幽霊一人旅

ケポリ星人

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3話

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 ロッジの外に出ると、さっきとは打って変わって空が晴れていた。

「山の天気は変わりやすい」とは言うが、ここまで明瞭めいりょうだと清々しい。

 ロッジからは山全体の景色が一望出来た。ここは随分高い所に建てられたロッジらしい。
 それはそれは絶景で、雪山が一望出来た。
 遠くには街も見える。
 空気を思い切り吸う。気分だろうか、とてもいい空気を吸っている様な気がする。

 私は首をロッジの中に突っ込み、もう一度ロッジの中を覗いた。悪いとは思ったが、さっきの怪我人がどうしているか気になったのだ。
 怪我人が、ギョッとしてこっちを見る。友人だろうか、怪我人の横にいた男が、怪我人の頭を軽く引っぱたく。

「ーーーー! ーーーーーー!」

 何かしら怪我人に怒っている様だ。たぶん、この友人は、私が彼の居場所を知らせた事を伝えたのだろう。
 怪我人が涙目をしてこちらを向く。そして、ゆっくり手を合わせてお辞儀した。

 不思議なものだ。それはたぶん、私が居た国と同じ習慣なのだろう。そう悪い気はしない。
 私はにこりと笑うと、ゆっくり首をドアから引いた。



 あの怪我人が私の姿を見られたのは、「死ぬ間際の人は幽霊が見えやすくなる」という、そのたぐいの物だろう。だとしたら、あの男は本当に死ぬ間際だったのかもしれない。

 途中で私の脚を引っ張った腕のことが気になって、さっき男が倒れていた方向へと、雪の上を歩いていた。確かに不気味やら、怖いやらと思う所は多々あるが、気掛かりだった。たぶん、怖いもの見たさという奴だ。
 暫く歩くと、岩があった。あの怪我人が倒れていた横にあった岩である。
 だが、近くに腕は無かった。雪に埋もれてしまったのかもしれない。私は、何処か安心した様な、不安な様な、複雑な気分になった。

「ふぅ……」

 岩の上に座る。
 岩をよく見ると、ところどころに血がついていた。

「ここで、何があったんだろう?」

 スキーをしていて転んだのなら、スキー板が近くに落ちていそうな物だ。だが、周囲にそれらしき物は無く、怪我人もスキー靴などいていなかった。
 すると、あれだろう。熊か何かに襲われたのだろう。熊もよく途中で獲物をあきらめた物だ。うん? 熊が途中で死に際の獲物をあきらめるだろうか?
 途中まで、そうやって悶々もんもんと考えていたが、途中から自分一人の押し問答もんどうに馬鹿馬鹿しくなって、考えるのを辞めた。
 岩を降りる。

「さて、どうしようか」

 私は取り敢えず、さっきのロッジから見えた街に向かうため、街が見える高さまで山を登った。



 幽霊になると、山を登るのも楽である。幾ら登っても疲れない。脚を滑らせる事も、脚を取られる事もない。

 街が見えたら、街の方向まで真っ直ぐ歩いて進めばいい。そう思った私は、街が見える高さまで山を登り、見えた場所から真っ直ぐ山を降り始めた。
 始めは良かった。確かに山肌は急であったが、霊体だからそこまで気にならない。

「でもこれは……」

 私が、真っ直ぐ降りて行った途中に、クレバスと呼ばれる、大きな亀裂きれつがあったのだ。長く広がっているその亀裂きれつは深く、一度降りたら簡単には上がってこれない。クレバスを避けて行こうにも、ちょっと横に長すぎる。迂回したら道に迷いそうだ。私は、仕方なく元の岩場に戻り、そこからロッジに戻ることにした。



 ロッジに帰る道すがら、遠くの方に赤い物が見えた。こんな真っ白な雪山に、鮮血せんけつの様な赤なのだからとても目立つ。
 なんだろうと思い、赤い生き物の方に近づいていくと、それは人の形をしていた。頭から二本のツノを生やした、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの真っ赤な体の男。何処からどう見ても、鬼だった。
 鬼がパッとこっちを見る。
 私はハッとする。「あの世の鬼が、亡霊を捕まえに来たのでは」と思い、慌てて隠れようとする。しかし、辺りは一面の雪。隠れる場所など何処にもない。

 私は腰を抜かした。鬼がサクサクと雪を踏んでこちらへ歩いてくる。

「い、いや。あの、決して悪気わるぎがあった訳では。そのっ!」

 覚悟を決めて目をギュッとつぶり、顔を両腕でおおう。しかし鬼の足音は、私の後ろへと抜けて行った。

「あれっ?」

 鬼は私を無視して駆け出す。駆け出した先には熊がいた。

「えぇぇっ⁈」

 鬼が「ガァァァア‼︎」奇声きせいをあげて熊へ襲いかかる。熊は鬼の顔を見た途端に逃げ始めるが、鬼は思い切り雪を蹴飛ばして飛び上がり、一気に距離を詰めると、熊の首を掴んで棍棒で熊の頭を殴り、気絶させる。

「えぇぇぇぇ……」

 鬼は熊の首をへし折り、喉を噛みちぎると、そのまま熊を食べ始めた。
 あの世の鬼が、熊を食べている。私は信じられない物を見る目で鬼を見た。

「鬼、鬼……オーガ?」

 私はハッとした。何処で知ったのかは覚えていないが、その単語の意味は知っていた。その単語がファンタジー小説やら、ゲームやらの中で使われる物だという事も、そういう世界では大体魔法が使われている事も知っていた。

「異世界?」

 反射的に出た、「いやいや、まさか」と否定する言葉とは裏腹に、頭は何処か確信していた。ここはおそらく自分のいた場所と違う世界、異世界である。それもファンタジーの世界であると。
 私は立ち上がった。
 そっとオーガの前に出て、目の前で手を振る。
 しかしオーガは私の存在に一向に気付かずに、熊の肉をむさぼり続けている。

「世の中、変わったことも有るもんだなぁ」

 私は、テレビの中の自然を写した番組でも眺めている様な気分で、その荒々しい食事風景を暫く眺めていた。
 しかし途中でハッとする。あまりゆっくりしていると、さっきのエスキモーの格好をした男達が、山を降りてしまう。
 私は慌てて立ち上がり、ロッジの方へ向かって再び歩き始めた。
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