魔女の記憶を巡る旅

あろまりん

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第二章【氷】

氷の魔女

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 扉が開き、向こう側から現れた一人の女。銀色の長い髪と、深い蒼の瞳。女神と見まごう程の美貌と、艶めかしい体を薄い布地のドレスで身を包んだ女。


「あらま、雛様じゃありませんの。何か御用かしら?」

「エリカ、ごはんたべた?」

「それがまだなんですの。いつもは用意をしてくれる弟子がいるんですけど、今ちょっと出戻り中で」

「じゃあシチューあるよ?」

「まあ、お呼ばれしてもよろしいの?」

「うん、エリカにおねがいあるから」

「あらま、そういうわけなら仕方ありませんわね」


 にっこり、と艶めく微笑み。アレを世の男どもに振舞ったとしたら、いったいどれだけの男の運命を狂わせるだろうか。
 雛と連れ立ってダイニングテーブルへと来た女は、俺を見て少し目を眇める。


「こちら、どなたですの?」

「えっとね、シグっていうの。おうとのギルドのぼうけんしゃさん。ひなのハーブティーのちゅうどくしゃ」

「おい待て誰がだ」

「シグひなのハーブティーすきでしょ」

「そう言われると嫌いじゃないが、中毒者って程じゃねえ」

「またまた~」


 そのやり取りで察したのか、『氷の魔女』はクスリと笑って席についた。キッチンへと向かう雛の背中を見ながらもこちらに話しかけてくる。


「貴方も大変ですのね、雛様に気に入られて。まあ普通に生きてたのではできない経験ができますから諦めなさいな」

「察してもらったのは有難いが、何か間違ってるぞ」


 ふふ、と笑うと『氷の魔女』はテーブルに両肘を付き、手のひらに自分の顎を載せてこちらをじっと見つめてきた。眩いばかりの美貌の主に見つめられて、少々居心地が悪い。少々どころではない、心臓に悪い。
 女として魅惑的な、出るところはバッチリ出て、引き締まる所はキュッとした体つき。少なからず動揺している俺を面白そうに眺め、こう言った。


「・・・なるほど?メルキオールが変な事を聞いてくるかと思ったら。こういう事ですのね」

「っ、何を?」

「貴方から『羽根』の残滓を感じますわ。あの偏屈なメルキオールが目を掛けるのですから、どれほどかと思っていましたの。ああ、貴方のことを喋ってはいませんでしたわよ?」


 そこに珠翠がシチューを運んでくる。雛はまたプリンを持ってきていた。おい、まだ食うのかよ。

 いただきます、とまるで高貴な王族の姫君のようなマナー作法。食べる仕草も美しく、本当に爺さんが言う『女神』の名に相応しい。


「エリカ、じこしょうかいした?」

「あら、ワタクシとした事が。食事中でごめんあそばせ」


 スプーンを置き、俺に向き直り座ったままでも優雅に頭を下げる。その仕草も完璧なもの。


「『黒』の魔女の高弟が一人、『氷の魔女』エリカ・ノーマンですわ、以後お見知り置きなさいませ」

「・・・シグムント・スカルディオ。王都ギルドで専属契約をしている冒険者だ。高位魔女の名乗りを受けられて光栄に思う」

「ではシグ、でよろしいですわね?ワタクシの事も『エリカ』と呼んでもよくってよ?」

「いや、それはちょっと」


 あらまあ弁えてますのね、と言って食事を再開する『氷の魔女』。いや爺さんですら名前を口にしないのに、俺がやったらどうなるんだよ…



     □ ■ □



 『氷の魔女』が食事を終え、ワインを傾ける。その隣でプリンを食べる『黒』の魔女…何だよこの図。


「さて、雛様のお願いとは何ですの?」

「あのね、くすりのことなんだけど」

「なるほど、その事ですのね?」


 チラリ、と俺を見る。その瞳には『師匠を煩わせるだなんて』と批難の色が見えた。確かにこれは俺が雛の好意を厚かましくも利用しているだけになる。しかし、雛はパタパタと手を振った。


「あ、ちゃんとたいかもらってるから。シグはきょういちにち、にゃもさんとあそんでくれたの」

「あらそうなんですの。見た目よりは出来る様ですわね」

「だからね、エリカにおくすりのこときこうとおもって。どんなかんじ?ひなわかんないから、きっとエリカのオリジナルだとおもうんだけど」

「ええ、あれはワタクシが『白の系譜』の子にレシピをもらって改良したオリジナルなんですの。ですからワタクシの弟子にも教えていませんのよ」

「つくれる?」

「そうですわね、構いませんわよ?」

「っ、ほ、本当か?」

「愚かな人間と違ってワタクシ達は嘘は付きませんのよ」


 ただし、と『氷の魔女』は俺に向かって指を一本立てる。あれか、『対価』ってやつか?
 しかしここで引く訳にはいかない。せっかく雛がお膳立てしてくれたのだ、ここで俺が頷かなければ意味がなくなってしまう。


「対価は俺が払う。『氷の魔女』、望みは何だ」


 きゅっと釣り上がる、真紅の唇。形の良い唇が笑みを刻むのを見ながら、俺は机の下で拳を握りしめた。

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