魔女ハンナと従士クレイ

朝パン昼ごはん

文字の大きさ
63 / 74

第63話 三者交わる

しおりを挟む
 最初は警戒感が強かったが、同年代とあってノエルとは打ち解けてきた。
 というか、聞いてないのに彼女が喋るのである。
 グイグイと押してくるのに相槌を打っているうちに、ノエルとの垣根は低くなっていった。

 彼女はどうやら一人で旅しているらしかった。
 同伴も居ない一人旅は色々と不都合が出るものだ。
 その具合悪さ、それも修行のうちらしい。

「他人が整備された道に沿って歩くだけって、それって旅っていうわけ? 私は違うと思うな」

 旅というのは苦労の連続である。
 その苦労から外れて己に克ったなどと、そんな顔をどうして故郷に見せられるものか。
 彼女はそんな考えらしい。
 ハンナには、彼女の考えが分かる気がした。
 本は知識を与えてくれるが、経験は与えてくれない。
 火は熱いと知っていても、その程度はやはり近づかなければ理解出来ない。
 肌に当たる感触。燃えさかる迫力。
 それは文字だけからは浮かびあがらない、大切なものだからだ。

 魔道書に旅路を記すのも、経験を生かすためである。
 同じ感触は得られない。
 だがそれを読み返す度に、その時のことが思い起こされる。
 忘れそうになっていたこと。忘れられなかったこと。
 それらがまた頭の中で再び動き、知識を活性化させる。
 知識と経験は片方だけでは動かせない。両の車輪のようなものなのだ。
 それがどうだ。彼女は魔道書すら持ってないという。
 魔道書が無くても魔法は行使出来る。だが持たないとは。
 その選択は、ハンナの頭中には無いものだった。

「ああ、ちゃんと宿代代わりに日記はつけているわよ」

 そう言って彼女は笑う。その表情は自信に溢れていた。
 ハンナは祖母フレイしか魔女というのを知らない。
 だがおそらくノエルは、魔女の中でも変わった存在だろう。
 未知。
 その存在にハンナは恐れではなく、好奇を覚えた。
 改めて見ればノエルは、杖さえ持ってないではないか。

「杖も持ってないの?」
「まさか。さすがに杖くらいは持っているわよ」

 そういってノエルは懐から杖を取り出してみせる。
 拳二つほどの小さな木製の杖。その先には小さな水晶がはめられていた。
 身長ほどもある長さのハンナの杖とは、まるで違う。

「小さいって思ってるでしょ」
「え、うん」

 言おうとしたことを先に言い当てられ、ハンナが言いよどんだ。

「私にはこれで充分なの。片手で扱えるくらいが調度いいわ」
「それって従士が居ないから?」
「それってどうなのかしら? 従士がいると杖が長くなるの?」

 尋ねられる疑問に、ハンナは答えられない。
 杖はそんなものだと思っていたからだ。
 しかしよく考えてみれば、詠唱と集中に長さは関係ないのかもしれない。

「いいえ。関係ないわ。ただ」
「ただ?」
「私にはこのくらいの方が使いやすいわね」

 ハンナの杖は自分の背丈ほどもある大きなものだ。
 しっかりしているほうが集中しやすい気がする。

「でしょう。あなたはその方が使いやすい。私はこの方が使いやすい。それでいいじゃない」

 あっけらかんとしている。彼女の師もそういう性質なのであろうか。
 生まれを尋ねようかとも思ったが、一時的な仲間である。
 あまり詮索するのも悪いと想い、ハンナはそれ以上踏み込むのを止めた。
 しかし、逆にノエルの方が踏み込んでくる。

「そこの従士さんとは旅の最初から一緒なのかしら。ひょっとしたら同じ生まれとか?」
「ええ、同じ村で育ったの」
「あらそうなのね。私は街育ちよ」
「この街?」
「違うわ。ここより南のほうよ」

 ノエルは二人とは違う場所からやってきた。
 そして線と線がこの街で交わったようである。
 街生まれと言うが、彼女に言わせれば村と変わらないらしい。

「だって何にも無いのよ。こうやって旅に出れる日をずっと待っていたわ」
「でも故郷に戻るんでしょう?」
「そうねえ」

 ノエルはクレイを値踏みするように見つめた。

「その前に旅先で素敵な人を見つける必要が有るわね」

 ハンナの顔に戸惑いが浮かんだ。
 魔女の旅を婿捜しと勘違いしてないだろうか。
 ひょっとして一人旅なのはそういうことを含めてなのであろうか。
 横目でクレイの方を見てみる。ノエルの言葉には反応してないようである。
 そんな、相方の態度を確かめるハンナに、ノエルは悪戯っぽく笑った。

「安心して、盗らないわよ」
「わ、私はそんなんじゃ……」
「まあ、そういうことにしとくわ。落ち着きなさい」

 ちらりと、クレイに視線が移る。

「私のタイプじゃないわ」
「なんか、失礼なことを言われたんだけど」

 少年心のクレイはノエルの言葉に嘲りを感じ、不快を露わにした。

「怒った?」
「当然さ。あと、ハンナにあまりちょっかいをかけるな」
「あーら妬けるわね」
「お前なんかより、ハンナの方がずっと上だぞ」
「自分が勝てないからって、他の人の威を借るの? その剣は飾りなのかしら」
「なにおう」
「あら怖い怖い」

 クスクスとノエルがクレイと距離を取る。
 どうも苦手だ。口では勝てない。
 老婆にはしてやられたようだが、同年代では上のようである。

「クレイもノエルさんもその辺にしたら? 私たち仲間なんでしょう?」

 ハンナの仲裁に、クレイは矛を収めた。ノエルも少しバツが悪そうであった。

「そうね、ちょっと調子に乗りすぎたかしら、御免なさいね。なにしろあの婆さんに色々とやりあっていたから」

 ちらりと、横目で老婆を見やるノエル。

「だからこうやって依頼を果たせそうで嬉しいの。魔女は依頼をこなしてなんぼでしょう」

 そう言ってウキウキとするノエル。
 ハンナとは違うタイプであるが、魔女の心得は忘れてはないようだ。

「はしゃぐのは良いけど、迷惑をかけるなよ。これからな…仲間なんだからな」
「オッケーオッケー、肝に銘じておくわ」

 クレイはまだ壁があるようだった。
 それは異性だからか、出会ったことのないタイプだからか。
 しかし完全に嫌ってはいないようである。
 これから一緒に行動すれば、わだかまりは解けていくはずである。

「ああ、思い出した」

 パンと、ノエルが柏手を打つ。

「どうかしました?」
「それよそれ。もう友達なんだから他人行儀な物言いは止めましょうよ」
「え、ええ」
「さんも禁止。ノエルで良いわ。私もハンナって呼ぶ」
「随分と気安いな」
「あなたもそう言って良いのよ、同じようにクレイって呼ぶし」

 今日会ったばかりなのに、もう昔からの親友であるかのようだった。
 その物怖じしない態度は見習いたいものだが、こうやってグイグイ来られると気後れしてしまう。

「いきなり呼び捨てかよ」
「あら、仲間って言ってくれたのに、嘘だったの」
「いや、そういう訳じゃあ……」
「じゃあどういう訳?」

 やはり口ではクレイは勝てないようだ。
 何とか主張はしたいようなのはわかるが、どう相手に説明していいか対応に困っている。
 捨て犬のような目でこちらを見てくるではないか。

「ノエル、その辺にしたら。クレイは礼儀を弁えた従士なの。だからいきなりの呼び捨てに戸惑ってるみたい」
「そうなの? 従士って面倒くさいわね」
「彼には色々助けられて貰っているわ。もちろんこれから仲間になる貴女にもよ」
「そうね。これから私たち仲間だものね」

 話題をクレイから逸らし、ハンナは話しかける。
 ノエルは矛を収めてくれたようだ。対してほっとするクレイの顔。
 これからの三人の様相を表わしているかのようだった。
 何はともあれ、この場は収まった。

「ここでずっと立ち話も何だし、部屋に行かない?」

 ハンナたちは入り口近くでずっと話していた。
 他の二人も店の迷惑だということに気づいてくれたのだろう。
 両方同意してくれて、奥の部屋へと行くことになった。
 その三人の背を、老婆は優しく見守っていたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...