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獣人族編 ~迷子の獣とお城の茶会~

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「止めに行かなくていいんですの?」



エリーからの問いかけ。
優雅にティーカップを口元に運び、口付ける。
気品あふれる仕草なのだが、再び戻されたカップには紅茶は残ってない。…イッキ飲みとは。全然わからなかった、喉乾いてたのかしら。しかし一切そんな感じでしなかったわ、恐るべし淑女の嗜み。



「私が?そんな権利ないわ」

「あら、カイナス伯爵からアプローチを受けていますのに?」

「・・・それでも、私が行くのはちょっと違う気がするわ。だってあそこに行くということは『私の男にちょっかい出してんじゃないわよこの泥棒猫』って事でしょう?」

「『あなたなんてもう過去の女でお払い箱ですわよ』でもよろしくってよ」
「・・・2人とも鮮やかなまでに言葉が出るね」

「あら、シリス様でしたらなんてお言いになるの?」
「そうだね、『君の出番はもうないよ、早く他の男を探しに行くといい』かな」

「充分素敵な返しをしているじゃありませんの」



周りからはこんな会話をしていると思われていないだろう。エリーもシリス殿下も和やかに笑顔を浮かべている。怖い、貴族社会。



「まあおいといて。彼も話をつける気なんじゃないのかい?夜会で2人になると噂も立つが、昼間の茶会ならばそこまで噂も立ちはしないだろうさ」
「目の届くところにいますものね。別の部屋でないところは及第点を差し上げてもよろしいわ。
あの方向には確か、小さな東屋がありましたわね。・・・でもあの方、まだカイナス伯爵を諦めていませんのね」

「おや、何か耳寄りな話を聞いてきたのかな?奥さん」
「ええもちろん。エンジュ様にお話しする為の情報をたくさん仕入れて参りましたのよ?皆様、『レディ・タロットワーク』に近付きたくて仕方ありませんのね」



さすがの情報収集能力…。いや、王太子妃ともなると、皆さんの方からこぞって情報を渡しに来るのかもしれない。
いやはや貴族のご婦人方?私に繋ぎを取ってもいいことないですよ?ご婦人ネットワークにも貢献できる気しませんし。

エリーが仕入れた情報によれば、元婚約者のご婦人のお名前は『ディオーネ・フィヨル』というそうだ。フィヨル伯爵夫人、というところ。
シオンと彼女を取り合った旦那様は、馬車の交通事故でお亡くなりになられたとか。子供はなし。フィヨル伯爵家は弟が継ぐそうだ。

よくこういう場合あるのが、兄の奥方をそのまま弟が引き取るパターン。しかし、弟さんにも奥様と子供がいるので、それはないらしい。
喪が明け、正式に爵位の譲渡が終われば、ディオーネさんは寡婦として一台限りの男爵位を賜り、今後はフィヨル男爵夫人となるようだ。勿論、どなたかの後添えとして嫁いでも構わない。



「当時それなりの醜聞となりましたから、生家に戻るという道はないようですわね。生家の子爵家は表立ってカイナス侯爵家と事を構えるつもりはなかったようですから」
「つまり、あれは娘の独断であって子爵家としては認めていない、という形を取ったわけだね」

「・・・その時のことがわからないからなんとも言えないけど、フィヨル伯爵家はそれなりに力があったのかしら?」

「通商関係でかなりの成果を上げておりましたわね。シリス様の婚約者のいらしたサルマールとの間で」
「あの頃は1番の交易相手だったからね。私の所に第一王女が嫁ぐ事で関係を強化する心積もりであったし。フィヨル伯爵家だけでなく、他にも潤った家や商会は多くいたと思うよ」

「ですが、それも長く続くものでもありませんわ。それを挽回しようと画策中に事故に合われた」
「先に言っておくが、陰謀とかじゃないよ?あれは不幸な事故だった。天候にも恵まれなかったようだね、調べさせたがかなり無理をしていたと報告があった」

「・・・カイナス侯爵家よりもフィヨル伯爵家と繋がる利を取ったというよりも、今は亡きフィヨル伯爵ご本人の熱意の賜物、ということでいいかしら?」

「そういう事ですわね。当時の事をお話ししてくださった方も、熱がこもってましたもの。『あんな風に熱烈に求められたら女は本望ですわ!』と」
「おやおや。女性の夢を叶えられるほど、男はロマンチストではないのかもしれませんね」



ひょい、と肩をすくめるシリス殿下。
いえ、多分貴方はそういうの得意だと思いますが。
シュレリアの熱の入った指導を受けたシリス殿下の右に出る人、多分いないです。

話が一段落し、件の2人へと目を向ければ、比較的和やかに話をしているようだった。
お互いに忌憚無く話し合い、今後の立ち回り方を決められるといいのだが。…シオンの元に嫁ぎたいのかな。

私としては彼がそうする、というのなら引くつもりはあるのだが。



「譲ってしまってよろしいの?エンジュ様」



そんな気持ちを見透かし、エリーは問いかける。
シリス殿下もこちらを見た。



「・・・結局のところ、私に覚悟がないのよね。彼の側に行く覚悟が」

「良ければ、お話しいただいても?エンジュ」



優しい声音のシリス殿下の言葉。
エリーも待っていてくれる。



「とどのつまり、私は子供が産めないのよね」

「それは、彼も承知の上なのでは?ならば・・・」
「お待ちくださいまし、シリス様。男がそう申しましても、女には譲れないものもありますのよ。
カイナス伯爵の爵位は一代限りというわけでもありませんでしょう?ご本人はそう思っているかもしれませんが、分家として立てた家である以上、そうとも限りませんわ。
少なくともわたくしが調べた限りでは、一代爵ではありませんでしたもの」

「となると、彼には子供がいるでしょう。本人が望む、望まざるに関わらずね。養子を取ればいいのかもしれないけど、この国ならそれよりも愛人を持って子供を作るほうが一般的よね」

「・・・確かにそれはありますね。カイナス伯爵がどう言おうとも、カイナス侯爵家、つまり本家がどういう意向を寄越すかは未知数です」
「現実的にタロットワークの姫を本妻として迎えるのならば、余程の面の皮が厚くなければ愛人として来れませんけれどね」

「でも、私はわがままだから、愛人を認めろと言われても無理だと思うわけ。アナスタシアのようにはできないわ」



何度も考えた、シオンとのこれから。
求められれば応えたい、と思うくらいには彼を好きだ。けれど、それだけでは成り立たないという現実もよくわかる。
だからこそ、『コーネリア』であった頃の勢いはもうない。

あちら地球であれば『君とふたりで充分』という言葉に安心できても、こちらアースランドではそうはいかない。身分制度があるこの世界では、『愛があれば』なんていう言葉ではどうにもならない現実がある。

王太子夫婦は王族として血を絶やさない為に、側室を迎え、子を産ませるという政策を自ら取る人達だ。こんな話をされても『青い血を持つ貴族の心得』的な彼等は困るだろう。

しかし私は甘かった。
彼等はどこまでも『エンジュ、命』だったのだ。



「だから言ったではありませんの、シリス様に甲斐性があれば、エンジュ様を迎えて幸せにしてあげられますのよ?」
「待ちたまえエリザベス。私とてこの数年、ただ執務に忙殺され続けていたわけではないのだよ?」

「なんの話してるんですか貴方達は」

「いえこちらの話ですわ。わかりましたわ、わたくしが参ります」
「いやいや、ここは私が男同士腹を割ろうじゃないか」

「え」



すくっと立ち上がる王太子夫妻。まさか、シオンと元婚約者の彼女の所に行くつもりでは…?



「えっ、まさか、あそこに行く気で?」

「そうですわ」
「カイナス伯爵がハッキリしないからいけないのだろう?ここはひとつ、上から物を言ってみるのも手だろう」

「いや、混乱するだけなんでやめましょう」

「まあまあ、何をしていますの皆様で」



わたくしが!いや私が!と先を争う王太子夫妻を留めたのは、誰あろう王妃陛下。



「はあ、疲れましたわ。けれど一通り目星は付きましたわね。
で?何を盛り上がっていたのです?」

「かくかくしかじかですわ」

「なんて面白そうなお話ですこと」



シュレリアの瞳がきらりと光る。
あっ、ややこしい事に発展する気がする。

パチリ、と畳んで獲物を見つけたかのように笑った。

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