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一章

〈町と海風〉(4)

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(なんですって?)

 私は軽く自分の耳を疑った。

「叔父様……いえ、レオン、正直それはそんなに嬉しく無いです」
「えー、つれないなぁー」

 叔父がカラカラと笑う。
 そして急に真剣になって言った。

「でも、その方が君にとってはいいかもしれないよ」

(王宮に居て私の身に降りかかるデメリットといえば、父からの攻撃位しか思いつかないんだが……その父も目下目立った攻撃はしてこないし……)

 しかし私は、王宮内の事を全て把握している訳ではない。
 分からない事の方まだまだ多いのだ。

「……話を聞かせてくれますか?」
「いいよ、その代わり」
「?」
「君も、私の質問に答えてくれるかな?」
「……いいですよ」

(上手くハッタリを使って誤魔化すつもりでもあるが。)

「言っておくけど、嘘は通じないよ」
「?!」

(心を読まれた?!)

「この部屋に沢山の魔法陣が張ってあるのには気がついているね」
「いや~、何の事だか」
「惚けても無駄だよ」

 叔父は、真剣な表情で言った。
「君が瞳孔の反射と脈拍で私の嘘を見抜こうとしていた様に、私は魔法で君の嘘が分かるんだ」

(バレテタァァァーーー!!)

(あの時目を逸らしたのはわざとですか…ナルホドネ。)

「というかよくそんな医学書の端に書いてある様な事知ってたね」

(あ、ちょっとピンチかも。)

「4歳の女の子が知っている様な事だとはとても思えないんだけど」
「……」

(私ピーーンチ、助けてマリーーン。)

レオン:「何でそんな事知ってたのかな?」

 少し間を置いて私は考える。

(……嘘(・)は通じない、でも言い方によっては…)

「……悪かったですね、医学書と哲学書を読み漁るのが趣味の4歳児で…」
「……えっ」

 私は演技する。
 だが嘘はついていない。

「友達も(今は)居なければ、話相手だって母様と魔法の使い方マリン位しかいない、本を読む以外やる事のない4歳児で悪かったですね!」

 あえて拗ねている様に演技する。
 そして私は何一つ嘘は言っていない。

「あ、あの、その……」
「そ~ですよ、私は寂しい4歳児ですよ~、何故だかメイドさん達は少し私に冷たいし、いつの間にか父様のは嫌われているし」
「え~っとあの……ごめんねぇ~」
「根暗な4歳児で悪かったですね!!」

 私はプイっとそっぽを向く。

 47歳、医者、大学病院勤務の演技力をなめないで欲しい。
 大学病院、特に派閥がある大学病院で上手くやっていくには、演技力、誤魔化し、ハッタリ、情報収集は欠かせない。

(これは私の専門分野なのだ☆)

 内心ほくそ笑みながら、私は拗ねて、ムッとしている様に演技する。

 叔父は気まずそうに頭を掻くと、
 一人語りを始めた。

「根暗なんかじゃないよ、君はとっても魅力的な4歳児だよ」
「……」
「私が目を治して貰ったとき、どれだけ嬉しかったと思う?」
「……」
「もう後は、少しづつ死んでいくばかりだと思ってた」
「……」
「生きてまた外に出られるとは、思っていなかった」
「……」
「ましてや目が見える様になるとは、思ってなかった」
「……」
「私にとって、旅人にとって、詩人にとって、目が見えるという事がどれだけ大事な事か、分かってる?」
「……」
「まだ小さい君には、分からないかもしれない、けど、これだけは分かっていて欲しい」

 そう言うと叔父は、私の横にきて、しゃがんで、手を握って言った。

「ありがとうセスちゃん、感謝している、とても、とても」

 私は固まってしまった。

 子供は、特に4歳位の子供は顔をくしゃくしゃにして泣く。

 でも大人になるにつれて、人前で泣けなくなっていくと、人に気付かれない様に泣く術(すべ)を覚える。

 そして私の精神は、とっくに4歳という年齢を超え、その術を覚えてしまった様だ。

「セスちゃん?」

 頬に、一筋の涙が伝うのが分かる。

 後から後から、涙が溢れてくるのが分かる。

 医者の生き甲斐というのは、まさにこの時、ありがとうと言って貰えた時に感じる、このなんとも言えない感情だ。
 無事、手術が終わった安堵、喜んでくれた事に対する歓喜。
 色々な相反する感情や、今の状況に対する不信感も相まって、私は結果、泣いてしまった。

「セスちゃん……」

 きっと表情の変わっていない4歳児が声もあげずに泣くのは、さぞ不気味だったであろう。

 でも叔父は、優しく抱きしめて、そっと背中をさすってくれた。

 その体は、ちょっと前まで牢屋で死にそうになってたとは思えない程、

 とても、暖かかった。
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