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4話
しおりを挟むロッジに着くと、男達が下山支度を済ませ、一列に並んでいた。
私が列に近づくと、怪我をしていた男が、ギョッと私の方を見て、慌ててお辞儀をした。
それを見た周りの男達もお辞儀をした。恐らく彼らは、私のことを雪山の神か何かと勘違いしているのだろう。もちろん私は、記憶は無いが、そんな大層なものではない。
誤解の無いようにお辞儀を返すと、怪我をしていた男だけが不思議そうな顔をした。
お辞儀から顔を上げた男達は、一人一人大きな荷物を背中に背負っている。何がそんなに入っているのだろう。背中に背負われているその大荷物は、パンパンに膨れ上がり、彼らの頭の高さを軽く超えていた。
怪我をしていた男を気づかって居るのだろう。彼を真ん中に、男達は一列になって前へ進み始めた。
驚くべきことに、男達はさっき私が進んだのと全く同じルートを進んだ。ロッジから岩場までの道、そこから私が行き止まりに会ったクレバスへ向かう道だ。
そして案の定、私達の進行は一本の長く深い亀裂、クレバスによって阻まれた。このクレバスは、向こう側まで4メートルはあり、飛び越す事はまず出来ない。
エスキモーの格好をした男達は何を思ったのか、各々クレバス付近の雪を掻き分け始めた。
私がそっと様子を伺っていると、一人の男が「ーーー。ーーーー」と、私には理解出来ない言語を話し、他の男達を手招きする。何か見つけたらしい。おそらく、このクレバスを渡る為の手段だろう。
男達が手招きした男の周辺に集まり、雪を掻き分け始めた。余程縦に長い物らしい。クレバスに沿って、男達が縦一列に横並びでしゃがんでいる。
私は上から、雪の中を覗き込む。私は少し、ワクワクしていた。「ここは剣と魔法の世界だ。魔道具か何か、想像も付かない物が飛び出してくるかもしれない」と、期待していた。
しかしそれは、私が想像していたよりも遥かに原始的な手段。ただの一本の長い木の板だった。
木の板は、横幅三十センチ位、縦幅五メートル弱の少し厚いだけの簡素な物だった。
私が、これを一体どうするのだろうと、僅かにする嫌な予感と共に、のんびり眺めていると、男達は数人でその長い木の板を持ち上げ、クレバスを渡る橋を架けるかの様に、その板をクレバスの上に渡した。いや、少し語弊がある。
実際、その木の板は、クレバスの上を渡る為の橋だった。
一気に肝が冷えた。これを渡るのか。この人が、二人同時に渡ったら折れてしまいそうな木の板を、こんな大荷物を背負ったまま、このがっしりとした、体型のいい男達が渡るのか。
実際、男達は一人づつ、慎重に橋を渡り始めた。木の位置がずれたり風に煽られたりしない様にだろう。木の端では、渡るのを待つ男が木を抑え、動かない様にしている。
当然私も、街に向かうには、この木の板を渡らなくてはならない。だが正直に言ってしまえば、怖かった。足がすくんで動かなかった。
チラリと横を見る。まだ渡り終えていない男達の中に、私と同じ様に足がすくんで動かない男がいた。
例の、怪我をしていた男だ。
彼も顔面蒼白になっていた。他の男に促されるものの、思い切り首を横に振り、言葉と身振り手振りで他の男達が先に行くように促している。
私は少し、ホッとした。この男には悪いが、これは一種の「自分よりも慌てている奴がいると、少しホッとする」という、その類の現象だろう。
よく考えてみれば、私の体には重さが無い。自分の重さで板が折れることは、まず無い。更に、私の体は殆どの物を通り抜けてしまう。風に煽られる事もなければ、誰かに押される事も無い。誰かが通っている時に、一緒に通ったとしても、何の問題もない。
よくよくここにいる男達と自分を比較してみれば、自分の方が遥かに安全だ。
だが、怖い物は怖い。
結局私は、この男と二人、最後までここに残ってしまった。
男と顔を見合わせる。瞬間、何かが通じ合った。恐らく、私がこの男はこの橋を渡るのが怖いのだろうと悟った様に、この男も、私がここを通るのが怖いのだという事を悟ったのだろう。
私が男の肩をポンッと叩く。私の腕は、不思議な事に、その時だけは男の体を通り抜けなかった。だが私は、自分が涙目になっている事を何となく自覚していた。
私は、息を「ふぅぅーー……」と吐く。こういうのは気合だ。始めてしまえば案外すぐに終わってしまうものだ。
そう自分に言い聞かせて、男より先に、橋を渡り始めた。
怖く無いように、大丈夫だと伝える様に、途中で何度か振り返って、こっちだと手招きした。ぎこちなかっただろう。先の男達の様に、スムーズには橋を渡っていなかっただろう。
だが、私が橋の真ん中まで進んだ時、男は自分の拳を固く握り、橋を渡り始めた。
対岸で、既に橋を渡り終え、板を支えて待っている男が、橋を渡り始めた男に呼びかけた。表情から、今橋を渡っている男を応援しているのだろう。そして、それに呼応する様に、他の男達も橋を渡っている男を応援し始めた。
「ーーー!ーーーーー!」
「ーー!ーーー」
「ーーーーー!」
男も私も、少しづつ慎重に前へ進む。応援のお陰で、恐怖が少し呆けたとはいえ、一歩間違えれば谷底だ。丁寧に進むに越した事はない。
私は橋を四分の三程渡り終え、もう少しで橋を渡り切れそうな場所まで辿り着いた。少しホッとする。あとちょっとで対岸だ。そう思って、先に進もうとした時。
「ガァァァァァァァアアアアア‼︎」
雪を掻き散らし、熊を襲っていたあの赤鬼が、岡の上からこっちへ吠えた。
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