28 / 57
一章
会議にて
しおりを挟むロゼがフランチェスカと話していた頃。厳かな雰囲気を纏う聖殿に位置する部屋。重厚な扉によって閉ざされた会議室にて、その会議は行われていた。
「――では、魔物の数自体は減っているという解釈で?」
「ええ、宜しいかと」
手元にある資料から顔を上げそう告げる研究員の言葉に、円卓に座っている面々からざわめきがおこる。
その騒然とした雰囲気の中、先程発言した研究員の正面に座る赤毛の男が、組んでいた腕を解き、挙手をする。
その顔は、彼の性格を表すように穏やかだ。
「第二聖師団長、発言を」
発言を許すその旨に、赤毛の男――ロンダール=エダンズ――は議長である高位神官に小さな礼をし、今日召集された神殿上層部の面々へと身体を向けた。
「報告中に失礼する。現在、ご存じの通り魔物の攪乱によってローザリンド内での討伐件数が増えている状況だ。それなのに魔物の数が減少傾向にあり、なおかつそれが上位の魔物であるとは。自然発生的に起こる現象とは思えないが」
「それについては、現在調査中です」
その答えに、第二聖師団長は僅かに眉を寄せる。普段温厚な彼にしてみれば珍しい仕草だ。
ロンダールが追求しないことを確認した研究員は、会議室全体を見回す。
「他に質疑がないようでしたら報告は以上になります」
「……では、次の項目に移ります。近年多発している危険物製造について――……」
「不服、という顔ですね」
会議が終わり疎らに人が減り始めた会議室でそう話しかけられたロンダールは、声のした方へ振り向く。声の主は、会議の際に使われた部屋中央部にある円卓、その一席に座っていた。
「……ノーヴァ第一聖師団長」
「ふふ、やめてください。貴方からしたら私などまだ若造でしょう」
話しかけた男、レライ=ノーヴァは、自身が会議で座っていた席から立ち上がり、ロンダールの方に近づいてくる。
「確かに、私が第二聖師団長に就任した時には君は未だ新人隊員だったからな。……十五年前、か。時が経つのは早いというが、これ程実感することもあるまい」
「私の場合は例外ですよ。直属の上司だったリデナス第一隊長のおかげです」
「ふ、確かに。君はリデナスの下で叩き上げられたからな。君が異例の昇進をした今では、彼が君の部下になった訳だが……相変わらずの仲のようで、安心しているよ」
「まあ、あの人は要らぬ出世を嫌がりますから。それがあの人らしいところでもあるんですけどねぇ」
くすくすと笑いを零す美貌の男は、如何にも愉快そうだ。この男の信頼するリデナス=オールディントンについての話だからであろう。
「……それで、私の表情についてだったか」
この男が話しかけてきたのは、昔話をするためでも談笑するためでもない。それはロンダールも分かっていた。
「えぇ。温厚な貴方にしては随分と険しい表情をしていたでしょう?何か気にかかった事でもあるのかと思いまして」
―――それを君が言うのか。
先程の会議で、神殿所属の研究員から魔物についての報告を受けた際。ロンダールはまず、疑問を抱いた。
神殿の本部、その南に位置する聖殿に拠点を構える神殿所属の研究棟では、世界でも最高峰の研究がなされている。聖殿の中に図書棟のように独立して存在する研究棟には、一般人ならお目にかかることのないであろう精密機器も、研究に必要な資材も、またそれらを最大限に活用するための知能も、全て整っているのだ。
そんな最高峰の研究機関が、魔物の攪乱が最初に確認されてからはや数か月経った今頃、結果報告として「上位の魔物の減少」のみを示したのだ。報告を受けた際に上位神官達がざわついていたところを見る限り、神官達はその事実に気づいていなかったのだろう。しかし実際に現地に赴き討伐をする御使いの、またその統括を一部務めるロンダールは、確信は持てないにしてもその事実には気づいていた。ロンダールでさえ気づいたことを、ましてやこの男が気づかない筈がない。
それに、ロンダールは見た。
この男が会議中、報告を聞いているときに小さく笑っているところを。
いつもの笑みよりも更に得体の知れない、口角を上げるような笑みを。
だからこの男は知っているはずなのだ。ロンダールが何を疑問に思っているのか、そして恐らくはその真相についても。
「――そんな顔をされたら、流石に私も傷ついてしまいますよ?」
まったくその響きのないレライの言葉に、ロンダールははっとした。
きっと自分は、今の感情をそのまま顔に出してしまっていたのだろう。
「まあどう思われようとも構いませんが。……ただ、これだけは言えます。今の聖師長様がいる限り、神殿が傾くことはありません。その為に私達が手足となって支えるのですから」
「そう、だな。……すまない、君を信用していないわけじゃないんだ」
「本人にそんなことを言うあたり、本当に変わった人ですね。あなたも」
「君には言われたくないな」
「ふふ、言いますねぇ」
―――レライが敵でなくて、本当に良かった。
優しげに微笑む美しい横顔を見て、ロンダールはそう考えるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる