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森の人編 ~エルフの郷~
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しおりを挟む郷の見回りも半分ほど過ぎたところで、お昼にすることにした。
ディードさんは毎日、村の定食屋さんで食事をするらしい。
「ここです、美味しいんですよ」
「そうなんですね、楽しみです」
「昔、貴方と同じ『渡り人』が始めた食事処なので、もしかしたら見慣れたメニューがあるのではないですか?」
むかしむかし、エルフの郷に来た『渡り人』が開いた食事処。その人はずっとこのビフレストにいた訳ではなくて、その後この店をエルフに任せて旅に出たそうだ。
店を任されたエルフは、その食事の美味しさに感動して、弟子入りして店を継いだのだとか。
どんな店なのかと思って入ると。
おにぎり屋でした。
「・・・おにぎり」
「やはりご存知でしたか?」
「ええまあ。ソウルフードですよね」
「外界にはあまり見かけませんよねコメ。この郷でも主食はパンなのですが、私は好きなんですよコメ。子供の頃から1日1食はこれです」
よくあるおにぎり屋さん。
ショーケースの向こうには10種類くらいのおにぎり。
…ここは駅ナカの売店でしょうか。
とはいえ、注文しない手はない。
味噌汁はなかったが、スープを付けてお買い上げ。
ディードさんと席に着いてランチ。
ディードさんのトレイにはおにぎりが10個乗っている事は気にしないようにしておこう。…イヴァルさんも大食いだけど、ディードさんもか。もしかしてエルフってみんな痩せの大食いだったりする?太ってるエルフ、今のところ1人も見てないのよね。
「お米はどこから仕入れてるんですか?この郷で作ってるんですか?」
「いえ、別の郷です。エリュシオンといいまして」
「んっ、ぐふ」
「・・・おやどうしました」
「アッイエ別に」
「そういえば、他のエルフの郷の事をお話していませんでしたね。この大森林の中には、こことは別に3つの郷があります。それぞれ郷ごとに族長がいるんですよ」
「そう、なんですね」
「ええ、郷それぞれ得意なものがありまして。ここビフレストは薬草学や狩猟が盛んです。エリュシオンは農産物、フェリシアは果物や酒類の生産を、アルカディアは魔術など学問が盛んですね」
死後の楽園に幸福の地に桃源郷…でもって虹の橋ときたか…
ここを作った人って異世界人なんじゃないの?
某女王様育成ゲームのご出身ですか?いや、あれも乙女ゲーといえば乙女ゲー…。でもあれって依怙贔屓エグいゲームよねえ。ハーレム形成すれば楽に終わるし。おっといけない、ゲフンゲフン。
「ええと、薬草学、が盛んなんですか?」
「そうですね、他の郷よりは、でしょうか。質のいい薬草が育つ土地柄のようですよ。狩人も多いですし、薬はあるに越したことはないですからね。魔獣討伐にも必要ですので、多く作り貯めて他の郷にも配っています」
なるほど、それなら私にも役に立てるかも。さすがに調合器具は持ち歩いてはいないが、ディードさんに頼めば一式貸して貰えそう。
エルフの女性達に混じって食事を作ったりしているよりは、回復薬作る方が役に立てそうだ。
私はディードさんに『回復薬作り』を申し出てみた。
「おや、そんな事する必要はありませんよ?」
「でも何もしないのも気詰まりですし」
「レディには他にやっていただく事があるではないですか。先程までやっていた、結界石の見回りです。あれは定期的に魔力を込めないといけないんですよ。私の他にそれができる魔術師はいないんです。ですがレディなら可能ですし」
郷の周りをぐるりと囲むように配置している結界石。
他の郷にもあって、微弱な結界を維持している。何のためかというと、魔獣避けだ。普段は他のエルフの魔術師達にも手を借りているのだが、今は彼等は魔獣討伐に出ている。
ディードさんだけでは全ての結界石を見て回るのは少し骨が折れるそうで。私が来る前は、イヴァルさんと手分けして行うつもりでいたらしい。
しかし、私という魔力タンクがいる。
朝の食事の時に、何かここにいる間手伝えることはないかと聞いたら、イヴァルさんが弟を手伝ってやってほしい、とお願いしてきたのだ。…魔獣討伐をお願いするのは気が引けますので、と。
「それだけでいいんですか?」
「何を言ってるんですか、こんな大変な事を頼んでしまって申し訳ないのはこちらなのですよ?」
「いえ、何かしていないとただお世話になるのも申し訳ないですし」
「そんなことはありませんよ。レディにはさっきまで回った場所をお願いしたいのです。他の場所は少し遠いですからね」
それに、この辺りは安全ですから、とディードさん。
あれかしら、やっぱり人が好きではないエルフもいるからかもね。
今いるあたりは、他種族向けのシェアハウスがあったりする。外の世界から来たお客様達が滞在するエリアなのだとか。
なので、そんなに不躾な目線を向けられる事もないし、割りと気さくに話しかけてくれるエルフもいる。
ディードさんが案内している事で、『族長の客』という印象を与えて回っている事も大きいが。
********************
午後もディードさんと村を周り、結界石の様子を見つつ世間話。やはり異世界の事に興味津々。族長宅へ戻ってくる頃には、夕方になっていた。
族長宅前の広場に、人が数名たまっている。
片方は獅子王達。もう片方は…
「あら、あれって・・・」
「ああ、魔獣討伐に来ている冒険者ですね」
そう、昨日イヴァルさんが言っていた『青の均衡』だ。リーダーの青髪君、以前キャズに言い寄ってたけど諦めたのかしら?
私達が戻ってきた事に気付いたのか、獅子王が片手を上げる。
「戻ってきたか」
「ちょっと一回りね」
「郷の周りを見回っていました。おかえりなさい兄上」
「ご苦労さまです、レディ。異常ありませんでしたか?ディード」
「ええ、特には。森はどうでしたか?」
「まあこんなものですかね」
と、1歩引くと、そこには数匹の魔物。…獣?
鹿っぽいのだが、顔が…
「・・・」
「なんだ、見たことなかったか?牛鹿」
「うじか?」
「ああ、牛に鹿って書いて牛鹿だな。こいつのステーキは美味いんだぜ?今日はこれ食うぞ」
牛なのか鹿なのかどっちだ。
鹿の体に牛の顔付いてるとか微妙すぎてなんかイヤだな。
聞けば、ちゃんと牛も鹿もいるようだが、この獣はそのハイブリッドなのだとか。美味しいらしい。
しかもこの森でしか狩ることのできない獣で、エルフの主食でもあるのだとか。魔獣討伐とはまた違うらしい。
魔獣討伐に行ったんじゃなかったっけ?
狩りに行ったんだっけ?
どうやら魔獣討伐を本格的にする前に、今日は森の中の下調べなんかをしていたのだとか。そこかしこに魔獣の息吹を感じているが、下手に手を出すよりは一気に数を減らしたいらしい。そこで色々と罠を仕掛けたり、追い込んだりするルートを探して、各郷の戦士達と連携して大掛かりに減らすので、今はその前段階、ということらしい。
「で、ついでに夕飯の獲物をな」
「何しろ獅子王には肉がないと」
「何言ってんだよ俺以上に食うくせによ」
「あはははははははは」
「兄上も食いしん坊ですからねえ」
いや貴方もだろ、とツッコミたくなったのは言うまでもない。今日1日この郷を回って確信したが、エルフ達は大食いだ。
定食屋だけじゃなくて、市場とかカフェとか見てもメニューの量がおかしいもの。代謝がいい…のかしら。
そんな風に私達が話していると、遠慮がちに声がかかった。
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