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一章
閑話 眠り姫
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リデナスとフランチェスカ、それとレライが病室をあとにした後、ゼルドはずっとベッドの傍に立ち尽くしていた。
「……水がぬるくなってきてる。変えのものを持ってくるよ」
シュデルはそっと立ち上がり、ベッドの傍に置かれていた水差しとタオルを持って病室の出口へと足を向ける。ぱたん、とドアの閉まる音がした後、病室は物音ひとつ無いほどに静まりかえった。
ベッドの横にまるで山のように静かに佇んでいた男は、暫くの後に背を少し屈め、眠っている少女の頬へと手を伸ばす。その頬は赤みが指し、薄らと汗が滲み出る肌はまるで男の指に吸い付くようだ。
男の手が赤い頬を一度撫ぜ、そしてその指が輪郭の曲線を辿るようにして閉じられた瞼へと這っていく。その仕草はまるで、あの焦げ茶色の瞳が自身を見詰めるのを待ち望んでいる様だ。だがその瞼は依然として開かず、ぴくりと震えることさえもしない。頬に赤みが刺していることを除けば、まるで死人のようにその少女は眠り続けている。
男はその様をじっと見詰めながら、ある日のことを思い出していた。
あの、少女に対して初めて怒りに似た感情を覚えた日。小さなこの少女は、その日から何処かぎこちなく男に接するようになった。その態度はまるで少女が放った言葉の裏付けのようで、男を拒み、苛むものだった。
「――離すものか。今更、もう遅い」
男は邪神のように顔を歪め、自身を嘲るようにそう呟いた。熱の篭った、怒りのようなその呟きに対して少女が答えることは無く、ただ月明かりの射す静寂の中に消えてゆく。
ベッドに横たわる身体に、大きな影がゆらりと落ちる。
覆い被さるようにして椅子に座りながら背を屈めた男は、少女の両目をその大きな片手で覆い、もう片方の手でゆっくりと桜色の唇を撫でた。
柔らかなそれは男の指を拒むことなく、ただ吸い付くようにして艶めかしく光り、男の目に映る。
指がその唇の間、僅かに開かれた隙間に触れた時、少女の眉がぴくりと動き、男の太い節くれだった指を一本、浅く口に含んだ。
「――っ」
――保たれていた何かが、決壊したようだった。
男はすぐさま指を引き抜いて少女の唇に、自分のものを強く押し付ける。ぐっと割開かれた唇は抵抗することなく、口全体を覆うような男の口付けを受け入れた。
男は苦しそうに顔を歪めながらも、自身の首の角度を変え、寝そべる少女の小さな身体を痛い程に掻き抱き幾度となく己の感情を少女へとぶつける。
ふと細い首に回っていた手の指が顎に触れ、そして力の入らない口を強引に開かせた。
「っん、ぅ」
意識のない少女の喉から、くぐもった音が発せられ、眉が苦しげに寄せられる。だが男が止まることはなく、小さな口の中では肉厚の舌が縦横無尽に艶めかしく動きまわり、まるで我が領分とでも言うように貪り続けている。
もはや口付けと呼ぶに相応しいのかさえ分からない程の光景は、例えるなら捕食がふさわしいと言えるだろう。部屋に水音が響き渡るのを気にも止めず、男は少女の口から零れた唾液を甘味の如く口に含み、喉を鳴らして飲み干した。
もはや何も聞こえないような男の耳に、不意にカタリと何かがぶつかる音が聞こえた。男は少女から目線を逸らし、音のした方へと顔を向ける。それは男が病室の壁に立て掛けた、自身の獲物だった。
窓から差し込む僅かな光を反射して輝く黒は、厳格な隊服を彷彿とさせる。
「……」
男は夢から覚めたようにさっと少女から手を離し、その身を再びベッドに横たえさせた。
そして立ち上がり、部屋の扉までその長い脚で歩いていく。しかし部屋から出ることはせずにピタッと立ち止まり、扉近くの壁へと――激しく、それはもう激しく、頭突きした。
ドガァッッ
「……」
壁に亀裂が入るほどの衝撃は病室に留まらず、病棟全体に響くほどだった。にも関わらず、相当の石頭であるのか男は打撃を受けた様子もなく無言でもう一度頭をぶつけ始める。
「っえ、何!?なにごと!?」
その音と振動に慌てて駆けつけたシュデルは、壁に自身の頭をぶつけながら血を流しもしない真顔の男を見て、盛大に首を傾げるのだった。
哀れにも二度の打撃を食らわされた壁の穴は、暫くの間は布を掛けることで隠されることとなる。
「……水がぬるくなってきてる。変えのものを持ってくるよ」
シュデルはそっと立ち上がり、ベッドの傍に置かれていた水差しとタオルを持って病室の出口へと足を向ける。ぱたん、とドアの閉まる音がした後、病室は物音ひとつ無いほどに静まりかえった。
ベッドの横にまるで山のように静かに佇んでいた男は、暫くの後に背を少し屈め、眠っている少女の頬へと手を伸ばす。その頬は赤みが指し、薄らと汗が滲み出る肌はまるで男の指に吸い付くようだ。
男の手が赤い頬を一度撫ぜ、そしてその指が輪郭の曲線を辿るようにして閉じられた瞼へと這っていく。その仕草はまるで、あの焦げ茶色の瞳が自身を見詰めるのを待ち望んでいる様だ。だがその瞼は依然として開かず、ぴくりと震えることさえもしない。頬に赤みが刺していることを除けば、まるで死人のようにその少女は眠り続けている。
男はその様をじっと見詰めながら、ある日のことを思い出していた。
あの、少女に対して初めて怒りに似た感情を覚えた日。小さなこの少女は、その日から何処かぎこちなく男に接するようになった。その態度はまるで少女が放った言葉の裏付けのようで、男を拒み、苛むものだった。
「――離すものか。今更、もう遅い」
男は邪神のように顔を歪め、自身を嘲るようにそう呟いた。熱の篭った、怒りのようなその呟きに対して少女が答えることは無く、ただ月明かりの射す静寂の中に消えてゆく。
ベッドに横たわる身体に、大きな影がゆらりと落ちる。
覆い被さるようにして椅子に座りながら背を屈めた男は、少女の両目をその大きな片手で覆い、もう片方の手でゆっくりと桜色の唇を撫でた。
柔らかなそれは男の指を拒むことなく、ただ吸い付くようにして艶めかしく光り、男の目に映る。
指がその唇の間、僅かに開かれた隙間に触れた時、少女の眉がぴくりと動き、男の太い節くれだった指を一本、浅く口に含んだ。
「――っ」
――保たれていた何かが、決壊したようだった。
男はすぐさま指を引き抜いて少女の唇に、自分のものを強く押し付ける。ぐっと割開かれた唇は抵抗することなく、口全体を覆うような男の口付けを受け入れた。
男は苦しそうに顔を歪めながらも、自身の首の角度を変え、寝そべる少女の小さな身体を痛い程に掻き抱き幾度となく己の感情を少女へとぶつける。
ふと細い首に回っていた手の指が顎に触れ、そして力の入らない口を強引に開かせた。
「っん、ぅ」
意識のない少女の喉から、くぐもった音が発せられ、眉が苦しげに寄せられる。だが男が止まることはなく、小さな口の中では肉厚の舌が縦横無尽に艶めかしく動きまわり、まるで我が領分とでも言うように貪り続けている。
もはや口付けと呼ぶに相応しいのかさえ分からない程の光景は、例えるなら捕食がふさわしいと言えるだろう。部屋に水音が響き渡るのを気にも止めず、男は少女の口から零れた唾液を甘味の如く口に含み、喉を鳴らして飲み干した。
もはや何も聞こえないような男の耳に、不意にカタリと何かがぶつかる音が聞こえた。男は少女から目線を逸らし、音のした方へと顔を向ける。それは男が病室の壁に立て掛けた、自身の獲物だった。
窓から差し込む僅かな光を反射して輝く黒は、厳格な隊服を彷彿とさせる。
「……」
男は夢から覚めたようにさっと少女から手を離し、その身を再びベッドに横たえさせた。
そして立ち上がり、部屋の扉までその長い脚で歩いていく。しかし部屋から出ることはせずにピタッと立ち止まり、扉近くの壁へと――激しく、それはもう激しく、頭突きした。
ドガァッッ
「……」
壁に亀裂が入るほどの衝撃は病室に留まらず、病棟全体に響くほどだった。にも関わらず、相当の石頭であるのか男は打撃を受けた様子もなく無言でもう一度頭をぶつけ始める。
「っえ、何!?なにごと!?」
その音と振動に慌てて駆けつけたシュデルは、壁に自身の頭をぶつけながら血を流しもしない真顔の男を見て、盛大に首を傾げるのだった。
哀れにも二度の打撃を食らわされた壁の穴は、暫くの間は布を掛けることで隠されることとなる。
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