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獣人族編 ~迷子の獣とお城の茶会~
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しおりを挟むその後もひとつふたつと話を重ねると、後ろから従者が『そろそろ』と促す。王太子妃も軽く頷き、こちらへにこりと微笑んだ。
「残念ですわ、もう少しお話ししたかったのですけれど」
「本日はたくさんの貴族が王太子妃と話すのをお待ちでしょう。我々に構わず、どうぞ」
「ふふふ、色々と話を持ち帰ってエンジュ様に聞かせて差し上げませんとね。あの方はこういった貴族の嗜みに疎くていらっしゃるから」
「・・・失礼ながらお伺いしますが、親しくていらっしゃるのですか」
少し踏み込みすぎたか?と思いはしたが、こんな機会はそうそうない。周りも気を遣ってか、離れている。
王太子妃は意味深にパラリと扇を広げ、軽く首を傾げるようにする。
「気になりまして?」
「申し訳ありません、不躾すぎますね」
「構いませんわ、エンジュ様はわたくしや王妃様の専属ですの。色々とお話を聞いてもらったり、お薬を融通していただいたりね。
わたくしも元はタロットワークの血を引いていますから」
「そう、でしたか」
かつて王族であったタロットワーク。
その血はこの国の多数の上級貴族に散っていることだろう。ローザリア公爵家もまた、そのひとつ。
それ故に、彼女は第二王子の婚約者から、第一王子の婚約者になった。あの頃は貴族内でも色々と揺らぎはしたものの、結果としてローザリア公爵令嬢が王太子に嫁ぐ事で地盤は盤石なものとなり、第二王子は臣籍降下となる事に相成った。
『国の剣』となる我々近衛騎士としても他人事ではない。
と、少し芝居がかった仕草で、王太子妃はため息をついた。
扇を畳み、頬杖をつくような仕草でこちらを見る。
「言っても詮無い事ですけれど、シリス様にもう少し甲斐性があれば、エンジュ様を迎える事もできるのですけれど」
「!?!?!?」
「まあ仕方ありませんわね、わたくしが殿方であるならば、何を差し置いてもあの方を隣にお迎えしますのに」
『全く、どなたも意気地がないのですから。そう思いませんこと?』と言外に告げる、強いピンクトルマリンの瞳が俺を刺す。…俺が彼女へ懸想している事を知っているかの…いや、知ってるな、間違いなく。
ご婦人方の情報網を甘く見てはならない。この方は王太子妃。握れない情報などないのだろう。
俺の動揺を寸分違える事なく感じ取ったのだろう。至極楽しそうに微笑んで、爆弾を落とす。
「シリス様も一度振られたとはいえ、まだ諦めていないようですし、今後に期待ということかしら。わたくしも好いた方を諦めたりは致しませんのよ?そうそう、少し毛色の変わった方もあの方に心を奪われておいでのようですし。楽しみですわね?カイナス伯爵」
「そ、そうですね?」
「わたくし、あの方がどなたを選ぼうとも構いませんの。わたくしに返してくださる想いはいつでも暖かくて幸せになれますもの。
・・・けれど、あの方を悲しませるような方がもしいたとしたなら、わたくし、何をしてしまうかわかりませんのよ?」
ものすごく、牽制されている。
期待されているのと同じくらい、いやそれ以上に。
これは、間違えたら、消えるな、俺。
「─────ああ、長居してしまいましたわね。お喋りにお付き合いくださってありがとうございます、カイナス伯爵。
レディ・レナーテ、またいつかお会いいたしましょうね?」
「・・・楽しい時間をありがとうございます、妃殿下」
「は、はい!またお会いできる時を楽しみにしておりますわ!」
ふわり、とドレスの薄紅色のシフォンを翻して去っていく。
魔物と戦う方がマシじゃなかったか?今の…
レナーテは興奮したように手を引っ張ってくる。
「お、伯父様、伯父様、伯父様!凄いですわ!王太子妃様とあんなに近くでお話できるだなんて!」
「あ、ああ、そうだったかい?」
「ええ!私、カッコよくって素敵なシオン伯父様と2人で周れる事も嬉しいのに、憧れの王太子妃様にご挨拶できるだなんて!父様ではこうはいきませんわ!」
「いや、兄上でも王太子妃様に会えない事はないと思うよ?」
「だって、とても親しそうでいらしたわ!父様は王太子妃様とお話しした事はないと言っていましたもの!」
…まあ確かに侯爵家だからといって、王太子夫妻に話しかける事はないかもしれない。俺も『近衛騎士団副団長』という役職であるから少々繋がりがあるだけだ。
レナーテは未だ興奮が収まらず、俺に対して質問攻め。
「ねえ伯父様はご存知?王太子妃様が仰っていた『金の姫』様の事」
「・・・」
言えない。
今必死で口説こうとしているのがその人だとは。
「見えるかい?テラスの上にいらっしゃる、白いドレスの方だ」
「み、見えませんわ」
「まあ、いずれ会うこともあるかもしれないよ。その時はきちんと淑女らしくお辞儀ができるといいね」
「はい、練習しますわ!」
その後も、あちらこちらと移動しては、レナーテの友人に会ったり、自分の知己に会ったり。
と、横を見知った少年達が通り過ぎた。
背の高い子が振り返る。
「あ、カイナス副団長も来ていたのですね」
「久しぶりだ、ジェラルド君。決まってるね」
「流石にいくら格好つけても、カイナス副団長には負けます」
ヘラっと苦笑するジェラルド。団長の長男だ。
側には、キャロル夫人とスタークもいる。
キャロル夫人はこちらを見て、にこりと笑った。
「挨拶回りも大変だね」
「はい、でもこんな時でないと会えない友人もいるので。そちらはカイナス副団長の・・・」
「姪だよ。レナーテ、ご挨拶をしてごらん」
「はじめまして、レナーテ・カイナスと申します」
「こちらこそはじめまして、レディ。ジェラルド・クレメンスです。お見知りおきを」
挨拶は団長仕込みなのか、意外にもすっとスマートにレナーテの手を取って口付けるフリ。
それでも普段されない姫君扱いに、レナーテは嬉しそうに頰を染めた。
流石にスタークには早いのか、お辞儀をしたのみ。
少し挨拶を交わし合い、去っていった。
「レナーテのお相手にはどうだい?」
「まだまだですわ、伯父様以上に素敵な方がいないのですもの」
「おやおや。お褒めいただき光栄です、レナーテ嬢」
「あら、わたくし本気ですのよ?あと5年待って頂ければ、シオン伯父様に嫁ぐこともできますもの」
「レナーテにはもっと将来有望な男性がいるよ」
「伯父様以上に素敵な方が現れるとは思えませんわ」
ぷい、と拗ねたふり。
10歳という子供ながら、女なのだなと感心する。
すると、クスクスと笑い声が。
「隅に置けませんのね、相変わらず」
「ディオーネ・・・」
「あら、まだ私を名前で呼んでくださいますのね、シオン様」
「っ、失礼を」
そこにいたのは、かつての婚約者。
結婚して結ばれた相手は事故にあって亡くなり、今は未亡人となっている。
1年ほど前から夜会で偶然再会し、とある毎に話しかけられていた。
…もう過去に終わった関係だ、とはいえ、どこか申し訳無さもあった。捨てられたのは自分の方だというのに。
「・・・少し、お時間いただけて?」
「いや、すまないが」
「無理を言ったりしませんわ、こんな明るい場所ですもの。
それでも、いけませんの?」
「あの、伯父様?わたくし、母様のところに・・・」
いてはならない雰囲気を感じ取ったのか、レナーテがおずおずと言う。そのままぺこりと一礼し、近くにいた母親の元へと足早に戻っていった。
「お邪魔でしたかしら?」
「ああ、いや。・・・少しだけなら、時間をとりましょう」
「・・・頑なですのね。あの頃と同じように」
「っ、」
「少し、歩きましょう?」
何故、拒絶しなかったのか。
これで終わりにしよう、そう思ったのも事実。
ディオーネと歩く後ろ姿を、ピンクトルマリンの瞳が追いかけていた事にも気付かずに─────
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