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森の人編 ~種の未来~
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しおりを挟む思いの外長話となってしまい、ステューの手料理をご馳走になってしまった。意外に上手でした。
「・・・上手ね?ステュー」
「楽しいよね、料理。音楽と料理はさ、魔力が見えても全然思い通りにならない所がいい」
「ステュー、楽しそうね」
「そうだね、ここに来て僕は一番楽かもしれない」
エルフは他人に関与しない。興味が無い。
同族であろうと、彼等は自分以外に不必要に干渉しないのだ。
それがステューにとっては心地いいのだろう。
「さて。どうしたい?ここで僕が添い寝してあげようか」
「できれば帰るのにエスコートしてくれたら嬉しいかな」
「そう?僕は君ならいい夜を過ごさせてあげられそうだと思うんだけど」
「遠慮しておくわ」
「そりゃ残念だ」
じゃ、送るよと私を連れ出してくれる。
本気で言ってないことはわかっている。ステューは優しい。だからこそ、人との触れ合いに一定の距離を取っている。
この距離が一番、彼に取って安心な距離なのだろう。
族長宅前の広場まで来ると、獅子王がいた。
「送ってもらってすまねえな」
「訳ないですよ、彼女は僕にとっても大切な人なので」
「・・・そうかよ。遅いから心配したぜ、エンジュ」
「ごめんなさいね、古い友人なのよ。ついつい話に花が咲いたわ。送ってくれてありがとう、ステュー」
「どういたしまして。おやすみ、エンジュ」
ひらひら、と手を振って踵を返す。
その様子は気まぐれな猫のようだ。…以前もそう思ったっけ。
「・・・ったく、目が離せねえな。あいつと知り合いだってか?」
「ええ、そうみたい。訳あって詳しくは話さないけど」
「まあいい、飯は?」
「食べてきたわ。考えられる?彼、すごく料理上手だったわよ」
「・・・音楽家ってのはなんでも器用なのか?」
あいつ剣も魔法も使えるしな、と呟く獅子王。
彼のいい所はこういうところだ。普通の人なら『どういう関係?』とか追及してくるだろう。でも獅子王はそれをしない。今ある事だけを信じる、という事なのか。
その気性は、私にとってとても楽で、居心地がいい。
一緒に族長宅へ入ると、テーブルにイヴァルさんとディードさんがいた。
「おかえりなさい、レディ」
「ただいま。ごめんなさい、お食事ムダにさせちゃったかしら」
「いえいえ、獅子王殿が食べてくれましたので」
「まだ食おうと思えば入るけどな」
テーブルの上には、この辺りの地図が。
ディードさんは私に見えるように、説明をしてくれた。
「この郷がこの位置です。
・・・ここがエリューシオン、ここがフェリシア。そしてここがアルカディアとなります。
今回の『渦』はこの位置となります」
「割合、近いですね。他の郷よりは」
「そうですね。とはいえ、距離はある程度あります。
過去、間近に現れることもあったようなので、それに比べればいい方ですよ」
「で、明日からはこれに当たる。・・・エンジュはこの郷で待機だな」
「その方がいいでしょう。何があるかわかりませんし。郷の護りに力を注いでもらう方が安心ですからね。帰る所があるというのは、我々のやる気に繋がります」
いよいよ、『渦』を迎える。
嫌なことにならないといいのだが。
「そういえばレディ。あの冒険者の方々にも説得してくださったようで。本当に助かります」
「ああ、そうでした。見繕って向かわせてあげてくださいな」
「ええ、お任せ下さい。獅子王殿もすみませんね」
「搾り取られると思ってるよホントに」
********************
族長宅では、まだ明日の魔獣討伐作戦について、話を続けている。途中から青髪君とウルズ君が来ていた。エルフの戦士達も数人。
私は邪魔になる前に、ツリーハウスへ戻った。
灯りをつけて一息ついていると、ふと、窓辺に鳥が。
私の傍まで来ると、男の人の声が流れる。
『全く、貴方という人は。今は一体どこに行っているんです?』
どきん、と心臓が跳ねる。
シオンの声だ。通信魔法を使ったらしい。
『ようやく仕事が一息ついて、観劇にお誘いしようと思えば、何処かへ出ていると。アナスタシア様に聞けば、なんとエルフの森に行っていると言うではないですか。私が心配しないとでも思いましたか?
悪い、と思っているなら返事を下さいね?愛しい人』
「・・・し、心臓に悪いわねホント」
そうか、あれから半月ほど。
近衛騎士団も忙しい。仕事の合間を縫って、観劇にお誘いしますと言われていたけれど。本当に誘ってくれてたのね。戻ったら行きます、と返事をしよう。
通信魔法を使い、返事をすれば、そう時間はかからずに第2陣が飛んできた。
『また、どうして危険な事に足を踏み入れるんです?
危険があっても、すぐに助けにいけないんですよ?・・・まあレオニードがいるからそう厄介な事にならないと思いますが、別の意味で心配ですね。
戻ってきたら覚悟してくださいね、エンジュ』
ひい、なんか怖い。
ふと、口ごもるような感じ。まだ続くのかな。
『こちらでもその『渦』の事は調べてみます。何かしらの文献に残っているかもしれないですしね。
近衛にもエルフの血を引く者がいます。話を聞いてみますね。
・・・エンジュが気を揉むように、ここ最近の騒動に関連していなければいいのですが。
いいですか?くれぐれも気をつけて。森を焦土にしないでくださいね?』
『お?何1人で喋ってんだよシオン。あれか?愛しい女にラブレターか?』
『団長・・・ホントにこういう時に鋭いですね全く』
『お?マジか?じゃあエンジュにだな?
・・・ゴホン、エンジュ。また当家に遊びに来てくれ。キャロルが料理をしているんだが、秘伝のソースとスープはお前が来ないとお披露目してくれないそうだ。夫の俺にも、息子にもだぞ?
早く皆で食べてみようや、待ってるぜ』
「・・・っふふ、楽しみだわ」
通信魔法はそこで途切れた。
これ、伝える長さも限度があるのかもね。
でも、団長さんの声を聞いたらなんだかほっとしちゃった。
…家族、として私、気を許しているのかもな。
シオンの声を聞いたらドキドキして心が浮き立ってしまうけれど。
そうなるとアルマの声は…意外と落ち着くのよね。
耳に心地よい低音だし。
********************
「っと。何だ?もう送らんのか?」
「後は自宅に戻ってからにしますよ。その前に調べる事ができましたけどね」
「エルフの『渦』だったか?」
「前にあった迷宮の魔獣大発生の話に似ていませんか?」
「まあな」
どかり、とソファに沈む団長。
そのまま何かを考えるような顔になる。
あの時は収束したが、未だに『見知らぬ魔物』の報告はポツポツ上がっているのが現状だ。
やはり、あの時に迷宮から逃げ出した固有種でもいるのだろうか?
「シオン、手が空いてる奴をちょっと調べ物に回すか」
「そうですね、私もそう思っていました」
「今回、発生元が森の人の居住地なだけあって、こっちにゃ被害は出ないと思っているが、何があるか分からん。
お前の話だと、『渦』にゃあの獅子王が出張っているようだし、エンジュもいる。滅多な事にはならんだろうさ」
「私は別の意味で心配ですね」
「なんだ?寝取られるってか?」
「そこまであからさまに言っていませんよ」
「ま、選ぶのはエンジュだ。お前も捨てられないようにするんだな」
「わかってますよ。・・・もう火遊びの火消しはしませんよ?団長」
「馬鹿野郎、それとこれは別だろ」
「・・・早くキャロルさんの料理、食べてみたいですね」
「話逸らしやがったな」
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