魔女ハンナと従士クレイ

朝パン昼ごはん

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第61話 ドーサン

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 気配がして、クレイは目が覚めた。

「あら、起こしちゃったかしら」

 ドアを閉めながらハンナが声をかける。
 自分はどうやら眠ってしまっていたらしい。

「いや、気にしてないよ」

 起き上がって窓をみれば、まだ外は明るい。
 そんなに深くは寝入って無いようだった。
 良い匂いが、起き抜けの身体に誘ってくる。見れば卓に食事があった。
 ちょうど二人分。ハンナが持ってきてくれたのだろう。

「声をかけようかどうか迷ったけど、起きたのなら都合が良いわ。食べる」
「ああ、食べるよ」

 卓へと近づき、パンをスープにつけながら口へと運ぶ。
 温かみが目を覚ましてくれる。
 遅めの朝……いや昼食になるのだろうか。
 どちらでも良い。
 腹に入るなら何時でも同じことだ。

「クレイが寝ている間に、依頼を受けてきたの」
「へえ、そうなんだ。どういった依頼?」
「それがね、一つしか無いんだって」
「へえ?」

 ハンナはクレイに、老婆に言われたことをそのまま伝えた。
 この街に襲ってくるアヤカシのこと。
 大勢の魔女で立ち向かうことを。
 クレイはそれを聞きながら、まるで戦争だなと思った。
 古戦場で弔うには、そのように大がかりになる必要があるのだろう。

「それでね、街で色々と聞こうと思ってるの」

 自分たちはアヤカシのことを何も知らない。
 戦うにあたって無知というのは窮地に飛び込むようなものだ。
 さいわい、ここでは恒例のこととなっている。
 街の人々に聞けば、アヤカシについて分かることがあるに違いない。

「クレイはどうする?」

 ハンナはそう尋ねてくるが、クレイの心は決まっている。
 情報を集めるのに魔女が出かけるなら、従士はついていくだけだ。
 自分もこの街のことを何も知らないのだ。

「もちろん行くよ。じゃあ食事が終わったら行こうか」
「ええ、そうしましょう」

 ・
 ・
 ・

 食事をすませ外へと出かける二人。
 眺める景色は、塀の高さを除けば特に真新しいものは感じられなかった。
 行き交う人々。軒を連ねる商店。たまにすれ違う衛兵たち。
 それらはセカドでも見たものである。

「誰に聞こうと思ってるの?」
「そうね、街の人に聞こうと思ってるけど、その前に行って見たいところがあるの」
「へえ、何処に?」
「あそこ」

 ハンナは頭上を指さした。先は街を囲む塀の上。
 あそこまで昇ってみたいと彼女は言うのだ。

「僕たちだと入れないかもよ?」
「その時は仕方ないわね。街を散策してみましょうか」

 塀にそって歩けば、格子状の扉があった。
 そこを覗きこむと上へ続く階段が見える。
 扉を押してみると簡単に開いた。蝶番が軋むだけで鍵はかかっていない。
 果たして入って良いものだろうか。クレイは二の足を踏んだ。

「ねえ、行ってみましょうよ」

 そう言いながら袖を引っ張るハンナの目はキラキラしていた。
 好奇心に満ちた、嬉しそうな顔だった。
 おそらくこの街に来たときに塀を見てから興味があったのだろう。
 あの上に何があるのか、彼女は知りたいのだ。
 仕方ない。
 怒られるにしても二人であれば半分ですむ。
 クレイもハンナの後を追うように、階段を上っていった。

 ・
 ・
 ・

 幾つ階段に足をかけただろう。
 壁にある見張り穴から見える景色が、少しずつ上にあがっているをわからせてくれた。
 はしゃいで駆け上がっていた二人の足も、今ではゆっくりとした運びである。
 首が痛くなるほどに見上げた高さ。
 それはわかっていたが、実際に上ってみて改めてその大きさを実感する。
 外の景色が見えなければ、自分たちはループに陥っていると錯覚したくらいだ。
 何度辿り着いたか分からない踊り場を蹴って、二人はようやく塀の上へと辿り着いた。
 昇ってきたハンナとクレイの身体を、涼やかな風が通り抜けていった。

「わあ……」

 ハンナが感嘆の声をあげた。
 高所から見る眺めは、平原の向こうまで見渡せ、地平線を確認することが出来た。
 吹き抜ける風が平原の畑や木々を撫でていくのが分かる。
 そして、街へと続く道を歩く、点々とした人々。
 当時、砦として使われていただけのことはある。
 ここから見渡す景色は、周囲を一望することが出来るのだ。

 塀の高所は、どうやら衛兵たちが巡回しているようだった。
 こちらに近づいてきても警戒される様子は無い。
 その様子から、ここは立ち入っても問題無い場所だと判断出来た。
 向こうで彼らが作業しているのが分かる。

「行って見ましょう」

 近づいて見ると、それは何かを準備しているようだった。
 小屋を行き来して、椅子やテーブルを配置していく。
 塀の路面には所々窪みがあり、そこのへこみに合わせて配置しているらしい。

「何をしているんですか?」

 作業中の衛兵に声をかけると、手を止めてこちらを見た。

「その帽子、お前さん魔女だね。じゃあ知らないってことは今年が初めてかな」
「え? ええ…、街に来たのは今日が初めてです」
「そいつは良かった。アヤカシを追い払うの頑張ってくれよ」

 屈託無く笑いながら、衛兵は中断していた作業に戻る。
 その背にハンナが問いかけると、手を動かしながら答えてくれた。

「見物客のためにな、椅子とか設置してるんだよ」
「見物ですか?」
「ああ、アンタらの退治を特等席でな」

 作業を手伝っている他の衛兵たちも、一緒になって笑う。
 ハンナたちは、それにどう答えていいかわからず、立ちつくしていた。
 特等席とはどういうことだろうか。
 困惑している態度が丸わかりだったのだろう。
 衛兵達が説明してくれた。

 毎年アヤカシを退治する必要があるのは、二人も聞いていた。
 だが、街の人々がそれを見物するのは知らなかった。
 なにぶん毎年の出来事である。
 最初は家に閉じこもって避けようとしていた人々であったが、街の外で行なわれている出来事を知りたがる者が出てきたのだ。
 最初は一人二人、こっそりと見る程度であった。
 やがて脅威がこちらまで来ないと言うのが知れ渡ると、堂々と見物する者が出始めた。
 脅威は低下したといえど、近場に来られては魔女達も気を使わなければならない。
 しかし幾ら言っても不届き者というのは現れるものである。
 色々と意見を交わし、折衷案として出たのが、こうして高い塀の上から見物するという事態なのだ。

 話を聞いてハンナの顔は複雑だ。これではまるで興業である。
 自分らはサーカスの芸人などでは無いと言いたかったが、別の疑問が湧いてくる。

「異界には引き摺り混まれないのですか?」
「異界? 俺たちはここから眺めてるだけさ。あんたらが戦っている場所には絶対に近づかんさ」

 どうやら人々は異界化を知らないらしい。
 アヤカシが弱体し続け、もう作るほどの力も持ってないのか。
 それとも街に何らかの結界が施されているのか、ハンナには分からなかった。
 しかしどうやら、住民の安全が保証されているらしいのは分かった。
 振り返り、塀から向こうを見渡す。
 広々とした景色。ここでどのような光景が繰り広げられるのか。

「ここから見る眺めは壮観なのでしょうね」
「ああ、アンタらが相手する姿はいつ見てもすげえぜ」
「おお、アレが押し寄せてくるとなるとぶるっちまうわ」
「ほんと、助かってるよ」

 賞賛を口にする衛兵たち。
 街の人は街の人なりに敬意を表してくれているのだろう。
 見世物では無く、魔女の勇姿を見たいのだ。
 ハンナはそう考えることにした。

 それから衛兵達と話こみ、多くのことを聞くことが出来た。
 ことが終われば、宴が開かれるらしい。
 だからこれは、戦勝会もかねての設営らしい。

「勿論、あんたらは飲み食い自由だ。たらふく食っても問題ないぜ」

 彼らに悲壮感は無い。
 いつものこと。負けることなど考えていない。そういう態度である。

 風にあたり過ぎたせいか、少々寒くなってきた。
 上ってきたときの熱も冷えてきたせいもあるのだろう。

「ハンナ、そろそろ行こうか」

 クレイにも促され、ハンナは頷いた。
 衛兵たちに礼を言って、今来た道を帰ることにする。

「なんか、期待されているね僕たち」
「ええ。街の人は勝てて当たり前みたいね」
「不安かい?」
「少しね」

 毎年のこと。
 だから街の人は気にしてないのだろうが、自分は初めてだ。
 不測の事態が起こらないとも限らない。
 そんなに強くない。この情報が確かならいいのだが。

「なんでよ!」

 一旦、魔女の大釜に戻ることにした二人が、扉をあけて耳にしたのは大きな抗議の声であった。
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