キラキラ狼は偏食の吸血鬼に喰らわれたい

小桜けい

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シーズン2

12 病めるときも健やかなるときも

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 大量の古い衣服や、アクセサリー類、、壊れたマネキン人形……遺跡の一角は、衣服を売る店だったらしい。瓦礫と混ざったそれらの上へ、新たに極彩色の羽根と、輝きを失った鉱石ビーズが散らばっていた。
 褐色の指先が、ピクピクとわずかに痙攣する。

「ぜ、ぜったい……負けない……っ!」

 積み重なった古布の上で、レムナがひっくり返ったまま、ゼェハァと息を荒げる。

「ディ……ディキシス……ほ、本当は小動物とか大好きで! こっそり抱っこして、ニヤけてるんだからっ! 可愛いでしょ!」

 壊れた木棚の隙間に倒れているアーウェンも、ハァハァ喘ぎながら、負けじと反撃した。

「ら……ラクシュさん、なんて……気配を消して、素早くつまみ食いしても……ほっぺたがハムスターみたいに膨らんでるから、バレバレなんですよ!?」

 どうだっ! と、アーウェンは弱弱しいながら、勝ち誇った笑い声をあげる。

「なにそれ、可愛いっ……け、けどっ! だったら、ディキシスは……寝癖を一生懸命直してるとこ、最高なのっ!」

 互いに倒れ伏したまま、最後の体力を振り絞り、二人は舌戦を繰り広げる。

 ……本気で殺しあいを始めたものの、直後に二人は、体長30メートルはある大蛇を始め、次から次へとキメラたちに襲われたのだ。
 地下の生物にとって、珍しい地上の生物は、とても美味そうに見えるらしい。 ひとまず協力して必死で戦ったあげく、やっと片付いたと思ったら、今度は巨大蜂の群れに襲われ、死に物狂いで逃げまわり、ようやく逃れたところで、両者とも力尽きた。

 二人とも、数箇所づつ蜂に刺されていたが、巨大蜂の毒は即死するようなものではなく、遅効性の神経毒らしかった。意識もあるし喋れるが、身体は痺れて動かせない。
 このままでは、キメラや蟲の餌になるのも時間の問題だろうと、観念した二人は、最後に決着をつけようと、先ほどからディキシスとラクシュのどちらが勝つか、言い争っていたのだ。

 そして舌戦は、徐々に論点がずれていき、今ではすっかり、単なる互いの萌え自慢となっている。

「な、なら……ラ、ラクシュさんの……ソファーで丸まった昼寝姿! たまに寝言も言ってるんですよ! 俺は、あれだけで、ごはん三杯食べれま……」

 アーウェンがヒリヒリする喉で、必死に声をはりあげた時……。

「ん?」

 抑揚のない声が、倒れた二人の耳に届いた。

「……っ!!!!?????」

 倒れたまま、半分崩れた壁の向こうに視線を動かしたアーウェンは、眼を疑った。驚愕はレムナも同様だろう。二人は同時に声を張り上げた。

「ラクシュさん!?」
「ディキシス!?」

 ラクシュの服は大きく破れ、大量の固まった血で張り付いているような状態だ。
 ディキシスも、目立った外傷こそないが、かなり憔悴しているようだった。
 しかし、相容れられるはずもない二人が、確かに両者とも生きて、しかも争っている気配は微塵もない。
 唖然としている二人の前で、ラクシュが傍らのディキシスを見上げ、小首を傾げる。

「小さい、ふわふわ……好き?」

 ディキシスは俯き、ブルブルと肩を震わせて、無愛想に呻いた。

「……聞くな」

 ***

 ―― その後は、非常に目まぐるしく事が進んだ。
 ディキシスはまるで動けないレムナを抱きかかえ、ラクシュはアーウェンを肩に掴まらせると、四人は鉱石木の太い一本へ乗った。
 ラクシュは遺跡を崩さないよう、慎重に鉱石木を操って、地上へと伸ばして四人を運ぶ。

 すでに夜明け近くとなっており、一夜にして大変動をとげた野原の周囲は、大変な人だかりとなっていたが、穴を鳥かごのように囲んだ鉱石木群が、地下から昇ってくる四人をを隠してくれた。
 なにより驚いたのは、クロッカスがなにごとも無かったような顔でひょっこり姿を現し、人目を避けられるように、馬車やマントを密かに用意してくれていたことだ。

「備えあれば憂いなしって奴だ。お前等が、そう簡単にくたばるとは思わなかったからなぁ」

 そう笑い、御者席で手綱を取るクロッカスの尾は、確かに全てが真っ白だったのに、また一本だけ青紫に戻っていた。

「クロッカスさん……どういうことなんです?」

 アーウェンが荷台でぐったりしつつも、我慢できず尋ねると、クロッカスは九尾を得意げに振り、ニヤニヤ笑いを浮かべた。

「おじさんはな、奥の手を隠し持っとく主義なんだよ。これ以上は秘密だ」

 そしてクロッカスは、アーウェンとラクシュを家まで送り届けると、レムナとディキシスを乗せて、人目を避けながら街へ帰って行った。

 ***

 ―― 家に入った途端、気が抜けたらしい。
 アーウェンは崩れるように、板張りの床へと座り込んだ。蜂毒の痺れは、もう殆ど抜けていたが、身体も精神も限界まで疲弊しきっていた。

「アーウェン……?」

 ラクシュがすぐ前にしゃがみ込んだが、アーウェンは俯いたまま、黙っていた。
 彼女の顔を直視出来ない。クロッカスの馬車に乗ってからずっと、アーウェンはラクシュに視線を向けられなかった。
 彼女とディキシスの間に、どういう経緯があったかは、まだ聞いていない。レムナも気になっていたようだが、いずれ後でディキシスから聞くだろう。

 しばらくの沈黙が過ぎた末、アーウェンはようやく、声を絞り出した。

「俺、吸血鬼たちを許せなくて……結局、殺しました……ラクシュさんが傷つくと解っていたのに」

 あの地獄のような地下遺跡で、もうラクシュとは二度と会えないと覚悟していた。
 そして、最強の彼女があっさり死ぬはずもないから、気が狂いそうなほど辛かったけれど、血飢えを満たすのに、今度はもっと優しい魔物を見つけてくれればいいと願った。

「……そっか」

 ポツリと、小さな声が聞えた。そして不意に、ラクシュにそっと抱きしめられた。

「私……吸血鬼も、人間も、みんなを好きになったら……それだけ、苦しくなって……でも、なんでなのか……わからなかった」

 アーウェンの頭を両腕でかき抱き、ラクシュはたどたどしい言葉を紡ぐ。

「それを、今日……ディキシスが……教えてくれたんだ……この世界は、私の……地獄、だって……だから、ここを、ずっと歩けって……でも……一人じゃ、もう、歩けないんだ」

「ラクシュさん……俺は……」

「一緒に、歩いて、くれる? 君の血しか……私、飲めない」

 血の滲んだ頬の傷をペロリと舐められ、こみ上げる愛しさに、涙が溢れそうになった。

「はい……いつだって、ずっと……喜んで。病めるときも健やかなるときも。貴方がキルラクルシュでもラクシュさんでも。貴女となら、この世の果てでも地獄でも、どこまでも一緒に歩いて生きたい」

 そう告げると、あの不思議なキラキラが出てしまったのか、ラクシュが眩しそうに目を細めた。
 彼女もかなり疲労しているらしく、くたりとアーウェンに身を寄せる。

「ラクシュさん……血を、飲んだほうが良いんじゃないですか? 俺の身体なら、もう平気です」

 正直に言えば、アーウェンはかなりの大怪我だったが、人狼の回復力は凄まじいから、ヒビの入った骨すら、明日にはきっと治ってしまうだろう。

「ん…………」

 ラクシュがためらいがちに、上目で見上げる。白く細い指が、アーウェンのシャツボタンを外しはじめた。

「今日は……もう……吸わなくても、いっぱい、出てる……」

 肩や腕、わき腹など、そこかしこの傷口を、ラクシュの舌がそっと這いはじめる。

「っ! ラクシュさ……」

「ん……美味し……」

 頬を紅潮させたラクシュが、恍惚を帯びた声で呟く。

「……っ、あの……」

 大怪我をしているアーウェンを気遣ったのだろうが、かなりの生殺し気分だ。生ぬるく柔らかい舌で傷口を舐められると、痛みよりゾクリとした性感のほうが強くなる。
 堪えきれず、傷口を熱心に舐める彼女を引き剥がした。

「あ」

「すみません。すぐにちゃんと、飲ませます。俺はいつだって、貴女に喰らわれたくて、たまらないんですから」

 これ以上の生殺しは御免だ。
 彼女が首筋へ喰らいつかずにいられなくなるほど、もっと欲情させてしまいたい。
 でもその前に、たった一言だけど、どうしようもないくらい、今すぐ、急いで、伝えたいことがある。
 ラクシュを抱き締めて、精一杯の想いをこめて告げた。

「愛しています」

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