魔女ハンナと従士クレイ

朝パン昼ごはん

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第71話 ひゃっきやぎょう②

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 セカドの城壁。その上部外周からは街の外良がよく見えた。
 いつも見ているのとは違う景色。
 その中で魔女と従士たちがアヤカシの群れと戦っている。
 人々はそれに歓声を上げながら見守っていた。

 成程、確かにこれだけを見てれば見世物である。
 複雑な感情を抱く者が出るのも無理は無かろう。
 だが、街の者にとっては毎度のことであった。
 これが初めてのことであれば恐れもしたであろう。震えもしたであろう。
 しかし、アヤカシがこの街にまで到達出来たことは一度も無い。
 全て魔女たちに撃退されているのだ。
 その実績は安心に繋がり、そしてその勇姿を見たい応援したいという欲求にも繋がった。
 テーブルや椅子には飲み物はあるが、酒色の類は見当たらない。
 街の人は街の人なりに、魔女に敬意を払っているのである。

 観客の一人が、ハンナ達がいる方向へと目を奪われていた。
 そこには変化が起きていたからだ。
 悪鬼の群れ。列をなしていたそれが、密集隊形を取り始めたのだ。
 黒い物体が集まり大きくなっていく。
 横に広がっていたのが、縦に大きくなっていく。

「おお……見ろ、あれを」

 それを見ていた一人が指さした。
 隊列は凝固し、高く高く伸び上がり、一匹の悪鬼と化した。
 巨大な、上半身を這いずる化け物へと。
 その手に持つ剣を杖代わりに、這いずりクレイたちへと向かってくる。
 重さに身体が耐えきれないのであろう。
 ぐらり。
 巨体が更に揺れる。
 化け物兵は崩れ落ちるように前方へと倒れこむ。
 その範囲にはクレイと騎士団の姿があった。

 潰された。そう思った。
 しかし巨体に隠れるかと思った一団は、そうはならずはっきりとした姿を見せていた。
 替わりに、倒れこんだ巨兵が四散し、辺りへと飛び散っていた。
 遠くからでは、よくわからなかった。
 しかし、彼の者がアヤカシの攻撃を防いだのだということは、理解出来たのだった。

 ・
 ・
 ・

 圧せ 圧せ 圧せ 圧せ♪ よせる敵方 我らは味方♪
 退くも行くもままならず♪ そうさここは戦場よ♪
 ままならずが通りなら 無理を通して生きようか♪

 クレイたちを取り囲む悪鬼達はかなわぬとみるや次なる策を講じてきた。
 互いに身をすり寄せ、押しくら饅頭のように集まり出す。
 欠損していた部位同士がくっつき、繋ぎ合わさっていく。

 がしゃり がしゃり

 具足を軋ませながら絡み合う悪鬼は、その質量を大きくしていく。
 上へ上へ。
 騎士と同じくらいの背丈だったはずが、今は優に追い越している。
 高く、より高く。
 いびつに複雑に絡みあった悪鬼の群れは、一匹の巨人へと化したのだった。

 がしゃり がしゃり

 無理矢理大きくなった弊害なのか、動く度にボロボロと元になった一部が剥がれ、地に落ちていく。
 それでも悪鬼は動くのを止めない。
 標的はクレイとその周りへと定められていた。

 圧せ 圧せ 圧せ 圧せ♪ ほうらゆくぞ倒れるぞ♪
 退けば押せ押せ 押されば押し返せ♪
 どうせ屍を晒すこの身なら いくぞいくいく前のめり♪

 巨大な影がさらに大きく見える。
 巨兵がその身体を頼りに押しつぶそうとしていきたのだ。
 何処へ逃げようとも、その影響からは避けられそうもない
 クレイ達は頭上を見上げて足を止めた。
 諦めたのか。
 否。覚悟したのである。

 ♪剣を掲げて勇士は進む 盾を掲げて勇士は進む
 ♪道行く困難臨む所 戦場に臆する場所は無し
 ♪振るえ 友を護るために 奮え 戦に勝つために

 ♪柱と思えばでくの坊 なあにどちらも変わらない
 ♪中身が無い無い 器が無い ♪ほうら見なさい倒れてる
 ♪何もしてないのに倒れてる ♪橋替わりにして進もうか
 ♪役に立てて良かったでしょう

 その覚悟を魔女が押し上げる。
 魔力の奔流が騎士達を包んだ。
 迸る奔流が彼らを繋ぎ、大きな輪を描く。
 その真ん中にて、クレイも足下から光を迸らせていた。

 だん だだん

 クレイがたたらを踏めば、地は震え草木は揺れる。
 それが合図と騎士らが盾を頭上へと掲げた。
 輪が強調され、光が濃くなっていく。
 クレイの剣。騎士の盾。
 円と点は交わり広がり、魔力で出来た傘を象るではないか。

 クレイが上に向かって突きを放つ。
 騎士達もそれに合わせて盾を突き上げた。
 クレイ達の頭上に光輪が生まれ、巨兵を受け止める。
 輪に受け止められた衝撃は、こちらにもフィードバックされるのであろう。
 盾を掲げる騎士の腕が軋みをあげていた。
 だが、それでも騎士たちが無様な姿を晒すことはなかった。
 うめき声一つすらあげない。
 彼らは騎士だからだ。
 勇士を護るために魔女に遣わされ、使命を全うしようとしているからだ。

「押し返せ!」

 クレイが声を張り上げた。
 それに合わせて騎士達も両の腕と脚に力をこめる。
 下からの突き上げによって光輪の層は輝きと厚みが増す。
 何度も、何度も、何度も突き上げ、増していく。
 幾度となくくり返されたのち、光輪は爆散した。

 その衝撃で巨兵は脆くも吹っ飛ばされる。
 火薬樽にしがみついていたように高く吹っ飛ばされていく。
 繋ぎ合わさっていた巨兵のあちらこちらが破損していった。
 高く飛ばされた衝撃に、弱くなっていた箇所は耐えられることもなく、散り散りに砕け散っていった。
 地に着地出来たのは、どこがどれやら分からぬ部位ばかり。
 瓦礫クズともいってもおかしくない、既に人の形はしていなかった。

 前を塞いでいた巨兵がいなくなり、視界が開ける。
 クレイの目は、先を見据えており、警戒を緩めてはいない。
 当然であろう。まだ敵影は無くなっていないのだから。
 前方から続々と、アヤカシはやってくるのだから

 行け 行け 行け 行け♪ 進軍命令 やらねばなるめい♪
 昨日は友 今日は骸♪ そうさここは戦場よ♪
 殺るか殺られるか 死ぬのはどっち♪ それを決めよか参ろうか♪

 戦歌を吠え武器を構えながらアヤカシがやってくる。
 悪鬼の群れがこちらにへとやってくる。
 だが、退く訳にはいかない。
 奴らはこちらを見てはいない。
 虚ろな眼ははるか遠く。街の方へと向いているのだ。
 だから、ここを通す訳にはいかない。
 クレイは大きく息を吐くと、両脚に活を入れた。

「こい! 化け物!」

 気炎を吐くクレイ。その前へ騎士が歩を進めた。
 盾を構え、奴らの行く手を塞ぐように並び始めたのだ。
 横一列に構えるその陣形は、盾の壁となった。
 ここは我らにお任せを。
 そんな声が聞こえるかのようだった。

 後方より放物線を描き、クレイの頭上を飛び越して何かが飛んで来た。
 それは盾の陣の向こう、悪鬼らの前へと落ちた。
 隊列の隙間からクレイは、それが何かを確認しようとし、理解した。
 カード。雷が描かれたカードであった。

 ♪馬鹿は死ななきゃ治らない 死んでも治らないのはどうしよう
 ♪叩いて治れば儲けもの それでも来るのは愚か者
 ♪雷落ちてビビる顔 阿呆面馬鹿面間抜け顔
 ♪さあさあ見せてみなさいな 踊る阿呆や踊らにゃ損損

 敵の行進を阻む騎士達。それはクレイの視界を防ぐためでもあった。
 地に刺さっていたカードは、その小ささとは裏腹に、凄まじい音と閃光を放った。
 爆音は騎士が盾になっていても、それ越しにはっきりと伝わってくる。
 爆心地にいた兵どもがどうなったか。それは想像に難くない。
 クレイの考えを裏付けるように、その答えがバラバラと、周りに散らばっていくのがわかる。

「わっ」

 目の前にその一部が降ってきた。
 前ばかり警戒していたせいで、遙か頭上の落下物までには気が回らなかった。

「これ、狙ってやったのか?」

 そんなことはない。そんなことはないはずである。
 魔女が従士を攻撃することなど無い。そんなことする理由が無い。
 だが。
 クレイの心中にノエルの顔が浮かぶ。アヤカシよりも占める割合が大きかった。
 迷いを振り払い、クレイは剣を構える。
 まずは目の前のことに集中しよう。クレイはそう考えた。
 なぜなら、敵影はまだまだやってくるが見えたのだから。
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