」
「でも、ありがとうございます……あれならどんな薬だって、俺は喜んで飲めます」
とりあえずクロッカスに感謝するか、尻尾を引っ張るかどちらにするかは、ラクシュに残りの話を聞いてから決めようと、アーウェンは密かに決意した。
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