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1.09〈ギルド〉
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黄銅のパイプと歯車が複雑に絡み合う狭い室内に古めかしいブラウン管が所狭しと並び、それぞれの明かりが中央に佇むクマの着ぐるみをぼんやりと浮かび上がらせていた。
口から血を滴らせたような模様の書き込まれたクマの着ぐるみは、画面の一つ、青い光点の横に明滅し始めた黄色い光点を目で追っている。
これまた古めかしい黒電話型の通話装置の受話器を持ち上げ、可愛らしい丸で構成された姿とは全く相容れない、鋭く尖った爪でダイヤルを回した。
――トゥルルルル……トゥルルルル……ガチャ
2コール目でつながった相手の反応も待たずに、頭上に[錬金術士]あつもり と言う名前を浮かばせたその着ぐるみは静かに用件を伝えた。
「狼が子猫に食いついたクマ。食いつかれた子猫は3匹目。プルフラスの予想はハズレだクマ」
『狼はー?』
「信号は強いクマ。最新か……もしかするとオリジナルかもしれないクマ」
『わかったー。他の娘も引き続きー、監視をおねがいねー』
「……僕のもえが命がけで守ったこの世界のためなら、僕は何でもやるクマ。でも、こんなストーカーみたいな真似は――」
『――今は仕方ないのよ』
通話装置の向こう、ゆっくりとした話し方のヘンリエッタが、あつもりの言葉を遮るように低い声を出す。
表情の変わらないクマの着ぐるみが、焦ったようにビクッと動きを止めた。
『それにー、あつもりも自分で言ったでしょー。これはー、もえちゃんの守ったー、この世界のためなのよー』
「……わかってるクマ」
どちらからともなく通話は途切れ、あつもりは受話器を手に持ったまましばらく佇む。
黒電話に受話器を置き、ゆっくりと立ち上がった彼は、ゴキゴキと首の関節を鳴らして伸びをすると、小さくため息を付いてもう一度ブラウン管へと視線を向け、監視を再開した。
◇ ◇ ◇
「ギルド?」
甘城屋の黒蜜きなこチーズケーキを口に運ぼうとしていた早苗は、胡散臭そうな目を萌花に向けた。
久しぶりに3人集まった放課後、この後のGFOでの冒険について予定を立てていた最中に、急に萌花がそんなことを言い出したのだ。
「良いと思わない? 最近3人の予定が合うことも少なくなって来たしさ、3人が別々にログインしても、ギルドホールに行けば知ってる仲間と一緒に冒険に行けるんだよ?」
「それはそうですけど……」
ギルドになど所属したことは無いが、芽衣にとってそれは、中途半端に気を使う知り合いが増えるだけの事のように思えた。
早苗は頭をめぐらし、この間のヒドい野良パーティの事を思い出す。少なくともマトモなギルドを選べば、あんな思いをすることも無くなるだろう。
その嫌な記憶とともにシユウの顔も思い出し、心臓がトクンと一つ高鳴った彼女は、潤んだ瞳を見られないように俯いて前髪に隠し、唇についた黒蜜をぺろりと舌先で舐めとると、ゴクリと飲み下した。
「……いいかもしれないわね」
「さっちゃん?!」
「でしょでしょ?!」
もう話は決まったような雰囲気で、萌花はバッグからゲーム雑誌を取り出す。角に折り目のつけてあるページを開き、早苗たちの方を向けてテーブルの真ん中にその本を置いた。
何事かと早苗と芽衣が覗きこんだそのページには、『特集:ギルド創立クエスト』と言うタイトルが燦然と輝き、新たにギルドを作る方法が事細かく説明されていた。
「結構簡単なんだよ! ギルドホールをミニギルドホールで我慢すれば月に5千ジェムくらいで維持できるみたいだから、メンバーが10人居れば5百ジェムずつで済むでしょ? それからギルド創立の特別クエスト、『団結の旗』って言うクエストなんだけど、それは推奨レベル15のクエストで――」
「――ちょ……ちょっと待って萌花」
何度も読み返したのだろう。興奮気味にギルド作成の手順について語り続ける萌花の言葉をやっとのことで遮った早苗は、スプーンを持ったままの手の甲でメガネの位置を直し、椅子に座り直した。
「え? なに?」
「いえ、萌花の言ってる『ギルドって良いと思わない?』って言う話は、『ギルドを作ろう』って言う意味なの?」
「うん、そうだよ」
だから……と、もう一度説明をしようとする萌花を押し留めて、早苗は熱でも計るように、自分の額に手を当てて溜息をつく。
ハラハラしている様子の芽衣も腰を浮かせて力説していた萌花の手をとって、「まずは落ち着きましょう」と椅子にかけさせた。
「そういう事なら話は別。私も賛成出来ないわ」
「えー? なんでよー?」
「ギルド運営なんて出来るわけ無いでしょ。私たち3人だけのギルドって言うなら話は別だけど、それこそギルドを作る意味も無いわよね? それ以外の人たちがメンバーになれば、ギルドマスターはGFOのイベントスケジュールや攻略情報を把握して、ギルドの方針を決めて、それに合わせて人員の確保やルール決めもしなくちゃならないし、メンバー間のいざこざを解決したり、他所で迷惑をかけるメンバーが居れば、その責任も取らなきゃいけないのよ?」
早苗の「迷惑」と言う単語にぴくっと反応した芽衣は、「そうですよぉ」と力強く頷く。
大人しく早苗の説明を聞いていた萌花は、形勢が悪くなってきたのを感じて、ぷいっと顔を外に向け、腕組みをした。
「わぁ~ったわよ。いいよ、やめるよ」
「もえちゃ~ん」
3分の1ほど残っていた黒蜜きなこチーズケーキにフォークをぶっ刺すと、萌花は無言でそれを一気に頬張る。
今にも泣き出しそうな芽衣と、横を向いたままハムスターのように頬を膨らませてもぐもぐしている萌花を見比べ、早苗はメガネを外すと眉間をつまんでもう一つ大きな溜息をつき、ポケットから取り出したメガネ拭きでキュッキュとメガネを拭きながら、ゆっくりと話し始めた。
「いい? 萌花。私はギルドに入ること自体は良いことだと思ってるの。ただ、自分でギルドを運営するのは、今の私たちではゲーム内でも現実でも実力・時間・資産全てが足りていないわ。もちろん、規律も何もない、ただ集まるだけのギルドなら、もしかしたら運営できるかも知れないけど、そんなギルドを作るなら、もっとちゃんとしたギルドに入れてもらった方が、何倍も有効なのは分かるわよね?」
こくこく。と芽衣が頷く。
ちらりとこちらに目を向けた萌花は、もぐもぐしていたケーキをごくんと飲み込むと、腕組みをして目を瞑った。
早苗はそれ以上何も言わずに、メガネをかけ直すと指を組んで数秒待つ。
萌花は短絡的だけど本当のバカじゃない。今の説明で納得はしているはずなのだ。
後は萌花の気持ちに整理がつくのを待つだけ。そして、その整理がつくまでの時間が人一倍短いのが萌花のいいところだった。
「そっか……そうだね。じゃあどうしようか?」
先程までの不機嫌そうな表情がすでに一掃された萌花の笑顔を見て、早苗は苦笑する。
萌花は萌花なりに、3人がずっと楽しく一緒に居られるためにと色々と考えた末の結論が『ギルド』だったのだ。
その気持が分かっているからこそ、早苗も今こうして笑っていられる。そのとなりで潤んだ瞳のまま満面の笑みを浮かべる芽衣を見て、早苗はこの2人と友達で良かったと改めて思うのだった。
◇ ◇ ◇
一番色々なパーティに参加した経験を持ち、なおかつそのメンバーのギルドやクラス構成まで記憶している早苗によって、「このギルドなら入りたい」と思っていたギルドが、神レベルからギリギリのラインまで、約30ほどリストアップされていた。
しかし、いざギルドに加盟させてもらおうとすると、そう言うマトモなギルドほど敷居が高い。
早苗たちは「学生は基本的にお断りしている」「君たちと一緒に冒険できるレベル帯のメンバーが居ない」などの理由で、その全てに加盟を断られていた。
「なんで学生はお断りって言われるのよ」
10件目あたりから不機嫌そのものの顔を隠そうともせず、今はだらーっとしゃがみこんでいる萌花を見て、早苗は「そう言う子供っぽい態度よ」と思いながらも、まさか全て断られるとは思っていなかった自分の予測の甘さに頭を抱えていた。
「……きちんとしてるギルドだから。社会常識を持ち合わせていない可能性のある子どもはお断りって言うのも確かにあるんでしょうけど、たぶん、ゲームにのめり込み過ぎて本業が疎かになった場合の責任とか、そう言う部分が大きいんだと思うわ」
「しかたないですね! また3人で楽しく冒険すればいいじゃないですか」
断られたことを喜んでいる芽衣のほっぺをむにっと摘むと、萌花は「しかたなくないっ!」と大きな声を出す。
頬を摘まれながら「ふええ……もえちゃ~ん」とまた涙目になる芽衣を見て、近くの屋台でビールを飲んでいた背の高い男がガチャリと鎧を鳴らして立ち上がった。
「ダメっすよ! 友達にそんなことしちゃ!」
自分で思っていたより自分の声が大きく聞こえたのだろう。その男は驚いたように口を抑えてビールジョッキをテーブルに置いて、3人の前まで歩み寄る。
190cm近くあるだろうか。一番背の高い早苗でも169cmしかない3人から見れば大男にも見えるその男は、ずんずんと目の前まで歩いてくると、縮こまるように体を屈めて手のひらを顔の前に立てた。
「すまねっす。大声出すつもりはなかったんすよ。でも、女の子が友達にそんなことしちゃダメっすよ」
芽衣を背中に隠すようにして男との間に立ちはだかっていた萌花は、男の表情と言葉を聞いてホッと肩の力を抜いた。
迷惑行為の通報をしようとメニューを開いていた早苗も、未だ疑いの眼差しを向けながらも押しかけたボタンから手を離す。
萌花の一番の被害者であるはずの芽衣が、慌てて萌花の釈明を始めた。
「うん、わかってるっす。いじめとかじゃなくて友達のふざけっこっすよね。それでも、それを見た人がその関係を全部理解してくれるとは限らないんす。だから、誰かが嫌な気持ちになるかもしれないことは、なるべくやらないほうがいいっすよ」
ここでも素直な萌花はすぐに謝り、その大柄な戦士、[侍]Kenta02ことケンタも謝り返す。
結局、ケンタが怖がらせたお詫びということで屋台でおやつをご馳走することになり、誠実そうなケンタの人柄もあって、3人はなんとなくギルドのことについて相談する事になった。
「うーん、そういう事なら『姉妹ギルド』を作る手もあるっすよ。自分たちのギルドは3人で作って、姉妹ギルド登録した別のギルドのプレイヤーと一緒に冒険したり情報や一部資産の共有ができるっす。うちのギルドは全員高レベルなんで一緒に冒険は出来ないけど、別の姉妹ギルドで同じくらいの冒険者を紹介したり、情報や資産の提供は出来ると思うんすよ。うちのギルマスにも話はしておくんで、姉妹ギルドが必要になったらいつでも声をかけて欲しいっす」
そう言ってアイテムインベントリから冒険者カードを取り出したケンタは、3人にそれを配る。
それを見て早苗は小さく「あっ」と声を上げた。
[侍]Kenta02 LV60
ギルド:もえと不愉快な仲間たち
そこにはそう書かれている。
ケンタも[創世の9英雄]の一人であり、そのふざけた名前のギルドこそ、GFOの世界を救ったあの事件を解決した英雄たちの集う伝説のギルドの名前だった。
口から血を滴らせたような模様の書き込まれたクマの着ぐるみは、画面の一つ、青い光点の横に明滅し始めた黄色い光点を目で追っている。
これまた古めかしい黒電話型の通話装置の受話器を持ち上げ、可愛らしい丸で構成された姿とは全く相容れない、鋭く尖った爪でダイヤルを回した。
――トゥルルルル……トゥルルルル……ガチャ
2コール目でつながった相手の反応も待たずに、頭上に[錬金術士]あつもり と言う名前を浮かばせたその着ぐるみは静かに用件を伝えた。
「狼が子猫に食いついたクマ。食いつかれた子猫は3匹目。プルフラスの予想はハズレだクマ」
『狼はー?』
「信号は強いクマ。最新か……もしかするとオリジナルかもしれないクマ」
『わかったー。他の娘も引き続きー、監視をおねがいねー』
「……僕のもえが命がけで守ったこの世界のためなら、僕は何でもやるクマ。でも、こんなストーカーみたいな真似は――」
『――今は仕方ないのよ』
通話装置の向こう、ゆっくりとした話し方のヘンリエッタが、あつもりの言葉を遮るように低い声を出す。
表情の変わらないクマの着ぐるみが、焦ったようにビクッと動きを止めた。
『それにー、あつもりも自分で言ったでしょー。これはー、もえちゃんの守ったー、この世界のためなのよー』
「……わかってるクマ」
どちらからともなく通話は途切れ、あつもりは受話器を手に持ったまましばらく佇む。
黒電話に受話器を置き、ゆっくりと立ち上がった彼は、ゴキゴキと首の関節を鳴らして伸びをすると、小さくため息を付いてもう一度ブラウン管へと視線を向け、監視を再開した。
◇ ◇ ◇
「ギルド?」
甘城屋の黒蜜きなこチーズケーキを口に運ぼうとしていた早苗は、胡散臭そうな目を萌花に向けた。
久しぶりに3人集まった放課後、この後のGFOでの冒険について予定を立てていた最中に、急に萌花がそんなことを言い出したのだ。
「良いと思わない? 最近3人の予定が合うことも少なくなって来たしさ、3人が別々にログインしても、ギルドホールに行けば知ってる仲間と一緒に冒険に行けるんだよ?」
「それはそうですけど……」
ギルドになど所属したことは無いが、芽衣にとってそれは、中途半端に気を使う知り合いが増えるだけの事のように思えた。
早苗は頭をめぐらし、この間のヒドい野良パーティの事を思い出す。少なくともマトモなギルドを選べば、あんな思いをすることも無くなるだろう。
その嫌な記憶とともにシユウの顔も思い出し、心臓がトクンと一つ高鳴った彼女は、潤んだ瞳を見られないように俯いて前髪に隠し、唇についた黒蜜をぺろりと舌先で舐めとると、ゴクリと飲み下した。
「……いいかもしれないわね」
「さっちゃん?!」
「でしょでしょ?!」
もう話は決まったような雰囲気で、萌花はバッグからゲーム雑誌を取り出す。角に折り目のつけてあるページを開き、早苗たちの方を向けてテーブルの真ん中にその本を置いた。
何事かと早苗と芽衣が覗きこんだそのページには、『特集:ギルド創立クエスト』と言うタイトルが燦然と輝き、新たにギルドを作る方法が事細かく説明されていた。
「結構簡単なんだよ! ギルドホールをミニギルドホールで我慢すれば月に5千ジェムくらいで維持できるみたいだから、メンバーが10人居れば5百ジェムずつで済むでしょ? それからギルド創立の特別クエスト、『団結の旗』って言うクエストなんだけど、それは推奨レベル15のクエストで――」
「――ちょ……ちょっと待って萌花」
何度も読み返したのだろう。興奮気味にギルド作成の手順について語り続ける萌花の言葉をやっとのことで遮った早苗は、スプーンを持ったままの手の甲でメガネの位置を直し、椅子に座り直した。
「え? なに?」
「いえ、萌花の言ってる『ギルドって良いと思わない?』って言う話は、『ギルドを作ろう』って言う意味なの?」
「うん、そうだよ」
だから……と、もう一度説明をしようとする萌花を押し留めて、早苗は熱でも計るように、自分の額に手を当てて溜息をつく。
ハラハラしている様子の芽衣も腰を浮かせて力説していた萌花の手をとって、「まずは落ち着きましょう」と椅子にかけさせた。
「そういう事なら話は別。私も賛成出来ないわ」
「えー? なんでよー?」
「ギルド運営なんて出来るわけ無いでしょ。私たち3人だけのギルドって言うなら話は別だけど、それこそギルドを作る意味も無いわよね? それ以外の人たちがメンバーになれば、ギルドマスターはGFOのイベントスケジュールや攻略情報を把握して、ギルドの方針を決めて、それに合わせて人員の確保やルール決めもしなくちゃならないし、メンバー間のいざこざを解決したり、他所で迷惑をかけるメンバーが居れば、その責任も取らなきゃいけないのよ?」
早苗の「迷惑」と言う単語にぴくっと反応した芽衣は、「そうですよぉ」と力強く頷く。
大人しく早苗の説明を聞いていた萌花は、形勢が悪くなってきたのを感じて、ぷいっと顔を外に向け、腕組みをした。
「わぁ~ったわよ。いいよ、やめるよ」
「もえちゃ~ん」
3分の1ほど残っていた黒蜜きなこチーズケーキにフォークをぶっ刺すと、萌花は無言でそれを一気に頬張る。
今にも泣き出しそうな芽衣と、横を向いたままハムスターのように頬を膨らませてもぐもぐしている萌花を見比べ、早苗はメガネを外すと眉間をつまんでもう一つ大きな溜息をつき、ポケットから取り出したメガネ拭きでキュッキュとメガネを拭きながら、ゆっくりと話し始めた。
「いい? 萌花。私はギルドに入ること自体は良いことだと思ってるの。ただ、自分でギルドを運営するのは、今の私たちではゲーム内でも現実でも実力・時間・資産全てが足りていないわ。もちろん、規律も何もない、ただ集まるだけのギルドなら、もしかしたら運営できるかも知れないけど、そんなギルドを作るなら、もっとちゃんとしたギルドに入れてもらった方が、何倍も有効なのは分かるわよね?」
こくこく。と芽衣が頷く。
ちらりとこちらに目を向けた萌花は、もぐもぐしていたケーキをごくんと飲み込むと、腕組みをして目を瞑った。
早苗はそれ以上何も言わずに、メガネをかけ直すと指を組んで数秒待つ。
萌花は短絡的だけど本当のバカじゃない。今の説明で納得はしているはずなのだ。
後は萌花の気持ちに整理がつくのを待つだけ。そして、その整理がつくまでの時間が人一倍短いのが萌花のいいところだった。
「そっか……そうだね。じゃあどうしようか?」
先程までの不機嫌そうな表情がすでに一掃された萌花の笑顔を見て、早苗は苦笑する。
萌花は萌花なりに、3人がずっと楽しく一緒に居られるためにと色々と考えた末の結論が『ギルド』だったのだ。
その気持が分かっているからこそ、早苗も今こうして笑っていられる。そのとなりで潤んだ瞳のまま満面の笑みを浮かべる芽衣を見て、早苗はこの2人と友達で良かったと改めて思うのだった。
◇ ◇ ◇
一番色々なパーティに参加した経験を持ち、なおかつそのメンバーのギルドやクラス構成まで記憶している早苗によって、「このギルドなら入りたい」と思っていたギルドが、神レベルからギリギリのラインまで、約30ほどリストアップされていた。
しかし、いざギルドに加盟させてもらおうとすると、そう言うマトモなギルドほど敷居が高い。
早苗たちは「学生は基本的にお断りしている」「君たちと一緒に冒険できるレベル帯のメンバーが居ない」などの理由で、その全てに加盟を断られていた。
「なんで学生はお断りって言われるのよ」
10件目あたりから不機嫌そのものの顔を隠そうともせず、今はだらーっとしゃがみこんでいる萌花を見て、早苗は「そう言う子供っぽい態度よ」と思いながらも、まさか全て断られるとは思っていなかった自分の予測の甘さに頭を抱えていた。
「……きちんとしてるギルドだから。社会常識を持ち合わせていない可能性のある子どもはお断りって言うのも確かにあるんでしょうけど、たぶん、ゲームにのめり込み過ぎて本業が疎かになった場合の責任とか、そう言う部分が大きいんだと思うわ」
「しかたないですね! また3人で楽しく冒険すればいいじゃないですか」
断られたことを喜んでいる芽衣のほっぺをむにっと摘むと、萌花は「しかたなくないっ!」と大きな声を出す。
頬を摘まれながら「ふええ……もえちゃ~ん」とまた涙目になる芽衣を見て、近くの屋台でビールを飲んでいた背の高い男がガチャリと鎧を鳴らして立ち上がった。
「ダメっすよ! 友達にそんなことしちゃ!」
自分で思っていたより自分の声が大きく聞こえたのだろう。その男は驚いたように口を抑えてビールジョッキをテーブルに置いて、3人の前まで歩み寄る。
190cm近くあるだろうか。一番背の高い早苗でも169cmしかない3人から見れば大男にも見えるその男は、ずんずんと目の前まで歩いてくると、縮こまるように体を屈めて手のひらを顔の前に立てた。
「すまねっす。大声出すつもりはなかったんすよ。でも、女の子が友達にそんなことしちゃダメっすよ」
芽衣を背中に隠すようにして男との間に立ちはだかっていた萌花は、男の表情と言葉を聞いてホッと肩の力を抜いた。
迷惑行為の通報をしようとメニューを開いていた早苗も、未だ疑いの眼差しを向けながらも押しかけたボタンから手を離す。
萌花の一番の被害者であるはずの芽衣が、慌てて萌花の釈明を始めた。
「うん、わかってるっす。いじめとかじゃなくて友達のふざけっこっすよね。それでも、それを見た人がその関係を全部理解してくれるとは限らないんす。だから、誰かが嫌な気持ちになるかもしれないことは、なるべくやらないほうがいいっすよ」
ここでも素直な萌花はすぐに謝り、その大柄な戦士、[侍]Kenta02ことケンタも謝り返す。
結局、ケンタが怖がらせたお詫びということで屋台でおやつをご馳走することになり、誠実そうなケンタの人柄もあって、3人はなんとなくギルドのことについて相談する事になった。
「うーん、そういう事なら『姉妹ギルド』を作る手もあるっすよ。自分たちのギルドは3人で作って、姉妹ギルド登録した別のギルドのプレイヤーと一緒に冒険したり情報や一部資産の共有ができるっす。うちのギルドは全員高レベルなんで一緒に冒険は出来ないけど、別の姉妹ギルドで同じくらいの冒険者を紹介したり、情報や資産の提供は出来ると思うんすよ。うちのギルマスにも話はしておくんで、姉妹ギルドが必要になったらいつでも声をかけて欲しいっす」
そう言ってアイテムインベントリから冒険者カードを取り出したケンタは、3人にそれを配る。
それを見て早苗は小さく「あっ」と声を上げた。
[侍]Kenta02 LV60
ギルド:もえと不愉快な仲間たち
そこにはそう書かれている。
ケンタも[創世の9英雄]の一人であり、そのふざけた名前のギルドこそ、GFOの世界を救ったあの事件を解決した英雄たちの集う伝説のギルドの名前だった。
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