強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

本番です

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澄み切った寒い青空の下、ロゼはじっと一枚の紙を見つめていた。

今日は選抜試験当日。午前からの面接を緊張しながらもなんとか乗り切ったロゼは、午後から始まる模擬討伐の内容が張り出されている中庭に来ていた。
試験を受ける隊によって張り出される場所が違うらしく、第一聖師団の常駐する第一棟にほど近いここの掲示板には、その一枚しか貼られていない。

まずここに来てロゼが驚いたのは、集まっている人の多さだ。午前の面接は個人個人での対面であったため、同じように選抜試験を受ける新人隊員ライバルを見ることは無かった。だがロゼが掲示板を見に来た頃には、既に百人以上の人が詰め寄っていたのだ。
模擬討伐に第一訓練場を使う都合上、今日選抜を行うのは第一聖師団の中でも第一隊のみだ。それなのにこの人数、いやそれ以上の人が選抜を受けるのかと思うとあまり無かった自信ももはや無くなってしまった。

しかし更にロゼを追い詰めたのが、張り出された紙の内容だった。

『内容は主に、対人での模擬討伐とする』

最初に大きく書かれていた一文を読んだロゼは、その下につらつらと書かれている内容を読むことなく、数十秒は呆然とただその一文を見ていた。

――――魔物相手ではなく、対人。

意識を現実に戻した後も、ロゼの頭には対人の二文字が飛び交っていた。

毎年行われる選抜試験の内容は、箝口令が敷かれる為に詳細に知ることは出来ない。だが、箝口令が敷かれていたとしても全てを隠すことは当然できないため、魔物や傀儡を対象とする模擬討伐であるという噂は皆が知っていた。それは脈々と先輩から受け継がれてきた噂らしい。そのため信憑性は高く、疑う者はいなかった。
恐らく今年は例外か、若しくは今年から対人の模擬討伐に切り替えるのだろう。理由が分からないにしても、それが今目の前にある事実だ。

ロゼにとって不運だったのは、今日、つまり第一聖師団第一隊の選抜日が、全ての隊の選抜試験初日であった事だ。もしこれが初日ではなく2日目、3日目であったならば、対人の模擬討伐であることが噂として出回り、事前に多少の心の準備をする余裕があっただろう。

選抜を対人で行うこと自体に関して、何ら不思議な点は無い。
新人隊を卒業し改めてほかの隊に配属になった後には、新人隊では行わなかった任務にも着くことになる。神殿直轄地での魔物討伐のみではなく、遠征、そして対人討伐も仕事内容に含まれるのだ。

ロゼが動揺しているのは、単に自分が想定していなかった内容だからである。

――――落ち着こう。別に、対人になったから私が不利になるというわけでは無いのです。寧ろ魔物よりも怖くないと、……そう思うようにしないと。

大きく息を吸って、そして腹からゆっくりと吐き出す。それを数回繰り返し、漸く冷や汗と激しい心音が収まった頃にロゼは会場である第一訓練場へと歩き出した。





到着した第一訓練場には、普段はない大きな天幕や机が臨時で複数設営されており、回廊に近いところに設置されている受付には既に何人かの新人隊員が並んでいた。
ロゼはその最後尾に並んで何気なく辺りを見回し、ふとゼルドが選抜の審査員であると言っていたことを思い出した。

――――審査員ということはロードさんはもうここにいるのでしょうか?選抜が始まる予定時刻まであと少し時間がありますが………………………あ、いた。

ゼルドは一番大きな天幕の中にいた。
その天幕は、丁度ロゼから見える方の布が捲られて上に括られている状態であり、そこが入口となっているようだ。天幕の前には机が設置されており、少なくない人が行き交いを繰り返している。
そんな中でもロゼが天幕の奥にいるゼルドをすぐに見つけられたのは、やはりというか、飛び抜けた身長と体格が目についたからである。
よく見ると、ロゼが先日知り合いになったシュデル=ライツィヒと何やら話しているようだ。天幕の中が影で少し暗くなっているので詳しくは分からないが、あの常ににこにこしていそうなシュデルが真顔で話しているあたり、何やら真剣な話をしているらしい。

話しかけるのは無理だなと少し残念に思いながらも、顔を見れただけで少し安心したようだ。ロゼは先程からの緊張がやわらぎ、知らず張っていた肩の力が抜けるのを感じ取っていた。



対人模擬選抜は受付にエントリーした順番で始まる。ロゼは順番では最初の方だったらしく、召集がかかったのはエントリーしてから半刻程経った頃だった。

「受験者は前へ」

審査員がそう告げる。
地面に引かれたラインまで歩み出たロゼは、ちらっとまわりを確認する。
戦う相手は、腕の長さほどの持ち手のついた棒を携える、男の隊員。恐らく第一隊所属の御使いだろう。
審査員はロゼと男を離れて囲むように3人、そして少し遠いところで机に座りこちらを見ているのが5人ほど。
審査員は交代制らしく、今はそこにゼルドの姿はない。

審査員が最後の説明を行う。
その説明を聞きながらも、ロゼは目の前の男――自分の相手――を見ていた。
相手が何の御使いなのか、その属性は事前に知ることはできない。恐らく事前に備えるのではなく、その場での対応力を見る為であろう。
魔物が相手であれば、属性は外見である程度は予想がつく。だが人ではそうもいかない。

――――何の属性か分からない以上、無闇にこちらから攻撃することはできない。あちらに先手を打ってもらいましょう。

短い説明を終えた審査員が、右手を青空へ掲げ、――――そして振り下ろす。

「始め!」

合図とともに、目の前の男がロゼ目掛けて駆け出す。
男が目前に迫る中、ロゼはぐっと重心を下に下ろし身構えようとしたところで、足の違和感に気づいた。

「!?」

ロゼの両足首には土がとぐろを巻くようにして巻き付き、地面に足を固定していたのだ。

恐らくロゼが相手の属性を伺うために先手を打たないことを予想していたのだろう。完全に予想の範囲外だった。

咄嗟に風壁ウィンドウォールを正面に展開させ、真正面から攻撃を受け止めようとする。

「っぅぐ!?」

直後、背中に鈍い痛みが走り、脳まで響いた。
それでもなんとか身を捩って男から距離をとる。

男の手には、先程の長さの倍以上はある太い棍棒が握られていた。
土使いである彼は、自身の神力で得物えものの形を変えることができるのだろう。まさに土使いにぴったりの戦い方だ。

初手からかなりの打撃を与えられたロゼは、熱と痛みをもつ背中を無視し、幾度と繰り返される攻撃を神力をもって躱しながら、ひたすらに相手と距離を取ろうと走る。

土壁フィードル!」
「!」

男が唱え、ロゼの行先を囲うように地面が盛り上がってゆく。

――――チャンス!

その壁がロゼの背を超える直前、ギリギリでそれに飛び乗り、そして――――男目掛けて飛び降りた!

「っ」
「―――竜壁ネードウォールっ!」

隙間なく男を囲うように竜巻が収縮し、天まで伸びる檻となる。
だがこの檻は強固で、展開した場合はロゼも外から攻撃することは出来ない。
だから、ロゼは男の真上に降り立ったのだ。
――自身の創り出したフィールドの中に、入るために。

詠唱から発動までに数瞬のタイムラグが生じてしまうため、ロゼが男の上に乗り上げるのと竜壁ネードウォールが展開されるのはほぼ同時だった。

この選抜試験はどちらかが降参、若しくは戦闘不能になったら終了だ。
長剣を男の首筋目掛けて振り下ろす。
だが首筋に当たる直前、また形を変えた男の得物えものによって弾かれてしまう。

ガァンという響く音と共に接触する得物えもの。それは鎖分銅のような形だった。

「っ!しまっ」

剣を持つロゼの右腕に鎖が巻き付く。
男は遠心力を利用し、ロゼを竜巻の外へと放り出した。
竜巻に叩き付けられる直前にそれを消した為、自身の風によって切り刻まれることは無かった。しかし背中から地面に叩きつけられたロゼは、咳のような、詰まった空気を気管から吐き出した。

先程の傷と相まって背中が酷く痛い。まるでそこに心臓があるように鼓動が響き、意識を朦朧とさせる。

「――そこまで!」

審査員の声が頭に響く。
ロゼの首筋に土使いの男が得物えものを突き付けたのだ。


――――終わって、しまいました…………。


選抜に受かる為には、必ず勝たなければいけないという訳ではない。その戦い方から実力や様々なことが考慮され、審査にかけられるのだ。

ロゼは立ち上がり、礼をしながらも、泣きそうな気持ちだった。

勝てないのは当たり前だ。相手とは経験値が違うのだから。
重要なのは負けた過程であり、どれ程自分の力を発揮出来たのか、だ。

――――攻撃回避のための小さなものを除いて、私が出した大きな技はあの竜壁ネードウォールだけ。………………他にも、色々考えていたのに。

本番で全力を出すこと。身につけたことを最大限に発揮すること。それは簡単なように見えて、実は難しい。
普段土壇場で力を発揮できないロゼからしてみれば、今回の選抜試験はかなりの進歩と言えるだろう。
そう思いなおしてもやはり、悔しさとやるせなさが消えることは無い。

下を向いてとぼとぼと歩くロゼに、不意に影がさす。



「ロゼ」



決して大きくは無いのに、声だけで威圧感を与えるような、そんな呼び掛け。
だがロゼにとっては、安心する心地の良い声だった。









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