キラキラ狼は偏食の吸血鬼に喰らわれたい

小桜けい

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番外編

俺の背後に回らないでください!

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 ****
 古代遺跡が、まだ建物として機能していた時代、伝説の殺し屋がいたらしい。
 鋼鉄の仮面のごとく表情を変えない彼は、細心の用心を払うべく、自分の背後に他人が立つことを、決して許さなかったそうだ。
 ****

「俺の背後に回らないで下さい!」

 ……別に、その殺し屋を意識したわけではないが、アーウェンは反射的に悲鳴まじりの声で叫んだ。
 殺し屋ではなく専業主夫だって、守りたいものはある。
 たとえ、最愛の人が敵となっても……だ。

 ただいまアーウェンは、ラクシュと居間のローテーブルを挟み、自分の背後に回ろうとする彼女から、じりじりと対面での攻防中だった。
 全身全霊で警戒をしつつ、身に付けたエプロンの裾を、両手でしっかりと掴んでガードする。

 愛用のエプロンだが、素肌にこすれる生地の感覚は、初めてである。
 ……出来れば体験したくはありませんでしたが。

 素裸にエプロン一枚きりとは、かくも心もとない気分かつ、羞恥に苛まれるものだったか。
 ……これも別に、思い知りたくありませんでしたが。

 やや内股気味で短いエプロン裾を引っ張り、アーウェンは涙ぐむ。

 居間のテーブルには、古いトランプが散乱している。今日の昼、ラクシュが屋根裏で見つけたものだ。
 屋根裏は前住人の残したガラクタで埋まっていて、たまに面白いものが見つかる時もある。
 ラクシュはトランプを知ってはいたが、やったことは無いそうで、とても興味を示していた。
 アーウェンも従者時代に、主人のサロンや台所で使用人仲間がやっていたのを眺めるくらいで、実際に自分で参加したことはなかった。
 とりあえずポーカーのルールだけは知っていたので、夕食後に二人で楽しむことにしたのだ。

 ちなみに、10回負けたら何でも相手の言うことを聞くと、賭けを持ちかけたのは、アーウェンである。
 ……すみやかに勝負はついた。 アーウェンの10敗0勝で。

 そして、十勝目の手札をポイと差し出したラクシュから、『アーウェンは、尻尾だしたまま……裸エプロン、になる』と、要求されたのだ。


 ――俺のばかばかばかあああああ!!!! よく考えなくとも、ラクシュさんは最強のポーカーフェイスでした!!! それでも、なんですか、その鬼強さは!! 最強吸血鬼は、トランプも最強ですか!!??

 アーウェンは心の内で何度目かに後悔の雄たけびをあげた。
 下心満載でラクシュに賭けを持ちかけ、しっかり天罰を食らった気分である。

「もう十分でしょう!? 服着てもいいですよね!?」

 涙声で訴えたが、パサパサと首を横に振られる。

「だめ」

 ソファーの向かいに立っているラクシュは、新しく作りなおしたゴーグルをつけていた。
 薄いレンズの向こうで、胡乱な赤い瞳がアーウェンの隙を、じーっと狙っているのを感じる。


 ――っていうか、なんでゴーグルつけてるんですか。もしかして俺は、この状況でキラキラしちゃってるんですか? これを嬉しいなんて、絶対に認めませんから!


 アーウェンは赤面に冷や汗を浮かべつつ、ラクシュが影のようにスイと動くのを察知し、とっさに背後へ回られるのを避けた。エプロン紐と狼尻尾が、フリンと動く。
 ……まぁ、身につけているのがエプロンだけということで、当然ながらアーウェンの後ろを隠すものは、その二つくらいだ。

「ん……」

「残念そうに小首傾げても、ダメです! だいたい、前は乗り気じゃなさそうだったのに、なんで急に見たがるんですか!?」

 するとラクシュは、何か説明しようとするように、しばらく考えこんだあと、ボソボソと話しだした。

「私……きみの尻尾、大好き……だよ」

「俺の尻尾?」

「……クロッカス、言ってた。裸・エプロンの、尻尾……は、すごく、可愛い……らしい」

 ―― エロ猫おっさんの、残り一本となった色つき尻尾を、本気で引きちぎろうと思った。

「アーウェン、見たい……だめ?」

 伺うような小声に、一瞬ほだされそうになったが、アーウェンは慌てて首を振った。

「そ、それは……っ! ラクシュさんのためなら、なんでもしますけど……っ!」

 ラクシュが愛でてくれるなら、大概のことはできると思っていたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

「さすがに、ちょっと……恥ずかしいというか……ラクシュさんは、こういう感覚……解り辛いかもしれませんけど……」

 アーウェンが視線をそらしながら言うと、ラクシュはポンと手を打った。

「ん、そっか」

 深く頷く彼女に、ようやく理解してくれたかと、アーウェンは息を吐く。

「尻尾なら、いくらでも触らせますから……っ!?」

 油断した一瞬のちに、視界からラクシュの姿が消えた。後ろから、きゅっと抱き締められる。

「心配ないよ、アーウェン」

「ら、ラクシュさん……」

 背中に微かな吐息を感じ、アーウェンはゾクリと背筋を震わせる。身体の合間に挟まれた狼尻尾が、持ち主の意思とは無関係に揺れはねた。

 ――いやいやいや!! 嬉しいとか、絶対無いですから! この状態で興奮しちゃうとか、ありえませんから!! さすがに、この新境地はちょっと……!

 声すら出せずに、プルプル硬直しているアーウェンの背へ、ラクシュが幸せそうに頬をすり寄せる。

「相手、恥ずかしがる、とき……言う事も……ちゃんと、聞いて、きた」

「な、な……」

 頭に昇った血でジンジンと鳴る狼耳へ、ラクシュの囁き声が聞えた。


「ん……いま、さら……生娘……でも、ある……まい、に……」


 一瞬、アーウェンは世界が凍りつく音を聞いた。

「それ、違いますからああああああ!!!!!」

 悲鳴をあげて振り返ると、ラクシュが小首を傾げた。

「ん?」

 そしてゴーグルを外し、アーウェンを不思議そうに見上げる。

「アーウェン、きむすめ? 男、なのに?」

「そういう意味じゃありません!!」

 ―― そんなエロ代官のセリフ、ラクシュさんの口から、聞きたくありませんでした!!

 アーウェンは半泣きでラクシュに抱きつく。

「もう良いです! いくらでも堪能してください! 裸エプロンだろうと何だろうと、ラクシュさんが愛でてくれるなら、俺も受け入れます!」

「ん……」

 ヘニョンと垂れてしまった狼耳を、ラクシュに優しく撫でられた。

「アーウェンの……耳と、尻尾……すごく、正直なんだ……」

「え?」

 驚いて顔を上げると、ラクシュにそっと口づけられた。

「君の、手札……強いか、弱いか……耳と、尻尾で、わかる……」

「じゃ、じゃあ、ラクシュさんが強いっていうより……」

 震え声で尋ねるアーウェンに、ラクシュが重々しく頷いた。

「ん。アーウェンが……ポーカー、弱い」

 ―― おれの、ばか。

 思わずその場にしゃがみ込んで、がっくりうな垂れていると、後ろでラクシュが尻尾をナデナデした。

「正直な……君が、大好き、だよ」

 抑揚のない声には、偽りのない親愛が篭っていて、勝手に跳ねて歓喜を示した己の尻尾へ、アーウェンは苦笑する。
 やっぱり、彼女が愛でてくれるなら、自分はなんだって許容範囲だ。

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