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第三章【情】
魔女の眼球
しおりを挟む【魔女の眼球】
それは、生き物の眼球を使った呪詛のひとつ。
作り方は簡単。生きたまま眼球を傷つけることなく抉りだし、その眼球を触媒にして呪詛を組む。魔法陣の真ん中に目玉を置き、その持ち主が死ぬまでその眼球へ呪詛の対象者を刻み込めば完成、と。文字なり、絵であったり、方法は様々だ。
「対象者が死ぬまで痛めつけ、その苦痛と絶望を糧にして完成しますの」
「・・・そんなエグい呪法、どこから考えついたんだ」
「あら、これは私達『魔女』てはなくて、貴方達『人間』が考えついたものですのよ」
「っ、待ってくれ、対象者って事は」
「基本的に、生き物ならなんでもいいそうですけれど、人間を使うことが多いようですわね?ほら、今回もそうみたいですわよ?」
机の上に置かれた手札をめくり、アイーラはそう言う。こんな凄惨な事を口にしながらも、彼女は全くの世間話をする時と変わらない。
「あらあら、酷い。女性を使ったんですのね?これは今回厄介そうですわ」
「・・・女、だと違うのか」
「女である事が、どれだけ悲惨な目に合うか、貴方なら知っているのではなくて?心も体も汚されていく様を見た事はあるのでしょう?」
「っ、反吐が出るな」
「全く以てその通りですわね。で、その効果範囲ですけれど。今回は幸運ではなくて?」
「どういう意味だ?」
ペラ、と手札を二枚めくったアイーラ。つい、と唇を釣り上げて面白い物を見つけた、とでも言うように言う。
「地下オークションでしたかしら?その場にいる人だけで済みそうですわよ?」
「済みそう、って」
「呪詛の範囲が、ですわ。持ち込んだその貴族、本当に貴族ですの?私の見立てでは、その人が仕掛け人ですわよ?」
「何だって!?」
あいつが仕掛け人!?自ら箱がオークションに行くように仕掛けたってのか?『もうギルドにはいないのではないかしら』と呟くアイーラの声を最後に、俺はテントを飛び出した。
「行ってしまいましたわねえ。これでよろしかったの?雛様」
「うーん、これいじょうはひなたちがかんよすることじゃないし。おうとのひとたちからしてもらったことにたいして、ならこのくらいのてだすけしかできないしね。あとは、シグしだい?」
「中々手厳しいですわねえ」
「アイーラはシグきにいった?ならてだすけしていいよ、そのかわりちゃんとたいかはもらうこと。わすれないでね?」
「それは重々承知しておりますわ。天秤は傾く事の無いように、ですわよね?」
□ ■ □
冒険者ギルドに駆け込むと、そこにはナターシャしかいなかった。あの貴族のオッサンは何処に行った?
「ナターシャ、依頼人はどこだ」
「え?なんか自宅に戻ってお金を融通してくるって」
「何処だ、それは。調べてあるか?」
「ちょっと、シグムント、どうしたの?」
「あの男に一杯食わされたかもしれない。あいつが今回の騒動の首謀者だ」
「な、ど、どういう事なのシグムント!」
俺は戻ってきたワイズマンも交え、アイーラの所で得た情報を明かした。勿論広場の占い師が、とも『情熱の魔女』が、とも言っていない。俺の伝手で見知った情報ということにしてある。
全てを聞いたワイズマンとナターシャは顔から血の気が引いた。
「待て、狙いは『裏』のオークションって事か」
「恐らくな。某かの恨みがあっての事かもしれない。そんな厄介な呪物を持ち込むんだ、それなりの覚悟がなきゃやってないだろう。ナターシャ、そいつの家は?」
「待って、確か貴族街の一角のはず」
「わかった、近くの奴に調べさせる。ナターシャは連絡を取れ。シグムント、お前は一旦ここで待機だ。何があるかわからん、少し休んで備えろ。まだオークション開始まで時間はある。俺は『裏』の奴等に探りを入れるから」
だが、遅かった。ナターシャが近くにいたギルドメンバーにその貴族街の家を見に行ってもらったところ、もぬけの殻。
そしてその屋敷の地下におぞましい魔術の跡と、喉を付いて死んでいる依頼者だった貴族のオッサンがいた。
近くに落ちていた遺書によると、貴族のオッサンはこの街の『裏』の人間によって仕組まれた事件で落ちぶれたらしい。そして妻と娘、妹を『裏』の組織によって攫われ、殺され、遺体の一部を送り付けられた、と。
遺体の他の部分は『裏』のマーケットによって売り飛ばされ、行方すらわからなくなったのだという。
呪詛に使った女性は、その『裏』に関わる下働きの女で、凌辱し、苦しめ、儀式を行い、今日に至ったのだと…
「・・・·だから『ターゲットは地下のオークションの人間だけで済む』と言ったのか、アイーラ」
この貴族のオッサンの恨みの向かう先は、愛する家族達を惨たらしく死に追いやり、その死すらも悼ませてもらえなかった原因を作った『裏』の人間すべて。
この建国祭の間、『裏』では大掛かりなブラックオークションが起こる、と知ってこの方法を選んだのだろう。確かにこのオークションには、『裏』の人間全てが参加する。『表』の人間も参加するくらいだからな。
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