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1.07〈検査〉
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検査の終わった萌花、早苗、芽衣の3人は、ガラス張りの天井から明るい光の差し込む広く清潔な部屋で紙コップの麦茶を飲んでいた。
そこは茨城県南部にある株式会社GFOエンターテインメント社の研究施設。天井から続くガラス張りの壁からは豊かな自然が見渡せる。
少しは緊張していたのだろう、一杯目の麦茶を一気に飲み干した萌花は勝手に2杯目の麦茶をサーバーから注ぎ、それも飲み干して大きく息を吐いた。
「っはー、思ったより普通の身体検査だったね」
「まぁメインは最初に回収された「イマース・コネクター」の検査でしょうしね。どう言う影響が出るかも分からない以上、私達の体を詳しく調べると言っても健康診断以上の検査なんて調べようがないじゃない?」
「んー、そういうもんかなぁ」
検査中は検査着を着ていたのだが、今はもう普段着に着替えも終わっている。検査が終わってから約20分が過ぎても未だに塞ぎこんでいる芽衣へチラりと視線を向けた萌花は、早苗と目配せをして芽衣の背後へと回った。
笑いをこらえて両手をそっと芽衣の脇の下へのばし、一気に抱きかかえる。
「……何を暗くなってるんだ~!」
「ふぁ?! も、もえちゃあはは……も……あはははは……くすぐったいですぅふふふははは……」
抱きつくようにしておもいっきり、脇腹から脇の下までをくすぐる萌花の腕の中で、小柄な芽衣はジタバタと暴れる。
しかし、運動神経だけは良い萌花の力に、同級生とは言え身長で10cm近くも小さい芽衣が敵うわけもなかった。
こちょこちょこちょこちょこちょこちょ……。
「?!」
暴れる芽衣をしばらく楽しげにくすぐっていた萌花が、急に難しい顔をして体を離す。
今の今まで芽衣の体を押さえ込んでいた両手のひらをお椀のように目の前に並べて、萌花はプルプルと小刻みに震える自分の手をじっと見つめた。
「はぁ……はぁ……、ヒドいですよぉもえちゃ~ん」
萌花から身を守るように自分の体を抱きしめて、芽衣は荒く息をつく。しかし、自分の手のひらを見つめたままあぶら汗を流している萌花に気づくと「どうしました?」と心配そうに立ち上がった。
手のひらから立ち上がった芽衣の姿へと視線を移し、最後に自分の胸を見ると萌花は一歩よろめく。
「き……きさま……いつの間にそんなにすくすくと育った……?」
時代劇のような言葉遣いでそう言うと、萌花は椅子に崩れ落ちるように座りTシャツの襟首をびろんと伸ばして自分の胸を確認する。
萌花が何を言っているのかに気づいた芽衣は、真っ赤な顔で自分の胸を隠すと、萌花に背中を向けた。
「うん? ……確かに。どれどれ、誰にも言わないからお姉さんにサイズを教えてごらん?」
今まで面白そうに2人を見ていた早苗が、耳に手をかざすと芽衣に耳を近づける。
恥ずかしそうに口をつぐんでいた芽衣は、早苗にもう一度「うん?」と促されると、仕方なくボソボソと正直に答えた。
刹那、信じられないものでも見たような顔で早苗はガバッと身を引く。
彼女はそのまま自分の胸と芽衣の胸を見比べると、ガックリと肩を落とした。
「芽衣……もう芽衣は大人よ……」
「――それは……とても興味深いわ……詳しく聞かせて欲しい……なの」
急に大人の女性の声がかけられ、3人は一斉に振り返る。
そこには白衣に身を包んだスレンダーな大人の女性が、一本に束ねた腰の下まである長い黒髪を肩から前に垂らして立っていた。
「あ……あの、騒がしくしてすみません。2人は私を元気づけようとして――」
「……うっ、可愛っ……」
鼻血でも出したかのように両手で顔の下半分を覆い、その女性は一歩よろめく。
「……あの?」
「……ごめんなさい。私、可愛いものに……目がないの……」
東堂環と名乗ったその20代中頃の女性は鼻を抑えたまま、自分は今回の検査で問診を担当する事になった医療スタッフだと自己紹介をし、そのまま「どっこいしょ」と言う声が聞こえてきそうな所作で彼女たちの隣の椅子に腰を下ろした。
立っている3人にも座るように促し、眠そうにも見える表情のまま、ぐるりと彼女たちの顔を見回す。
顔を向けたまま、胸のポケットから今はもうあまり見ることのなくなった銀色のキャップがしてある短い鉛筆を取り出すと、カルテに何かを書き始めた。
シャッシャッと鉛筆を走らせる音がしばらく続き、顔を上げた環がフッとカルテに息を吹きかけて「たまらん……なの」と満足気に微笑む。
思わずカルテを覗き込んだ萌花は、そこに3人のリアルな似顔絵と、更にそれをアニメ風にディフォルメしたキャラクターとが可愛らしく描かれているのを見つけて感嘆の声を上げた。
「わっ! すごい! かわいい! たまきさんって絵が上手なのね!」
萌花の一言をきっかけに、大人に対する緊張のようなものがきっぱりと消え去った3人は、嬉しそうに自分の似顔絵を覗き込み、しばらく談笑する。
それは芽衣ですら緊張を解くに十分な出来事だった。
「……さて」
キリの良い所を見計らって、環がぽんぽんと両手を鳴らす。
絵を書いていた白紙のカルテとは別にA4サイズのタブレットを取り出すと、彼女は3人を優しく見回した。
「あなた達の体には……どこにも異常はないの。イマース・コネクターにも……問題はなかった……なの」
環は何の問題もなかったことを説明し、3人それぞれにイマース・コネクターを手渡す。
調整とクリーニングをしたと言うイマース・コネクターはピカピカで、萌花は「新品みたい!」と大喜びだった。
「あとは……少し……問診さてほしい……なの」
最近リアルで興味のある服や音楽の話から、ゲームで面白かった所まで、その質問は多岐にわたる。
萌花や芽衣には当然として、早苗にもその質問のどこまでが問診で、どこまでがGFO社のユーザーアンケートで、そしてどこまでが環個人の興味による質問なのか、判断がつかなかった。
「――うん、最近も3人揃って冒険してるよね」
「そうね」
「あ、でも芽衣は私たち以外にもパーティー組む仲間が出来たんだよね」
「え? あ……そうですね。時々……」
「時々じゃないよー。芽衣の経験値、もう私を追い越しそうだもん」
「そ……そんなことないですよぉ……」
「隠すことなんかないわ、芽衣。私たち以外の人とパーティーが組めるようになったのはいいことよ」
急にシユウとの事へ話が向かいそうになり、芽衣は言葉がもつれる。早苗の助け舟に笑顔で首を縦に振った芽衣だったが、「まぁそんな大人の体だものね」とボソッと言う早苗の言葉に、「……あはは……」と力なく笑うことしかできなかった。
萌花たちのように現実の姿をそのままアバターにしている場合、髪を切った、背が伸びた等という変化が自動的にキャラクターに反映される「自動追従モード」がオンに設定されている。
主に現実と混乱しないようにという目的で、副次的には現実のコンプレックスをゲーム世界へと持ち込まないために、「髪の色」や「瞳の色」、「身長」など、どこか一部は現実と違う設定に固定できるようにはなっているが、サービス初期に蔓延した「美男美女」の設定が一段落した後は、自分自身へフィードバックする感覚に違和感がないように、ホーミングをオンにしてゲームをするのが主流となっていた。
「……GFOは……いろいろな人と友だちになれるのが……楽しみの一つ……なの。芽衣ちゃん。今度私にも……紹介して欲しい……なの」
「あ、はい。……え? あ! いいえ……あの」
笑っているのか眠っているのか、判別の付き難い表情で優しく環が話す言葉に、芽衣はしどろもどろに返事を返す。
「……一緒に冒険してるの、絶対かっこいい男の子だ」
「まさか、私たちの知ってる人じゃないでしょうね?」
萌花と早苗のツッコミも入り、芽衣は蒼白になった顔でじんわりと涙を浮かべる。シユウボットと会っていたことがバレてしまう。もう萌花たちと友達でいられなくなる。もしかしたら犯罪者として両親にも迷惑をかけてしまうかもしれない。
ぶんぶんと頭を振り、荒くなった呼吸と暴れだす心臓を彼女はなんとか抑えこもうと目をぎゅっとつむり、両手を胸の前で固く握りしめた。
「ご……ごめん芽衣! うそうそ、いいよ内緒で! 大丈夫! 無理しないで」
あまりにも急激な芽衣の反応に、萌花は慌ててフォローに入る。
早苗も「冗談よ! 冗談」と芽衣の手を握った。
一人落ち着いた様子の環は、そっと芽衣の背中に回って彼女を支え、「ゆっ……くり、息を吐いて……なの」と深呼吸をさせる。過呼吸になりかけた芽衣は次第に落ち着きを取り戻していったのだった。
「びっくりしたよー。ごめんね、芽衣」
「……びっくりさせてごめんなさいです」
「謝ることないわ。悪いのは私と萌花だもの」
窓際にあるソファーに場所を移し、温かいココアの入った紙コップを抱えた3人は並んで座っていた。
一人エスプレッソを手にした環が少し離れた壁にもたれかかりながらそれを眺めている。
3人が仲良く笑い合っているのをしばらく眺めた末に、環はイマース・コネクターを使った内線電話で、萌花たちの帰りの車の手配を済ませた。
車寄せでみなと握手を交わし、GFOのアバターカードを交換した環は、白衣のポケットに両手を突っ込んでニッコリと微笑む。
ドアが締まり、窓際の早苗が窓を開けるのを待って、環は腰をかがめて顔を近づけた。
「今日は……ありがとう……なの。みんなGFOを……もえちゃんが守ったこの世界の冒険を……楽しんで欲しい……なの」
「え? 私?」
シートの奥で萌花が素っ頓狂な声を上げる。
早苗は芽衣越しに萌花の肩を押して「違うでしょ。[創世の9英雄]のもえさんよ」と環からもらったキャラクターカードを見せる。
そこには[死霊術師]プルフラス LV60と言う名前が書かれていて、萌花はそれでもピンと来ない顔をしていたが、芽衣と早苗はすぐに気づいていた。
環が[創世の9英雄]の一人であることを。
「芽衣ちゃん。私たちはあなた……達を、GFOの世界を……救いたいだけ……なの。どんな時でも……相談……してほしい……なの」
芽衣が黙って頷くのを確認して、環は車を離れる。
ゆっくりと走り去ってゆく黒塗りのハイヤーが見えなくなるまで手を振って、環は顔から笑顔を消すと、首のイマース・コネクターを「ハーフ・ダイブ」モードに切り替えた。
「ヘンリエッタ……ええ、一番小さな娘で……間違いない……なの。あつもりに……[追跡者]を……起動するように言って……なの」
午後の日差しを受けた環、[創世の9英雄]の一人である[死霊術師]プルフラスは、もう見えない所まで行ってしまった3人へと視線を向け、振り切るように体を回すと、真っ白い建物へと歩み去っていった。
そこは茨城県南部にある株式会社GFOエンターテインメント社の研究施設。天井から続くガラス張りの壁からは豊かな自然が見渡せる。
少しは緊張していたのだろう、一杯目の麦茶を一気に飲み干した萌花は勝手に2杯目の麦茶をサーバーから注ぎ、それも飲み干して大きく息を吐いた。
「っはー、思ったより普通の身体検査だったね」
「まぁメインは最初に回収された「イマース・コネクター」の検査でしょうしね。どう言う影響が出るかも分からない以上、私達の体を詳しく調べると言っても健康診断以上の検査なんて調べようがないじゃない?」
「んー、そういうもんかなぁ」
検査中は検査着を着ていたのだが、今はもう普段着に着替えも終わっている。検査が終わってから約20分が過ぎても未だに塞ぎこんでいる芽衣へチラりと視線を向けた萌花は、早苗と目配せをして芽衣の背後へと回った。
笑いをこらえて両手をそっと芽衣の脇の下へのばし、一気に抱きかかえる。
「……何を暗くなってるんだ~!」
「ふぁ?! も、もえちゃあはは……も……あはははは……くすぐったいですぅふふふははは……」
抱きつくようにしておもいっきり、脇腹から脇の下までをくすぐる萌花の腕の中で、小柄な芽衣はジタバタと暴れる。
しかし、運動神経だけは良い萌花の力に、同級生とは言え身長で10cm近くも小さい芽衣が敵うわけもなかった。
こちょこちょこちょこちょこちょこちょ……。
「?!」
暴れる芽衣をしばらく楽しげにくすぐっていた萌花が、急に難しい顔をして体を離す。
今の今まで芽衣の体を押さえ込んでいた両手のひらをお椀のように目の前に並べて、萌花はプルプルと小刻みに震える自分の手をじっと見つめた。
「はぁ……はぁ……、ヒドいですよぉもえちゃ~ん」
萌花から身を守るように自分の体を抱きしめて、芽衣は荒く息をつく。しかし、自分の手のひらを見つめたままあぶら汗を流している萌花に気づくと「どうしました?」と心配そうに立ち上がった。
手のひらから立ち上がった芽衣の姿へと視線を移し、最後に自分の胸を見ると萌花は一歩よろめく。
「き……きさま……いつの間にそんなにすくすくと育った……?」
時代劇のような言葉遣いでそう言うと、萌花は椅子に崩れ落ちるように座りTシャツの襟首をびろんと伸ばして自分の胸を確認する。
萌花が何を言っているのかに気づいた芽衣は、真っ赤な顔で自分の胸を隠すと、萌花に背中を向けた。
「うん? ……確かに。どれどれ、誰にも言わないからお姉さんにサイズを教えてごらん?」
今まで面白そうに2人を見ていた早苗が、耳に手をかざすと芽衣に耳を近づける。
恥ずかしそうに口をつぐんでいた芽衣は、早苗にもう一度「うん?」と促されると、仕方なくボソボソと正直に答えた。
刹那、信じられないものでも見たような顔で早苗はガバッと身を引く。
彼女はそのまま自分の胸と芽衣の胸を見比べると、ガックリと肩を落とした。
「芽衣……もう芽衣は大人よ……」
「――それは……とても興味深いわ……詳しく聞かせて欲しい……なの」
急に大人の女性の声がかけられ、3人は一斉に振り返る。
そこには白衣に身を包んだスレンダーな大人の女性が、一本に束ねた腰の下まである長い黒髪を肩から前に垂らして立っていた。
「あ……あの、騒がしくしてすみません。2人は私を元気づけようとして――」
「……うっ、可愛っ……」
鼻血でも出したかのように両手で顔の下半分を覆い、その女性は一歩よろめく。
「……あの?」
「……ごめんなさい。私、可愛いものに……目がないの……」
東堂環と名乗ったその20代中頃の女性は鼻を抑えたまま、自分は今回の検査で問診を担当する事になった医療スタッフだと自己紹介をし、そのまま「どっこいしょ」と言う声が聞こえてきそうな所作で彼女たちの隣の椅子に腰を下ろした。
立っている3人にも座るように促し、眠そうにも見える表情のまま、ぐるりと彼女たちの顔を見回す。
顔を向けたまま、胸のポケットから今はもうあまり見ることのなくなった銀色のキャップがしてある短い鉛筆を取り出すと、カルテに何かを書き始めた。
シャッシャッと鉛筆を走らせる音がしばらく続き、顔を上げた環がフッとカルテに息を吹きかけて「たまらん……なの」と満足気に微笑む。
思わずカルテを覗き込んだ萌花は、そこに3人のリアルな似顔絵と、更にそれをアニメ風にディフォルメしたキャラクターとが可愛らしく描かれているのを見つけて感嘆の声を上げた。
「わっ! すごい! かわいい! たまきさんって絵が上手なのね!」
萌花の一言をきっかけに、大人に対する緊張のようなものがきっぱりと消え去った3人は、嬉しそうに自分の似顔絵を覗き込み、しばらく談笑する。
それは芽衣ですら緊張を解くに十分な出来事だった。
「……さて」
キリの良い所を見計らって、環がぽんぽんと両手を鳴らす。
絵を書いていた白紙のカルテとは別にA4サイズのタブレットを取り出すと、彼女は3人を優しく見回した。
「あなた達の体には……どこにも異常はないの。イマース・コネクターにも……問題はなかった……なの」
環は何の問題もなかったことを説明し、3人それぞれにイマース・コネクターを手渡す。
調整とクリーニングをしたと言うイマース・コネクターはピカピカで、萌花は「新品みたい!」と大喜びだった。
「あとは……少し……問診さてほしい……なの」
最近リアルで興味のある服や音楽の話から、ゲームで面白かった所まで、その質問は多岐にわたる。
萌花や芽衣には当然として、早苗にもその質問のどこまでが問診で、どこまでがGFO社のユーザーアンケートで、そしてどこまでが環個人の興味による質問なのか、判断がつかなかった。
「――うん、最近も3人揃って冒険してるよね」
「そうね」
「あ、でも芽衣は私たち以外にもパーティー組む仲間が出来たんだよね」
「え? あ……そうですね。時々……」
「時々じゃないよー。芽衣の経験値、もう私を追い越しそうだもん」
「そ……そんなことないですよぉ……」
「隠すことなんかないわ、芽衣。私たち以外の人とパーティーが組めるようになったのはいいことよ」
急にシユウとの事へ話が向かいそうになり、芽衣は言葉がもつれる。早苗の助け舟に笑顔で首を縦に振った芽衣だったが、「まぁそんな大人の体だものね」とボソッと言う早苗の言葉に、「……あはは……」と力なく笑うことしかできなかった。
萌花たちのように現実の姿をそのままアバターにしている場合、髪を切った、背が伸びた等という変化が自動的にキャラクターに反映される「自動追従モード」がオンに設定されている。
主に現実と混乱しないようにという目的で、副次的には現実のコンプレックスをゲーム世界へと持ち込まないために、「髪の色」や「瞳の色」、「身長」など、どこか一部は現実と違う設定に固定できるようにはなっているが、サービス初期に蔓延した「美男美女」の設定が一段落した後は、自分自身へフィードバックする感覚に違和感がないように、ホーミングをオンにしてゲームをするのが主流となっていた。
「……GFOは……いろいろな人と友だちになれるのが……楽しみの一つ……なの。芽衣ちゃん。今度私にも……紹介して欲しい……なの」
「あ、はい。……え? あ! いいえ……あの」
笑っているのか眠っているのか、判別の付き難い表情で優しく環が話す言葉に、芽衣はしどろもどろに返事を返す。
「……一緒に冒険してるの、絶対かっこいい男の子だ」
「まさか、私たちの知ってる人じゃないでしょうね?」
萌花と早苗のツッコミも入り、芽衣は蒼白になった顔でじんわりと涙を浮かべる。シユウボットと会っていたことがバレてしまう。もう萌花たちと友達でいられなくなる。もしかしたら犯罪者として両親にも迷惑をかけてしまうかもしれない。
ぶんぶんと頭を振り、荒くなった呼吸と暴れだす心臓を彼女はなんとか抑えこもうと目をぎゅっとつむり、両手を胸の前で固く握りしめた。
「ご……ごめん芽衣! うそうそ、いいよ内緒で! 大丈夫! 無理しないで」
あまりにも急激な芽衣の反応に、萌花は慌ててフォローに入る。
早苗も「冗談よ! 冗談」と芽衣の手を握った。
一人落ち着いた様子の環は、そっと芽衣の背中に回って彼女を支え、「ゆっ……くり、息を吐いて……なの」と深呼吸をさせる。過呼吸になりかけた芽衣は次第に落ち着きを取り戻していったのだった。
「びっくりしたよー。ごめんね、芽衣」
「……びっくりさせてごめんなさいです」
「謝ることないわ。悪いのは私と萌花だもの」
窓際にあるソファーに場所を移し、温かいココアの入った紙コップを抱えた3人は並んで座っていた。
一人エスプレッソを手にした環が少し離れた壁にもたれかかりながらそれを眺めている。
3人が仲良く笑い合っているのをしばらく眺めた末に、環はイマース・コネクターを使った内線電話で、萌花たちの帰りの車の手配を済ませた。
車寄せでみなと握手を交わし、GFOのアバターカードを交換した環は、白衣のポケットに両手を突っ込んでニッコリと微笑む。
ドアが締まり、窓際の早苗が窓を開けるのを待って、環は腰をかがめて顔を近づけた。
「今日は……ありがとう……なの。みんなGFOを……もえちゃんが守ったこの世界の冒険を……楽しんで欲しい……なの」
「え? 私?」
シートの奥で萌花が素っ頓狂な声を上げる。
早苗は芽衣越しに萌花の肩を押して「違うでしょ。[創世の9英雄]のもえさんよ」と環からもらったキャラクターカードを見せる。
そこには[死霊術師]プルフラス LV60と言う名前が書かれていて、萌花はそれでもピンと来ない顔をしていたが、芽衣と早苗はすぐに気づいていた。
環が[創世の9英雄]の一人であることを。
「芽衣ちゃん。私たちはあなた……達を、GFOの世界を……救いたいだけ……なの。どんな時でも……相談……してほしい……なの」
芽衣が黙って頷くのを確認して、環は車を離れる。
ゆっくりと走り去ってゆく黒塗りのハイヤーが見えなくなるまで手を振って、環は顔から笑顔を消すと、首のイマース・コネクターを「ハーフ・ダイブ」モードに切り替えた。
「ヘンリエッタ……ええ、一番小さな娘で……間違いない……なの。あつもりに……[追跡者]を……起動するように言って……なの」
午後の日差しを受けた環、[創世の9英雄]の一人である[死霊術師]プルフラスは、もう見えない所まで行ってしまった3人へと視線を向け、振り切るように体を回すと、真っ白い建物へと歩み去っていった。
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