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心の、在り方

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「・・・朝風呂、っていいかも」



ちゃぷん。
一人用の湯船にゆったり浸かり、優雅なバスタイム。
湯の中には、ふんだんに花びらが浮いている。

バラやエレミアの花、その他にもたくさん。
中でも多かったのは真紅のバラの花びらだ。
ローズバス、なんて向こうでもそこまでやらないわよね。

朝、起きたらメイド達があれよあれよという間に私をお風呂に連れていった。
起きるのを扉の前でスタンバっていたのだろうか。

バスタブに頭を乗せて浸かれば、髪を洗われ、メイク落とし、マッサージとフルコース…
最後に1人で優雅にぬるめのお湯に浸かっている。

うーん、癖になりそう。
朝風呂って、温泉宿に泊まりに行った時くらいしかしなかったしなー。これから毎日これでもいいなー。

湯船から上がり、側に置いてあったバスタオルで体を拭く。
バスローブを着て、部屋へと戻ると、待ち構えていたメイドさん達に支度を整えられた。
すると、髪を乾かしてもらっている間にアナスタシアが入ってくる。



「おはよう、エンジュ。ゆっくり眠れたか?」

「すごくゆっくりさせてもらっちゃったわ。朝からフラワーバスだなんて贅沢」

「そうか、あの花束も役に立ったな」

「・・・あの花束?」

「ああ、昨日フリードリヒが寄越してきてな。置いておいても枯らすだけだから、せっかくなら使ってやろうと思ったんだ。
朝、メイド達が昨日の晩はエンジュが湯を使ってないと聞いたからな、だったら朝風呂に使ってしまえと」

「えっ!?これ、フレンからアナスタシアへの花だったんじゃないの?」

「私はあまりバラが好きではなくてな。
だが、誰も彼も『似合う』と寄越して来るんだが、あの匂いが好きではなくて」

「そ、そうなの」

「確かエンジュは好きだと言っていただろう?フラワーバスにしてやれば喜ぶと思ったからな。無駄にならなくて良かったな」



団長さん、貴方、アナスタシアと何年夫婦をしてるのか。
最愛の妻が嫌いな花を送ってどうするのやら。



「苦手なら苦手って言えばいいのに」

「そうなのだが、贈ってくる方の気持ちを考えると悪いだろう?見た目は嫌いじゃないんだが」



香りのないバラ、なんてバラじゃないものね。
プリザーブドフラワーにしてやれば喜ぶんだろうけど。

下に朝食の用意ができているよ、と言われて私はアナスタシアと共に1階へ降りる。

昨日の晩餐室ではなく、別の食卓へ。
あそこは夜しか使わないのだそうだ。…勿体ないようななんというか。



「あら、フルーツサンド?」

「ああ、たまにはいいだろう?私も好きなんだ」

「たまに食べると美味しいわよね」



アナスタシアは意外とこれが好きだ。
本人は甘い物が得意ではなく、ケーキなんかも一切れ食べないくらいなのだが、フルーツサンドはイケるらしい。

いただきます、とひと口かじれば、私が前に作った味に似ていた。レシピ、教えて作ってもらったのかしら?



「どうだ?今日は私が作ったんだが」

「えっ!アナスタシアのお手製なの?」

「エンジュのレシピだからな、他の料理人においそれと教えてやれない。自分で作る方が好きなフルーツが入れられるしな」



確かに、中身はアナスタシアの好きなイチゴ、パイン、キウイ。
…こちらでは呼び名がちょっと違うが、味も形も色も似ている。…黄色いイチゴには驚いたけど。

私のレシピは、生クリームではなく水切りしたヨーグルトとはちみつを混ぜてさっぱりしたクリームにすること。
これが割りと美味しいのよね。甘すぎずに食べられる。
それがアナスタシアにはハマったらしい。



「・・・そういえば、フレン達は?」

「フリードリヒとカイナスはもう仕事に行かせた。
子供達は稽古事があるそうだ。キャロルは実家に秘伝のレシピを教わりに行くと朝早く出かけたよ。
この邸には私たちだけだな」

「えっ、私が一番起きるの遅いし!」

「エンジュはお客様なのだから当たり前だろう?
魔術研究所へ送るよ、私もそれから騎士団へ行く」

「ご、ごめんなさいね」

「いや、ちょうど良かった。小鬼ゴブリン騒動の時に使った回復薬ポーションの支払いがまだだろう?
午後までに揃えて支払いをさせに行かせる。
エンジュが置いていってくれたもので、未使用の物があるんだがそれは買い取らせてもらっていいか?今後の備蓄にしておきたい」

「ええ、どうぞ。また作ればいいからちょうどいいわ。
倉庫にため込む一方だから」

「定期的に卸してもらう事も視野に入れておくか」

「うふふ、毎度あり」

「一部はエンジュに入るんだったか?」

「ええ、お小遣い稼ぎ」

「欲しいものがあるならなんでも買って構わないんだぞ?」

「ダメよ、自分で稼いだお金で買うのが楽しいんじゃない」



生活に心配はない、とはいえ、自分の嗜好品を買うには自分で稼いだお金で買う方が楽しいに決まっている。
簡単に手に入るものは、簡単に飽きるのだから。

食事を終えると、アナスタシアは馬車の用意を頼んでくるよ、と出ていった。その隙に、私はメイドさんにある事を頼む。…あればいいんだけど。



********************



「さて、魔術研究所に到着だな。今日は別邸へ戻るから、また夜にな」

「ええ、ありがとうアナスタシア」



騎士団へ行くアナスタシアは、いつもの騎士服を着ている。
先に馬車を降り、私が降りるのを手を差し伸べてくれた。
アナスタシアって、180センチ近くあるから、ちょっとした騎士さんより頼りになるのよね。…モデル体型だし。

私は魔術研究所へ入る前に、さっとマジックバッグから1を取り出した。



「『瞬間停止結晶プリザーブド』」

「っ、驚いたな。・・・これは?」

「私からアナスタシアへ。昨日の素敵なサプライズのお返しよ?」

「これは・・・昨日の、薔薇か?」

「ええ。これなら長期間もつと思うわ。お水もいらないから、一輪挿しにそのまま飾ってね」

「・・・匂いも、ないな。これなら近くに置いておける。
ありがとう、エンジュ。何よりも嬉しいよ」



アナスタシアは本当に嬉しそうに微笑んだ。
そう、私が渡した薔薇は、昨晩団長さんがアナスタシアへ贈った薔薇。もしかしたら全て使っていないかも?と思ってメイドさんに聞いたのだ。
そうしたら、まだ数本残っていた。その中から、少し開きかかった薔薇を選んだ。単に、私がその位の咲き方の薔薇が好きだから、なのだが。

少しアレンジした魔法を使った。
上手くいくかは五分五分だったが、私の頭の中にはプリザーブドフラワーがあった。あれは特殊な薬液に付けて、脱水させた物だと何かで読んだことがある。
なので、『プリザーブド』と音を残し、頭の中ではプリザーブドフラワーを思い返してみただけ。…イメージで何とかなるもんだな。

薔薇の花は香りが強いから、嫌いな人には無理だと思う。
だけど、せっかく夫が妻に贈ったのだから、飾れたらいいなと思ったのだ。これなら執務室にも飾れるはず。



********************



「アナスタシア、これなんだが・・・ん?」

「何だ?」



アナスタシアの執務室。
まとめられた報告書に、少し聞きたい内容があってやってきた。

いつもなら騎士団詰所へ来れば、1度は俺の部屋に顔を出すのだが、今日に限って来なかったから足を運ぶ。

すると、執務机に座ったアナスタシア。
その目の前には、一輪挿しに飾られた、開きかかった真紅の薔薇が。
…昨晩、俺が贈った花、か?

アナスタシアの薔薇を見る目は優しく、うっとり、というような表現が相応しいかもしれない。
愛しい妻が、自分が贈った花をこうも見つめてくれているのを見ると、贈って良かったと心から思う。



「そんなに気に入ってくれるとはな」

「この花か?・・・ああ、そうだな。
エンジュのおかげで心が浮き立つようだ」

「ん?・・・エンジュの?おかげ?」

「魔術研究所へ送ったら、別れ際にこれを渡されたんだ。
昨日、お前がくれた花だ。魔法で加工して、匂いを消した上に、長持ちする様にしてくれた」

「匂いが・・・消える、だと?」



確かに近くに寄ってみても、薔薇特有の香りがしない。
一輪挿しには水はなく、ただ差し込まれているだけ。
…んな魔法があるのか?………まあ、エンジュだからな。



「薔薇は嫌いではないが、匂いが苦手でな」

「んなっ!?んな事は一言も」

「せっかく贈ってくれるのに『苦手』と言うのも悪かろうよ」

「おいおい・・・こっちは『好き』だと思ってるから贈るんだぜ?それくらいちゃんと言えよ、怒るわけないだろ」

「エンジュにも言われたよ。そんな事を後から聞かされたら、贈った方がガッカリするってな」

「当たり前だ。・・・じゃああの花束、どうしたんだ?」

「ああ、エンジュが朝風呂をするから、フラワーバスにしてやった。せっかくなら花が好きな女に使ってもらった方が、花も喜ぶだろう」

「・・・まあ捨てるよかマシだな」

「ああ、悪かった。・・・でも、エンジュがを贈ってくれたよ。嬉しかった。
と、。私の愛する2人からのプレゼントだ、何よりも嬉しい」



…アナスタシアは本当に変わった。
以前ならこんな言葉を言う事もなかっただろう。

さて、次こそは本当にアナスタシアの好きな花を贈るとするかな。
次から薔薇を贈るのはエンジュにするとしよう。俺の大事な『家族』だからな。

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