魔女ハンナと従士クレイ

朝パン昼ごはん

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第70話 ひゃっきやぎょう①

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 迫り来る悪鬼の群れ。
 その集団に向かってクレイは駆け出した。

「ああっ、もう!」

 舌打ちしながらも、培ってきた修練は剣の冴えを錆びさせること無く、強烈な一閃を浴びせた。
 風に吹き飛ばされる木の葉の如く、鬼たちが吹き飛ばされていく。
 それは、攻撃を与えたクレイも驚かせるものであった。
 手応えがなさ過ぎる。
 彼らの行動は緩慢で散漫で、隊列などありはしない。数を頼みに押し寄せてくるだけだ。
 そして攻撃も、無軌道に各々が武器を振り回し、近づいてくる。
 クレイはただ、距離を取れば良かった。

 しかし、しかしだ。奴らが押し寄せる先は街。
 そのまま大軍を通り過ぎるのを許してしまっては、どうなるかは明らかであった。
 クレイは剣を薙ぎ払って行く先へと駆け抜け、前へと立ちはだかる。

「お前ら、僕が相手だ!」

 遠くの目標より近くの得物。
 群衆の波に変化が起こり、クレイのほうへと足を変えてやってくる。
 個々は大したことが無い。
 だが。
 奥を見据えるクレイの眉が曇る。
 多い。相手をするには多すぎるのだ。
 如何に一太刀で叩き伏せようとしても、クレイの腕は二本である。
 しかし相手は多勢。
 呼吸が整わぬうちに繰り出された暗闇剣法の反撃に、剣が届かぬ可能性があった。

 だがクレイに焦りは無い。乱れは無い。
 冷静に間合いを測ると届かぬ位置まで体を動かし息を整える。
 自分は一人で戦っている訳ではない。
 自分には仲間がいるのだ。それも頼もしき仲間が。
 まあ今は余計な物がひとつついて回るが。

 ヒュンヒュンと剣が振るわれる。
 それは周りの空気を斬り裂き、力強い音をふるわせる。
 自分にはこの剣技があり、そして後ろには魔女が控える。
 なんの苦慮があろうか。
 剣を水平に構えながら、クレイの脚が軽やかに韻を踏む。

 たん たたん たたたん たん

 静かだが、確かな韻。

 その僅かな音に、軍勢の行進が止まる。
 興がわからぬ無粋な輩が一兵、列から乱れて前へと出た。
 しかしその武器がクレイへと届く前に、兵はどうと地に伏した。
 クレイの袈裟斬りを受けて骸をさらしたのだ。
 今ここにいるのは、少女のからかいをかわせぬ未熟な少年などではない。
 魔女の加護を受けてアヤカシと戦う、従士であった。

 アヤカシ達と戦うクレイの勇姿。
 その背を見つめながら、ハンナとノエルは詠唱を開始する。
 互いに肩を合わせ、背中をつけるように。
 鏡合わせみたいに並ぶその姿は。さながら蝶のようでもあった。

 ハンナが両手に構えるは、年季の入った老木杖。
 ノエルが両の手に揃えるは、若木の小杖とカードの束。

「合わせるわ。貴女が彼を支えてあげて」

 ノエルの言葉にハンナは頷き、魔法を行使した。
 高らかな響き。それが瞬く間に広がって周囲を浄化し、悪鬼を押しのけ誰も入れない光の円を生み出す。

 ぎっしゃーーーー

 無理矢理押しのけられた鬼が炎に包まれ、奇声をあげた。
 円の中からクレイが飛び出し、遅滞する軍列に剣を見舞う。
 振るわれれば数体、糸が切れたように地に伏す。
 クレイの剣は輝いていた。
 薄暗い霧、雲霞の如くの敵影の中で、それは真っ赤に燃えていた。
 炎の剣。
 燎原の火という言葉がある。
 それを証明してみせようと、立ちつくす悪鬼に更に斬撃を加え、炎の壁を生みだした。
 英傑は火など恐れぬ。
 眼前に広がる炎に、悪鬼たちはたじろぎ下がった。
 クレイはものともせず壁を突き抜け敵を斬りふせた。
 それが実力の差であった。
 勇者の登場に、魔女が誉れを称え歌うのだ。

 ♪燃ゆる心は戦場が燃えているからか ♪逸る心は我が脚が駆けていくからか
 ♪遠き者よ音に聞け 近き者よ目によ見よ
 ♪おお勇者よ 猛き勇者よ 其に勝とうなどとは
 ♪誰ぞおらぬか 勇者はおらぬか ♪ここに一人 勇者が一人
 ♪他は全て臆病者ぞ

 たん たたん たたん たん

 それは剣の舞であった。
 振るう剣に吸い込まれるように悪鬼が斬り裂かれていく。
 実際は動く先を制し、クレイがその軌道を遮るように剣を放っているのである。
 しかし見る者には、剣の先に導かれて自分から斬られに行ってるように思えたのだった。
 遠く離れた城塞から歓声があがる。
 はっきりと、クレイの耳に聞こえてくる。
 剣舞の勢いは衰えず、周りを巻き込みながら範囲を広げていく。
 やがてクレイを中心に、何もない円が出来上がった。

 すぐさまその半径を狭めようと、悪鬼が押し寄せる。
 だがその足先が踏み込むより先に入った物があった。
 悪鬼も、クレイも、それに目を止めた。
 それはカードであった。
 クレイは誰が投げ入れたのかを、それで察した。
 足を止める目の前の悪鬼に、容赦のない攻撃を加え輪を広げた。
 背後から、ハンナとは別の詠唱が聞こえてくる。

 ♪有象無象の雑魚がいっぱい ♪たった一人に情け無い
 ♪ほらみてビビってる震えてる ♪ざぁこざーこ なっさけない
 ♪あんた達馬鹿じゃないかしら 何のための兵士なんだか

 ハンナとは違う韻に、クレイの調子が狂う。
 だがその詠唱には確実に魔力が込められていた。
 ハンナの魔法はクレイを鼓舞する物であった。しかしてノエルの魔法は。
 魔力の奔流はクレイを通り抜けて、地に刺さるカードらへと流れていく。
 魔力が注ぎ込まれたカードが次々と膨らみ、別の形を取っていく。

 騎士であった。
 同じ意匠をあつらえた物を身につけてクレイの周りに現れる。
 襲いかかる悪鬼の群れからクレイを護るように、輪になって外周を警戒する
 重厚な鎧と大楯、そして長槍に兜。
 厚みに覆われ表情は窺いしれない。
 だがクレイを取り囲むようにあらわれたその一団は、まさしく王子を護衛するかのような騎士団であった。

 バン バン バン
 バン バン バン

 長物で盾を叩き、周囲を威嚇する。
 クレイが前へと出れば、それを中心にして彼らも前へと出る。
 ここは我らにお任せを。そんな声が聞こえてくるかのようだった。
 だがクレイは従士である。
 アヤカシを前にして、ただふんぞり返るだけの愚か者ではないのである。
 クレイは剣を掲げた。
 背の低い自分が、鎧壁に隠された自分が、相手へにも分かるように。
 従士である自分が、戦闘の中心になろうとする自分が、付き従う騎士らに号令するように。
 大きく剣を掲げ、クレイは叫ぶのだ。

「いくぞ!」

 輪から大きく飛び出し、クレイが剣を地面に叩きつけるように放つ。
 切っ先から炎が噴き出して前方にいた数体を火に包ませた。

 クレイが身体を起こすより速く、騎士が前へと出て同じように剣を振るった。
 体勢の整わないクレイの隙をカバーし、攻撃してきた悪鬼を逆に追い払う。
 先ほどは一人であった。だが今は数人。
 身を起こし、息を整えるクレイの周りで、騎士たちは盾を掲げて護ろうとしている。
 つけいる隙は与えないのだ。

 ♪弱いから群れるのね ♪何も出来ないから叩くのね
 ♪そんな蚊の鳴くようなことで何をしたいのかしら
 ♪何も出来ないならとっとと失せなさいな ♪ざぁこざーこ なっさけない
 ♪本当の強さって奴 見せてあげるわ

 ♪戦場に現るは勇者の姿 その勇士は気高く強く
 ♪おお勇者よ 猛き勇者よ 此処は我らにお任せを
 ♪盾を掲げて付き従うは誇り高き騎士の団
 ♪剣と盾にて何を護る
 ♪友と民 愛する者のため 共に戦う勇ましき者のために
 ♪ここに現る 勇士らが現る ♪他は全て撫で斬りぞ

 駆け抜けるクレイの後に魔女二人。
 背中合わせに唱えながら、その行く先を見守っている。
 二人の周りには何もいない。悪鬼は全て斬りふせられていた。
 クレイと騎士は敵影が見える場所にへと。
 そしてハンナとノエルは、残って祈りを捧げるのであった。
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