異世界に再び来たら、ヒロイン…かもしれない?

あろまりん

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近衛騎士団編 ~予兆~

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「・・・随分早いお誘いだこと」



魔術研究所でお仕事中。窓からスイっと魔法の鳥が入ってくる。それは私の目の前に止まると、シオンの声でお昼を屋台街で食べましょう、というお誘いをしてきた。

まあランチくらいならばどうという事もない。
1度好きになって心を許した相手だ、もちろん嫌な訳がない。

アナスタシアからシオンの話を色々と聞いたけど、『コーネリア』のいなくなった2年はアナスタシア自身も落ち込んでいた事でここ最近の話しかされていない。
それでもアントン子爵令嬢を始め、数名のご婦人より粉をかけられている様子。…まさかの元婚約者からもとは。いやあやるなあ、シオン。

待ち合わせの場所を適当に指定し、私も通信魔法コールを返す。

ちゃり、と首元に指を這わせればアクアマリンが触れる。
あれからずっと、私はこのネックレスを外していない。さすがにお風呂や寝る時は取っているけど、その他はずっと付けていた。

彼の想い、真心。
通じあった心。
私の中では3ヶ月前のまだ鮮明な思い出だ。
目を閉じれば思い出せる、彼の声と姿。
胸の奥が切なさと愛しさでキュンと苦しくなる。
…これを、彼は2年以上前から耐えている、のだろうか。
それとももう、この痛みも過去のものとして乗り越えているのだろうか。



「・・・未練、ね」



こちらへ戻ってから彼に想いを伝えるでもなく、楽な方へ身を委ねていた私が今更彼にこんな想いを寄せるのはおこがましい。
気楽さと快楽を選び、『獅子王』へ身を委ねたのは私だ。

貞節であれ、なんて自分を戒めるつもりはないけれど、ね。

自分が『コーネリア』だと告げるつもりはない。
…けれど、彼自身が気付き、私を求めてきたらどうする?
その問いかけにはまだ答えは出ない。

年々、自分が恋に臆病になっていくのを感じる。
昔ほど思い切り良く相手に飛び込んで行けない。これは一体なんなんでしょうね?



「・・・ああ、こっちの仕事も片付けなくちゃね」



今日は制作というよりも書類仕事。
報告書やら依頼書やら、意外と紙切れが来る。
…塔の主、なんて管理者になったが最後よね。もちろんゼクスさんに最終決定は渡すけど、ある程度は捌いておかないと。

その中に、魔物の討伐依頼に冠しての物が多くなってきていた。アナスタシアやキャズからも聞いてはいるが、魔物大発生オーバーフロウの危惧はなくならないようだ。

迷宮ダンジョンの騒ぎは一段落付いたが、今度は周りの魔物退治になるのかしらね…騎士団も討伐隊を組み、人員を送り出している。
その中で魔術研究所にも応援要請がちらほら。
タロットワーク塔からは出していないけど、他の塔からは数名応援を出している。騎士団に随伴要員としてね。

あれこれと書類を読んでいれば、昼の鐘が鳴る。
あまり気にしていなかったけど、王都にある広場には鐘があって、日に数回鳴り響く。町の人の時計替わりに。



「遅れるのも、ね」



支度をして部屋を出る。
少しだけ、鼓動が早くなっているのを感じ、苦笑が漏れた。



********************



屋台街の入り口、広場の街灯のひとつ。
その下に立っているシオン。…目立つなあ。
周りの女性がチラチラ、と目線を送っている。
こちらの世界にもナンパってあるのかしら?



「落ちましたよ、レディ」

「え?」

「こちらのハンカチはレディのでは?」

「いえ、違います」



ふと、横合いから声を掛けられた。
何やら『落としましたよ』とハンカチを差し出されているが、見覚えもない。そもそも持ち物は全てマジックバッグなので落ちようがない。だって私手ぶらだもの。

違います、と手をパタパタ振って否定。
しかし声をかけてきたオジサンはまだ食い下がる。



「おや、そうでしたか?失礼しました。では足を止めてしまったお詫びにお茶をご馳走させてください」

「ごめんなさい、人を待たせているので」

「つれないお返事ですねレディ」



…これはナンパか?ナンパなのか?
するならもっと若くて美人を狙いなさい、そこら辺にたくさん歩いているじゃない。なんで私みたいな年増に声掛けてんの?
あ、まさかの愛人枠?だとするとなんていうか納得するかもしれない、私よく上司に『愛人にならない?』って声かけられる事多かったのよね。

しかし今の私は愛人枠も御遠慮したい。
だってお金に困ってないし、生活もそこそこ潤ってるし。

話しかけられているが返事もそこそこに、私はシオンの待つ所へと早足で逃げる。まさか追いかけて来ることもあるまい。



「ごめんなさい、お待たせしました」

「・・・助け舟を出そうとしていましたが、不要でしたね」

「あら、見えてた?」

「それはもう。行こうかと思ったのですが、こちらへ来る様子でしたので待ちました」



振り返れば先程のオジサンはいなくなっていた。
別の人に声を掛けにいったかしら?

私達は連れ立って屋台街の中に。
座れる場所を探そうとすると、シオンが先導して歩き出す。



「こちらへ。なかなか穴場の所を見つけたんですよ」

「副長さん、割りと通ってるの?」

「気晴らしを兼ねて、ですが。部下達もここで昼をとる者が多いので、色々と穴場スポットを教えてくれるんです」



その穴場スポットまで行く途中、食べる物を買う。
とりあえず昼からゆっくりしよう、ということでおつまみになる物を主に。もちろんランチらしくサンドイッチも買った。

着いて行った先は、確かに穴場だった。
少し高台になっていて、賑やかな屋台街を見下ろせる。
いくつかテーブルとイスが設置され、周りにもポツポツ店があった。ビールはそこで買うことに。水物を持って長い距離は歩きたくないものね。

数種類の食べ物を広げ、お互い昼間っからビールで乾杯。



「そういえば副長さん?お仕事は?」

「午後は休みにしました。忙しなく戻るのも嫌でしたし」

「なら、ゆっくりできそうね」

「ええ、エンジュ様とのデートですから」



カツン、と互いにカップを合わせる。
ひと口飲んで、サンドイッチを摘む。うーん、昼間のランチでビールって贅沢?

たわいない会話をしながら、食事。
こんな日もいいな、なんて思っているとシオンから質問が飛ぶ。



「エンジュ様はどなたか決まったお相手がいるんですか?」

「あらなあに?いきなり。副長さんは引く手あまたな様だけど」

「・・・それについては黙秘で」

「副長さん、いい男だものね?放っておかないわよね」

「私はエンジュ様の話を聞きたいんですが?」

「高いわよ?」

「私で支払えるものならなんでも」

「じゃあ副長さんの恋バナが聞きたいわ?」

「・・・結局そう来ますか。仕方ありませんね、何がお聞きになりたいんです?」



ぐい、と3杯目を飲み干したシオン。
そういえば聞いた事ないけど、お酒強いのかしら?
私はゆったりペースで2杯目です。



「各方面からモテているみたいだけど、本命はどなた?」

「本命、ですか?・・・アナスタシア様からどこまで聞いているのかわかりませんが、私は大失恋をしたんですよ。その傷はまだ癒えていません。なので他の女性を選ぶ気はないんです」

「ずっと1人でいるつもりなの?貴方を見てくれている人がいるのではない?」

「・・・お若い令嬢の事を言っていますね?彼女は『妹』としてしか見られないんですよ。慕ってくれていることは嬉しく思いますが、答えることはできません」

「なら昔の恋に火がついたり」

「さすがにそちらは無理ですよ。なんとかなりませんか?エンジュ様。邪険にもできず、困ってるんですよ」

「気がないなら邪険にするべきね。優しくすると『まだ気がある』って思って終わらないし」

「団長と同じことを言いますね・・・」

「男も女も同じよね。相手に優しくされれば『頑張れば振り向いてもらえる』って期待しちゃうもの」



ですよね、と考え込むシオン。
くしゃり、と前髪を手で握り込み、ため息を付く。

…これもスチルですか?いい男は絵になりますね。

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