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如月 睦月(きさらぎ むつき)の場合(◇ラブコメ◇ホラー)
如月 睦月(きさらぎ むつき)の場合
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今は何時だろう?
いや何時というより何日だ?
土曜の夜。いや、日曜かもしれない。
ぶっ続けでやり続けていた木曜発売のRPGをセーブして、画面のハードコピーを取り、サブノートにメモを書き込むと、ぼくはやっと一息ついた。
スマホを確認すると土曜の明け方。
首を鳴らして肩をグルんグルん回したぼくは、スマホが『圏外』になっているのに気づいた。
「ねぇ弥生。電波来てなくない?」
となりでスマホを握ったまま寝落ちしている相方を揺り動かす。
彼女はじゅるりとよだれをすすると持っていたスマホに目を落とし、そこに表示されている『通信が切断されました。もう一度接続を行いますか?』の文字に、大きな叫び声をあげた。
「わ! おぉい! 正気かきさま!? どうしろと言うのだ! 今日のイベント周回!!」
「困るよね。ぼくなんかデイリーボーナスも取ってないのに」
ぼくは言いながら、少し湿気って冷たいフライドポテトを口に入れ、気の抜けたコーラで流し込む。
弥生はテーブルにある別のスマホを次々に手にとってはアンテナを確認していた。
結果は皆同じだったらしく、彼女はヒステリーを起こして両手に抱えたスマホを全て投げ捨てる。
足元に飛んできたスマホを拾って渡すと、弥生はスマホを振ったりこすったり、なんとか電波を受信しようと部屋中を歩き回った。
「おかしいぞダーさん! 主要4キャリア全滅とは! これは基地局の問題などと言う生易しい話ではないぞ!」
ダーさんと言うのはぼくの……まぁニックネームみたいなものだ。
本名は如月 睦月と言う。
彼女はぼくの奥さんの弥生。
ぼくらはここ鹿翅島で、夫婦でフリーのゲームライターをやっている。
サブノートのネットワーク表示を見ると、そこにも『!』マークがついていて、どうやら通信網と言う通信網が全て切断されている様子だった。
「うーん、FTTHも切れてるから、かなり太い回線のトラブルっぽいね」
そんなことを言っているうちに、今度は電気まで消える。
急に真っ暗になると、弥生は小さくかわいらしい悲鳴を上げてぼくに抱きついた。
「うわぁ。今度は停電かぁ。セーブした後でよかったよ、ほんと」
「おぉお……落ち着いている場合か! 電気と電波が無ければ弥生は死んでしまうのだぞ!」
「大丈夫だよ。すぐに回復するって。それに、弥生はそんな特異体質じゃないから」
「ば……ばかもの! うさぎは寂しいと死んでしまうのだ! 同じように弥生も電波と電気がないと死んでしまうのだぞ!」
「はいはい」
腰にすがる弥生をケンタウロスのように連れて歩きながら、スマホの明かりで非常用の充電式ランタンを取りだし、テーブルに載せる。
白色LEDの明かりが周囲を照らし出し、彼女はやっと人心地ついたようだった。
腰から離れた弥生を残し、ぼくは窓から外を見る。まだ夜明け前の街は暗く、静まり返っていた。
「全島停電っぽいなぁ」
カーテンを閉めようとして、ふと視線の端に明るい光を目にとめる。
記憶にあるこの街の地図が確かならば、そこは消防署のあるはずの場所だった。
たぶん、非常用の発電設備でもあるんだろう。
その時のぼくは、特に気にすることも無くカーテンを閉めた。
とにかく眠い。
「月曜締め切りの仕事もこれじゃあ出来ないし、編集さんにも連絡も取れないから、ぼくはひと眠りするよ」
寝室へ向かい、スウェットのままベッドにもぐりこむ。
テレビもネットもゲームも出来ない弥生も、ランタンを手にぼくの後を追ってきた。
布団の上からぼくにのしかかり、弥生はメガネの奥からぼくを見下ろした。
「ふふふ……ダーさん。弥生とダーさんの関係を知っているか?」
「ん~。関係? 夫婦だよ」
「正解だ。そしてもう一つ知っているか?」
「なに?」
「大規模な停電があると、翌年にはベビーラッシュが起こると言うことを、だ」
彼女はランタンのスイッチを押し、明かりを消した。
◇ ◇ ◇
「ダーさん! ダーさん!」
何時間眠っただろう。ぼくは弥生に揺り起こされる。
彼女は足元のカーテンの隙間から外を見ていて、まぶしい光が漏れていた。
Tシャツ一枚の彼女の肩口から頭を突っ込み、ぼくも窓の外を見る。
そこには午後の暖かな日差しに照らされた、いつもの景色が広がっていた。
「おはよう。弥生」
「うむ、おはようダーさん」
ちゅっとおはようのキスをする。
「それよりあれを見るのだ」
寝る前にしたアレの第二回戦を始める気が高ぶり始めたぼくを手で制して、弥生は遥か下に見える道路を指差した。
特になんということも無い、見慣れた景色。
それでもその景色には、ゲームのバグのように妙な違和感があった。
「うん?」
マンションの15階。人の姿は案外小さくしか見えない。
それでも、そこに見える人々の動きは、どう考えてもおかしかった。
「モーションバグ?」
「弥生も最初はそう思った」
「気が合うね」
「だがなダーさん。あれはバグではない。あれはな……」
「……あれは?」
「ゾンビだ」
「やだなぁ、ゾンビかぁ」
FPSは苦手だ。
ぼくの得意分野はRPGとSLGなので、反射神経が必要な方の仕事は、主に弥生が受け持っているのだ。
特にバイオ系の怖い系のやつは、個人的にとても苦手だった。
驚かせる演出をされると、数秒の間そっちに意識を持って行かれてしまう。
瞬時にいろいろ判断しなければならないFPSで、それは致命的な隙になった。
「ダーさん大変なのだ」
「ゾンビより大変って何が?」
「弥生は朝ご飯にマグナードナルドの朝セットが食べたいのだ」
「朝マグナ?」
「うむ。チーズマフィンセット」
「もう午後だけどね」
「ふっふっふ。今週から『24時間朝マグナ』キャンペーンがやっておるのだ」
「朝の意味っていったい……。まぁやってるかどうか分からないけど、とにかく食料は欲しいし行ってみようか」
「うむ。あと電気と電波だ」
「マグナWi-Fiつながるといいねぇ」
「なせば成る!」
家にはもう買い置きの食料が無いのだ。
冒険に旅立つ用意を整える。
リュックにはモバイルブースターとスマホ、サブノートと携帯ゲーム機。
今週末締め切りのRPGがある据置型ゲーム機は、持っていきたかったけど重いのであきらめた。
冷たい水でシャワーを浴び、服を着替えて外出の用意を整える。
もちろん、その前に二回戦はちゃんと終えた。
身も心もさっぱりすっきりしたぼくたちは、停電になって動かないエレベーターを横目に、階段を15階分下ることになった。
「ダーさぁ~ん。弥生はもう動けぬ~。……俺のことは構わず、お前たちは先に行け! なぁに、すぐに追いつくさ……」
「はいはい、まだ3階ぶんしか降りてないよ。いいから歩く」
「ぬぁぁ~」
リュックの上から圧し掛かってくる弥生を半ば担ぐようにして、マンションのエントランスまでたどり着いたころにはもう夕暮れだった。
分厚いガラスの自動ドアの向こう、ぼくらのマンションの前にもゾンビがうごめいている。
ぼくは手に持った『1分の1スケール勇者の剣』を剣道の試合のように構え、呼吸を整えた。
「マグナ……遠いなぁ」
「案ずるなダーさん。駐車場までは徒歩1分だぞ」
「それにしたってライフ1の状況でゾンビゲーはエクストラハードだよ」
「ふふふ、そう言うだろうと思って、最強ステルス装備を持ってきておるぞ」
最初から見えてたけど、弥生は背中に背負っていた『ジャングルドットコム』のロゴ入りの大きな段ボールを取り出した。
ロゴの部分に2つ穴が開いていて、かぶるとそこから外を覗くことが出来る。
一つをぼくに渡し、もう一つを自分でかぶった弥生は、体をかがめてこそこそと廊下を歩き始めた。
「うん。たぶんダメだと思うな」
「なぜだ?! スネーク!」
「えっと……ゲームが違うから?」
「ぬぁぁ~盲点であった~!」
頭を抱える弥生についてくるように言い聞かせ、ぼくはゾンビが離れた隙を見て、自動ドアを手動であける。
表に出ると、風に乗ってゾンビたちの唸り声が「ヴぁあァァあぁァァ……」とコーラスのように聞こえた。
「いくよ。離れないで」
「ガッテン承知」
小さな声でお互いを確認し、近くに借りている駐車場へと向かう。
うまい具合にゾンビのいない隙間を進むことが出来たぼくらは、あと一歩と言うところで途方に暮れることになった。
「ダーさん」
「うん」
「なぜあのゾンビはダーさんの車の前で立ち尽くしておるのだ?」
「ぼくに聞かれてもなぁ。あれじゃない? 2ストの軽四駆が珍しいから……とか」
「同好の士か」
「かな」
「うむ、ではサイレントキルするのは忍びない」
どうしようかと悩むぼくの見ている前で、弥生は地面から石を拾い、駐車場の反対側に止めてある知らない人の車へ、思いっきりぶん投げた。
フロントガラスに直撃した石は、蜘蛛の巣のようなヒビを走らせる。
さらにその高級車は、大音響で警報を鳴らした。
――ピロピロピロピロ!!!
ゾンビがその音に向かって移動を始める。
それはいいのだけど、周囲をうろうろしていたゾンビたちまで駐車場に集まり始めた。
「ナイスアイデアだけど、やりすぎだったね、弥生」
「失敬失敬」
それでもゾンビたちはぼくらには目もくれずに車へと向かう。その隙にぼくらは愛車へと乗り込み、キーを回した。
エンジンはきゅるきゅると音をたてたが、古い2ストエンジンはあまり機嫌がよくないらしく、順調に動くことはなかった。
「……ゾンビものだとやっぱりエンジンのかかりが悪くて焦るシーンは必要なのかな」
「うむ、ダーさん。ゾンビが何人か迫ってきておるぞ」
4ストのエンジンでいうところのチョーク。スターターを引いてアクセルを調整しながら何度か試す。
ゾンビの1体が運転席の窓に「バン!」と顔からぶつかってきて、ぼくの思考は一瞬飛んだ。
「ダーさん!」
弥生がぼくの腕をつかみ、ゾンビの歯がガラスをかじって嫌な音を立てる。
ぼくは気を取り直してキーをひねった。
――ぶぁぁぁん
独特の音を響かせて、エンジンが元気に回りだす。
エンストしないように慎重に。それでもできる限り急いでアクセルを踏むと、軽四駆は元気よくゾンビを吹き飛ばし、道路を突き進んだ。
「ダーさん! ステージクリアー!」
「ふぅ、やっぱゾンビゲーは苦手だなぁ」
「そんなこと言って、ダーさんはいつも最後には弥生よりいいスコアを出すではないか」
「パターンと攻略法を覚えればね。初見で高得点叩き出す弥生の方がすごいよ」
「ぬふふ~。あんまりほめるとベビーラッシュが来てしまうぞ」
「ベビーラッシュ来たら、仕事もっと頑張んないとなぁ」
「案ずるな。ダーさんなら大丈夫だ。弥生が認めた男であるからな」
それから知っている限りのマグナードナルドを全部回ったけど、結局朝マグナを食べることはできなかった。
コンビニでおにぎりをゲットし、島を探索する。
唯一明かりのついていた消防署にも人は居なかったけど、残されていた無線機で本島と連絡を取ることが出来た。
ぼくらは消防署で一夜をあかし、次の日、港で海上自衛隊の船に回収される。
そして、この十月十日後、如月家に新しい家族、長女葉月が誕生したのだった。
この子が大きくなったら話して聞かせよう。
次々と命の失われる死の島で、新たに授かった大事な命のことを。
――如月 睦月(きさらぎ むつき)の場合(完)
いや何時というより何日だ?
土曜の夜。いや、日曜かもしれない。
ぶっ続けでやり続けていた木曜発売のRPGをセーブして、画面のハードコピーを取り、サブノートにメモを書き込むと、ぼくはやっと一息ついた。
スマホを確認すると土曜の明け方。
首を鳴らして肩をグルんグルん回したぼくは、スマホが『圏外』になっているのに気づいた。
「ねぇ弥生。電波来てなくない?」
となりでスマホを握ったまま寝落ちしている相方を揺り動かす。
彼女はじゅるりとよだれをすすると持っていたスマホに目を落とし、そこに表示されている『通信が切断されました。もう一度接続を行いますか?』の文字に、大きな叫び声をあげた。
「わ! おぉい! 正気かきさま!? どうしろと言うのだ! 今日のイベント周回!!」
「困るよね。ぼくなんかデイリーボーナスも取ってないのに」
ぼくは言いながら、少し湿気って冷たいフライドポテトを口に入れ、気の抜けたコーラで流し込む。
弥生はテーブルにある別のスマホを次々に手にとってはアンテナを確認していた。
結果は皆同じだったらしく、彼女はヒステリーを起こして両手に抱えたスマホを全て投げ捨てる。
足元に飛んできたスマホを拾って渡すと、弥生はスマホを振ったりこすったり、なんとか電波を受信しようと部屋中を歩き回った。
「おかしいぞダーさん! 主要4キャリア全滅とは! これは基地局の問題などと言う生易しい話ではないぞ!」
ダーさんと言うのはぼくの……まぁニックネームみたいなものだ。
本名は如月 睦月と言う。
彼女はぼくの奥さんの弥生。
ぼくらはここ鹿翅島で、夫婦でフリーのゲームライターをやっている。
サブノートのネットワーク表示を見ると、そこにも『!』マークがついていて、どうやら通信網と言う通信網が全て切断されている様子だった。
「うーん、FTTHも切れてるから、かなり太い回線のトラブルっぽいね」
そんなことを言っているうちに、今度は電気まで消える。
急に真っ暗になると、弥生は小さくかわいらしい悲鳴を上げてぼくに抱きついた。
「うわぁ。今度は停電かぁ。セーブした後でよかったよ、ほんと」
「おぉお……落ち着いている場合か! 電気と電波が無ければ弥生は死んでしまうのだぞ!」
「大丈夫だよ。すぐに回復するって。それに、弥生はそんな特異体質じゃないから」
「ば……ばかもの! うさぎは寂しいと死んでしまうのだ! 同じように弥生も電波と電気がないと死んでしまうのだぞ!」
「はいはい」
腰にすがる弥生をケンタウロスのように連れて歩きながら、スマホの明かりで非常用の充電式ランタンを取りだし、テーブルに載せる。
白色LEDの明かりが周囲を照らし出し、彼女はやっと人心地ついたようだった。
腰から離れた弥生を残し、ぼくは窓から外を見る。まだ夜明け前の街は暗く、静まり返っていた。
「全島停電っぽいなぁ」
カーテンを閉めようとして、ふと視線の端に明るい光を目にとめる。
記憶にあるこの街の地図が確かならば、そこは消防署のあるはずの場所だった。
たぶん、非常用の発電設備でもあるんだろう。
その時のぼくは、特に気にすることも無くカーテンを閉めた。
とにかく眠い。
「月曜締め切りの仕事もこれじゃあ出来ないし、編集さんにも連絡も取れないから、ぼくはひと眠りするよ」
寝室へ向かい、スウェットのままベッドにもぐりこむ。
テレビもネットもゲームも出来ない弥生も、ランタンを手にぼくの後を追ってきた。
布団の上からぼくにのしかかり、弥生はメガネの奥からぼくを見下ろした。
「ふふふ……ダーさん。弥生とダーさんの関係を知っているか?」
「ん~。関係? 夫婦だよ」
「正解だ。そしてもう一つ知っているか?」
「なに?」
「大規模な停電があると、翌年にはベビーラッシュが起こると言うことを、だ」
彼女はランタンのスイッチを押し、明かりを消した。
◇ ◇ ◇
「ダーさん! ダーさん!」
何時間眠っただろう。ぼくは弥生に揺り起こされる。
彼女は足元のカーテンの隙間から外を見ていて、まぶしい光が漏れていた。
Tシャツ一枚の彼女の肩口から頭を突っ込み、ぼくも窓の外を見る。
そこには午後の暖かな日差しに照らされた、いつもの景色が広がっていた。
「おはよう。弥生」
「うむ、おはようダーさん」
ちゅっとおはようのキスをする。
「それよりあれを見るのだ」
寝る前にしたアレの第二回戦を始める気が高ぶり始めたぼくを手で制して、弥生は遥か下に見える道路を指差した。
特になんということも無い、見慣れた景色。
それでもその景色には、ゲームのバグのように妙な違和感があった。
「うん?」
マンションの15階。人の姿は案外小さくしか見えない。
それでも、そこに見える人々の動きは、どう考えてもおかしかった。
「モーションバグ?」
「弥生も最初はそう思った」
「気が合うね」
「だがなダーさん。あれはバグではない。あれはな……」
「……あれは?」
「ゾンビだ」
「やだなぁ、ゾンビかぁ」
FPSは苦手だ。
ぼくの得意分野はRPGとSLGなので、反射神経が必要な方の仕事は、主に弥生が受け持っているのだ。
特にバイオ系の怖い系のやつは、個人的にとても苦手だった。
驚かせる演出をされると、数秒の間そっちに意識を持って行かれてしまう。
瞬時にいろいろ判断しなければならないFPSで、それは致命的な隙になった。
「ダーさん大変なのだ」
「ゾンビより大変って何が?」
「弥生は朝ご飯にマグナードナルドの朝セットが食べたいのだ」
「朝マグナ?」
「うむ。チーズマフィンセット」
「もう午後だけどね」
「ふっふっふ。今週から『24時間朝マグナ』キャンペーンがやっておるのだ」
「朝の意味っていったい……。まぁやってるかどうか分からないけど、とにかく食料は欲しいし行ってみようか」
「うむ。あと電気と電波だ」
「マグナWi-Fiつながるといいねぇ」
「なせば成る!」
家にはもう買い置きの食料が無いのだ。
冒険に旅立つ用意を整える。
リュックにはモバイルブースターとスマホ、サブノートと携帯ゲーム機。
今週末締め切りのRPGがある据置型ゲーム機は、持っていきたかったけど重いのであきらめた。
冷たい水でシャワーを浴び、服を着替えて外出の用意を整える。
もちろん、その前に二回戦はちゃんと終えた。
身も心もさっぱりすっきりしたぼくたちは、停電になって動かないエレベーターを横目に、階段を15階分下ることになった。
「ダーさぁ~ん。弥生はもう動けぬ~。……俺のことは構わず、お前たちは先に行け! なぁに、すぐに追いつくさ……」
「はいはい、まだ3階ぶんしか降りてないよ。いいから歩く」
「ぬぁぁ~」
リュックの上から圧し掛かってくる弥生を半ば担ぐようにして、マンションのエントランスまでたどり着いたころにはもう夕暮れだった。
分厚いガラスの自動ドアの向こう、ぼくらのマンションの前にもゾンビがうごめいている。
ぼくは手に持った『1分の1スケール勇者の剣』を剣道の試合のように構え、呼吸を整えた。
「マグナ……遠いなぁ」
「案ずるなダーさん。駐車場までは徒歩1分だぞ」
「それにしたってライフ1の状況でゾンビゲーはエクストラハードだよ」
「ふふふ、そう言うだろうと思って、最強ステルス装備を持ってきておるぞ」
最初から見えてたけど、弥生は背中に背負っていた『ジャングルドットコム』のロゴ入りの大きな段ボールを取り出した。
ロゴの部分に2つ穴が開いていて、かぶるとそこから外を覗くことが出来る。
一つをぼくに渡し、もう一つを自分でかぶった弥生は、体をかがめてこそこそと廊下を歩き始めた。
「うん。たぶんダメだと思うな」
「なぜだ?! スネーク!」
「えっと……ゲームが違うから?」
「ぬぁぁ~盲点であった~!」
頭を抱える弥生についてくるように言い聞かせ、ぼくはゾンビが離れた隙を見て、自動ドアを手動であける。
表に出ると、風に乗ってゾンビたちの唸り声が「ヴぁあァァあぁァァ……」とコーラスのように聞こえた。
「いくよ。離れないで」
「ガッテン承知」
小さな声でお互いを確認し、近くに借りている駐車場へと向かう。
うまい具合にゾンビのいない隙間を進むことが出来たぼくらは、あと一歩と言うところで途方に暮れることになった。
「ダーさん」
「うん」
「なぜあのゾンビはダーさんの車の前で立ち尽くしておるのだ?」
「ぼくに聞かれてもなぁ。あれじゃない? 2ストの軽四駆が珍しいから……とか」
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「かな」
「うむ、ではサイレントキルするのは忍びない」
どうしようかと悩むぼくの見ている前で、弥生は地面から石を拾い、駐車場の反対側に止めてある知らない人の車へ、思いっきりぶん投げた。
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さらにその高級車は、大音響で警報を鳴らした。
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それはいいのだけど、周囲をうろうろしていたゾンビたちまで駐車場に集まり始めた。
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「……ゾンビものだとやっぱりエンジンのかかりが悪くて焦るシーンは必要なのかな」
「うむ、ダーさん。ゾンビが何人か迫ってきておるぞ」
4ストのエンジンでいうところのチョーク。スターターを引いてアクセルを調整しながら何度か試す。
ゾンビの1体が運転席の窓に「バン!」と顔からぶつかってきて、ぼくの思考は一瞬飛んだ。
「ダーさん!」
弥生がぼくの腕をつかみ、ゾンビの歯がガラスをかじって嫌な音を立てる。
ぼくは気を取り直してキーをひねった。
――ぶぁぁぁん
独特の音を響かせて、エンジンが元気に回りだす。
エンストしないように慎重に。それでもできる限り急いでアクセルを踏むと、軽四駆は元気よくゾンビを吹き飛ばし、道路を突き進んだ。
「ダーさん! ステージクリアー!」
「ふぅ、やっぱゾンビゲーは苦手だなぁ」
「そんなこと言って、ダーさんはいつも最後には弥生よりいいスコアを出すではないか」
「パターンと攻略法を覚えればね。初見で高得点叩き出す弥生の方がすごいよ」
「ぬふふ~。あんまりほめるとベビーラッシュが来てしまうぞ」
「ベビーラッシュ来たら、仕事もっと頑張んないとなぁ」
「案ずるな。ダーさんなら大丈夫だ。弥生が認めた男であるからな」
それから知っている限りのマグナードナルドを全部回ったけど、結局朝マグナを食べることはできなかった。
コンビニでおにぎりをゲットし、島を探索する。
唯一明かりのついていた消防署にも人は居なかったけど、残されていた無線機で本島と連絡を取ることが出来た。
ぼくらは消防署で一夜をあかし、次の日、港で海上自衛隊の船に回収される。
そして、この十月十日後、如月家に新しい家族、長女葉月が誕生したのだった。
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