強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

新人なのです

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事の発端はある討伐任務だった。
 
今年、晴れて訓練生から新人隊第二隊所属となった風使いのロゼは、神殿直轄地内の森にいた。この森の近くにある村を魔物が急襲したという報告が届いたのは昨日。目撃情報と出現場所から予測されたのがボーンベアという魔物で、図体はデカいが魔力量も少なく、攻撃も単調なのが特徴であるため、訓練過程を卒業したばかりの新人隊でも対処できるだろうと討伐命令が下された。
 
 「や、やばいよ。俺たちどんどん奥に入っていってる。強い魔物が来たら死んじゃうんじゃないか?」
 「…んなこと言うな!怖がったってどうにもなんねえよ」
 「で、でもさ」

 後ろから聞こえる同期2人の声に、ロゼは大きくため息を吐いた。

 
数十分前、当初予測されていたボーンベアの繁殖地にたどり着いた新人隊が見たのは、もぬけの空になった洞窟だった。この冬が開ける頃の時期、野生の熊は基本的にまだ冬眠状態にある。野生の熊から魔素を体内に取り入れ変化したボーンベアも例外ではなく、当初の予測では洞窟の多いこの一帯のどこかに冬眠しており、何かの拍子に起きて村を襲ったのだとされた。
 「…ここにいないとなると、森の奥深くに入っていった可能性が高い。一応付近を確認してから帰還する」
 この新人隊第二隊の隊長、リデナス=オールディンドンが指示を下す。新人隊とは、17歳から18歳までの1年間、期間限定で組まれる隊のことだ。この隊に配属されてもうそろそろ1年が経とうとしており、新人期間も最終版に差し掛かっていた。
 森には、奥深くなればなるほどに強い魔物が生息しているため、新人隊が下手に深くに入ると危険なのだ。
付近にボーンベアが居ないか確認して帰還するかというところで、あることに気がつく。
「………静かすぎる」
普段、森の入口に近いまだ深くない場所には動物や虫、小さな魔物がいる。それらが全くおらず、心做しか風も感じない。不気味な程に静寂に包まれていた。
これには隊長であるリデナスも気づいたらしい。
「神殿本部に連絡をとり、出動可能な部隊の派遣を要請しろ。異変の原因を確認するため、第2隊は森の先に進むと伝えておけ」

かくして、危険な森の奥へ進軍することとなった。


さくさくと草を踏む音がする。異常事態が起こっているという状況下、隊員達の顔は緊張で強ばり、中には恐怖で青くなったり白くなったりする者もいる。
ロゼはかつてない緊張の中、亜麻色の髪を振り、焦げ茶色のくりくりしたたれ目をおどおどと動かしながら辺りの様子を確認していた。
「……ツェ、シュワルツェ」
「…っぁ、はいっ!」
辺りを見ることに集中しすぎて、呼ばれていることに気付かなかった。ロゼ=シュワルツェ、確かに自分の名前だ。
声のした横に顔を向けると、リデナス隊長がこちらを見て眉間にシワを寄せていた。この若干つり目の冷たい印象の御仁は御歳38。眉間に皺を寄せなければ若く見えるのに、常日頃心労が多いのかシワが寄っていない時の方が少ない。もちろん本人にはこんなことは言わないが。
 「シュワルツェ、緊張しすぎているようではいざという時上手く動けずに後れを取る。もっと肩の力を抜け。深呼吸しろ」
 「は、はい」
すう、はあ、すう、
 「ありがとうございます」
 「緊張し過ぎると見えるものも見えなくなる。戦場で視野が狭くなるほど怖いものは無いからな。常に最善の状況で戦えるようにしろ。死ぬ直前になってからでは遅い。分かったな?」
 「はい」
 「よし」
 そう言って、リデナス隊長は先に行ってしまった。こういう時、この隊長が上司で良かったと思う。愛想は悪いし滅多に笑わないが、ちゃんと部下のことを見てくれている。この隊は新人期間の1年が過ぎると解散し、隊員は他の隊に割り振られる。その際どの隊がいいか希望を出せるので、ロゼはリデナスが持つもう一つの隊を第一志望にしようと考えていた。

それからまたしばらく歩いたところで、五分ほど交代で休憩を摂ることになった。
 ロゼは近くの腐りかけた倒木に腰掛け、一息着きながら腰に提げた水筒から水を飲む。やはり緊張していたのか喉がカラカラに乾いており、ごくごくと飲んでいるうちにあっという間に水筒は空になってしまった。

 ふと目線を下に巡らせたところで、あるものが目に入った。
 「これは……血?」
 背の低い草の上に点々と、茂みに向かって伸びている血。その血は赤黒いというよりはドロドロとした濃い紫で、ロゼはすぐに魔物の血だと気づいた。
誰かに知らせようと慌てて立ち上がった瞬間、視界を黒いものが掠めた。
 嫌な予感がする。
 ドクドクとはやる心臓をそのままに、恐る恐るそちらに目線を向ける。

 「ーーっひ」

 獰猛に輝く目と、バッチリ目が合ってしまった。
 そこに居たのは、屈んでボーンベアを美味しそうに咀嚼する、中型のファイヤードラゴンだった。
 
 




 
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