強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

配慮、とは

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「――ロゼ=シュワルツェです!開けてもよろしいでしょうか」

ココン、と忙しないノックの音と共に告げられた言葉に、部屋の内側から許可を示す一声が帰ってくる。その返事を聞いて部屋の中に入ったロゼの前にいたのは、この執務室の主であるリデナス=オールディントン、そして――第一聖師団長レライ=ノーヴァだった。



バルバ収容所への行き道よりも短時間で山を下ったロゼが神殿に到着したのは、白亜の神殿が茜に染まる前だった。そして帰って早々に着替えることもせず、ロゼは一直線に第一棟の東側上階に位置するこの部屋へと足を向けたのだ。――事実を、確認するために。


「あぁ、私の事は気にしないで。さあ、どうぞ」

レライは執務机に座るリデナスの傍らに立ち、ロゼに向かって悠然と微笑む。その二人の距離感から、リデナスとレライは気の置けない間柄であることが分かるが、今のロゼにその事を気にしている余裕はなかった。
第一聖師団長であるレライに向けて一礼をし、そして正面の執務机に座るリデナスへと視線を向ける。

「……今日、私はバルバ収容所に行ってきました」
「――――そうか」

ロゼの言葉を聞いたリデナスは、一瞬驚いた顔を見せたが、それも直ぐに何時もの仏頂面へと変わってしまう。それに構うことなく、ロゼは確信に迫るために更に言葉を重ねた。

「私の友人、リリー=マンチェスターが捕らえたあの男が輸送の際に死亡したと聞きました」
「……その情報は此方にも届いている。なんせその現場にいて、更に火葬したのは本部の御使いだったからな。…………お前に、知らせるのが遅れたことは謝ろう。私の落ち度だ」
「っ………――何故!?なぜ、当事者である私にさえ本当の事を教えて下さらなかったのですか!?」

リデナスの謝罪も、今のロゼには嘘を塗り固めるためのものにしか聞こえなかった。


「――――本当は、神殿で聴取などしていないのですよね?」


そう、聴取などしているはずがない。そもそも出来ないのだ。
だって、される予定だった男はその時既に神殿からいなくなっていたのだから。

「ふふ、やはり気付きましたか。私の副官のお気に入りと言うからどこまでの者かと思えば、中々に感は鋭いようですねぇ。うちの団も優秀な人材を引き入れたものだ」

それまでただ笑っていたレライが興味深いとでも言う様にロゼを見据え、その美しい黄金の瞳を三日月のように細めた。その口調は穏やかで、一見たわいない話をしている様でもある。

肯定を示すレライの言葉に、ロゼは自分の見立てが正しかったことを悟る。


辿っていけば、簡単な事だった。
雷雨の中輸送された馬車の中には誰もおらず、火葬も犯人の男がその時死んだと見せかけるための偽装。
捕縛された翌日に遠いバルバ収容所へ送られたと偽ったのは、その時には既に神殿にはおらず、その事実を知られない為に遠く離れた神殿とは別組織の収容所へ渡したと見せかけるため。
そしてロゼが男に負わせた傷が聴取記録に載っていなかったのは、聴取する前に既に男はいなくて、身体の検分さえもまだしていなかったから。これは恐らく、傷の部位が足首の内側と見えにくいところにあったのも理由だろう。捕縛した時の隊員の証言に基づいて身体の状態を書いたのだろうが、見えにくいその部分は見逃されてしまったのだ。

しかしここまでの仮説には、一つ穴があった。いなくなった男は、ロゼが負わせた足首の深い切り傷以外にも決して軽くはない傷を負っていた筈だ。あの状態で厳重な警戒が敷かれている神殿、それも地下牢から一人で脱出する事など不可能に近い。

「……脱走した男は、誰と、今どこに」
「あぁ、そこは流石に分かりませんでしたか」
「――レライ様」

含みのある言葉をロゼに投げかけるレライを少し咎めるように、リデナスが彼の名を口にする。眉間に深く皺を寄せて小さく首を横に振る様は、まるでこれ以上はロゼに教えてはならないと言わんばかりだった。


「リデナス隊長、貴方は昔から変わらず頭が硬いですね。ここまで知ってしまったのなら、潔く教えるべきでしょう?――シュワルツェ、あの男はね。殺されたんですよ」

放たれた言葉に、だがしかしロゼは驚かず、空の両拳をぎゅっと握りしめただけだった。

レライがロゼに告げた一言に、リデナスは深く溜息をつき、その話の続きを慎重に語り出した。

「……捕縛された日の夜、何者かが地下牢に侵入して犯人の男を暗殺した。男が入れられていた檻の外には常時見張りがつけられていたが、その時は丁度交代の合間だった。たった数十秒の間に男は殺され、残ったのは原型を留めない程に痛めつけられたと、壁にこびり付いた血痕だけだった。――遺体を見ても分からないので定かでは無いが、壁に残った血の跡から考えて、男が騒ぎ立てないように最初に喉元を切って殺したと考えられる」
「……そして遺体を刻み、焼いたと。余程我々神殿の者に見られたら不味いものが、男の身体にあったんでしょうか」
「恐らくはそうだろう。……この事実は神殿の上層部によって秘匿される事が決定している」

成程、原型を留めていない遺体を見ても、生前どこに傷を負っていたのかなど分かるはずもない。――それに、というのもあながち間違ってはいない。巧妙に隠された事実に、当事者であるロゼ以外の者が気付く可能性はかなり低いだろう。

「……しかし何故、私に隠す必要があったのですか。当事者であり被害者でもある私には、充分に知る権利がある筈です」

事実を明かされてなお、ロゼは心を落ち着かせることが出来なかった。
ロゼが不可解さに気付いてバルバ収容所を訪れなければ、この事実は永遠に知らされることは無かったのだろう。誘拐未遂の被害者であり、この不穏な騒動の渦中に居るロゼには、それが納得出来なかったのだ。

「……ここまで話したのなら、分かっていることを全て共有しよう。宜しいですよね、レライ様」
「はは、そう疲れた顔をしないで。もちろん私は賛成ですよ」

引き下がるつもりのなさそうなロゼを見たリデナスは大きな息を吐いて茶色の椅子に深く腰かけ、揉みほぐすように自身の眉間を押している。あからさまに疲れを滲ませている部下を見て、疲れの元凶である美丈夫はからからと笑いながら合意を示した。

「……先程も言ったが、男が暗殺されたのは監視についてる者が交代する一分にも満たない間だ。この事実は、此方の管理情報が相手に筒抜けになっている事を意味する」
「………………神殿の中に内通者がいるということでしょうか」
「そうだ。しかも一人二人の話では無い。お前を誘拐しようとした組織は神殿の一部と繋がり、そして恐らくは財政界にも太いパイプを持っている。それが分かるのが、この装置だ」

リデナスは机に積み上げられた書類からひとつの封筒を取り出し、その内の紙の一枚をロゼの方へと押し出した。
机に近付き、紙をのぞき込む。そこには、銀で彩られた一つのリングのようなものが描かれていた。
ロゼは見てすぐ、このリングが何なのかに気付いた。

―――あの、逃げた男が持っていた首輪だ。

犯人の一人がロゼを連れ去ろうとした際に、首に嵌めようとした首輪のような形状のもの。それが、ロゼが覚えている以上に精密に描かれていた。

「これは、最近他国の大領主が脱税で捕らえられた時に見つかった物だ。その首輪を嵌められたものは、一時的に神力が使えなくなる。………つまりは、違法に作られた"神力封じ”の首輪」

ロゼはその事実に目を見開き、そして納得した。首輪が自分の首に嵌められた際、金属特有の冷たさとは別にひやりとした感覚を味わったのを、未だに覚えていた。体の芯から冷めるような、常に身体を巡っているものが吸い取られてしまうような感覚だった。あれが"神力封じ”であると言うのであれば納得がいく。

「その所有者である大領主は首輪の開発者に出資しており、売買については全権を持っていた。その首輪が見つかった際に売買の記録を探し出し確認したが、量産の過程には至っていなかったため売買されたのは十にも満たず、全てが地方豪族や財政界の重鎮などによって高額で取引されていた」
「まあ、流石にそこまでのお偉い様方を相手取るのも得策では無いからね。借りという事で、私を含めた上層部は目を瞑った訳ですよ。さて、話を戻しましょう。そんな代物を、君を連れ去ろうとした組織が持っていた」
「……つまりは組織にその首輪を渡した、組織に繋がりのある権力者が居ると、そういうことでしょうか」
「そう。そうなると、こちらも迂闊に動くことが出来ないのです。神殿にも繋がりがあると言うのであれば、他にも腐るほどパイプを持っているのでしょう」
「……男の暗殺を明るみにしない理由は、分かりました。ですが、それが何故私に隠すことになるのか納得ができません」

なお説明を求めるロゼのいつにない強い瞳に、リデナスはぐっと息を溜め込み、そして吐き出すようにして口を開いた。

「……言いたかったのは、そこでは無い。組織単体ではなく数多の権力者を相手取るのならば、自体の真相を知る上で当然リスクを伴う。既に渦中にいる、恐らくは同調性の素質を持つ故に組織に狙われているお前とて例外では無い。……………………だから知らせないようにと、判断したのだ」
「……それは、リデナス隊長の判断ですか?」
「――それ、は」

普段はきはきと物事を口にするリデナスにしては珍しく言い淀み、それ以上を言葉にすることなく口を閉じてしまった。

そんなリデナスの様子をつと横目で見たレライはさも楽しそうに口角を上げ、その名を口にする。


「判断したのは、ゼルド=ロード。君がよく知るあの男ですよ」


名を聞いた瞬間、ロゼは弾かれたようにして俯けていた頭をあげ、目を見開きながら困惑を顕にする。

「なっ……なぜそこで、ロードさんの名前が」
「…………ロードにもロードなりの考えがあるんだろう。そこのところは、分かってほしい」

リデナスの顔は真剣で、まるでロゼの知らないゼルドを理解しているような言い方だった。本人はそのつもりで言ったのではないだろう。だがしかし、今のロゼには尊敬しているはずのリデナスの言葉でさえ自分を苛むもののように聞こえた。


…………分かって欲しい?何をだ。ロゼがリスクを背負うことに、何故一個人である彼の配慮が働くのか。リリーを巻き込んだ自分が何も知らずにのうのうと日々を過ごし、ただ守られて、それが最善だとでも言うのだろうか。

ロゼは今、自分の腹の中で怒りに似た感情が燻り、行き場もなくのたうち廻るのを感じていた。

聴取記録を許可を取ってまで確認し、許可証を得て収容所まで行ったその行動力の根底には、犯人について知りたいという思いの他にも、親友のリリーを巻き込んで致命傷一歩手前の大怪我をさせてしまった事に対する贖罪と、そしてその傷を与えた人達に対しての怒りがあった。

……自己満足かもしれない。だが、それでも自分の出来る精一杯で元凶となった相手を捕まえる手助けがしたいと、生半可な思いではなく本当にそう思っていたのだ。


しかしその思いは、まるで自分だけが蚊帳の外のように扱われたことで否定されてしまった。そしてロゼにとって、否定したのは紛れもなく彼だ。



「ロードなら、今は執務を終えて自主訓練をしている筈ですよ。先程廊下で目にしましたから」

まるでロゼの心を見透かしたかのようなタイミングで与えられた選択肢。ロゼはレライとリデナスに一礼してさっと身を翻し、足早に部屋を出ていった。















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