52 / 85
第四章【白】
特殊依頼
しおりを挟む「シグムント・スカルディオ。特殊依頼だ」
「・・・了解した」
年に数度、通常の冒険者には回せない類の依頼が回ってくる。各ギルドにはそういった依頼を引き受ける高レベル冒険者が必ず一人以上いる。ギルドマスターはその中から最も最適な冒険者に直接依頼をする。それが『特殊依頼』だ。
基本、断る事はしない。ただし、例外も存在する。自分には到底無理だと思った依頼や、他に優先すべき依頼がある場合だ。この場合そのギルド内で回せればいいのだが、無理な場合は他都市ギルドの冒険者へと依頼が回されたりもする。
「悪いな、今回は教会都市ギルドからの物だ」
「あそこにはラウグッドがいたと思うが?」
ザガン・ラウグッド。教会都市ギルドに所属の高レベル冒険者だ。斧槍を使う珍しい『槍術士』であった記憶がある。
「別件で動けないらしい。お前をご指名だ」
「・・・嫌な予感しかしないな」
パラリ、と依頼書を見れば、嫌な予感は的中していた。厄介事が次から次へと…
「急いだ方がいいのか?」
「何だ、何か用事があるのか?」
「少し、足を伸ばさないとならない所がある。急ぎならこっちの依頼を優先するが」
「いや、数日なら構わん。そっちを片付けながら向かえ。さすがに一ヶ月単位でかかるような用事ではないんだろう?」
「まあな」
とはいえ、義理を欠けば今後に差し支える。まだ『あいつ』との縁を切るには早すぎるからな。
王都で雛と別れてからひと月は経ったか。ポツポツと舞い込む依頼を片付けながら、マドレーヌを買うのに時間がかかった。なんせ王都でも指折りの人気菓子店だ。開店と共に整理券を配るものの、全く手に入らない事もしばしば。
俺も数回無駄足を踏んだのだが、それを菓子店の店主に見られたようで、次に行った時は取り置きをされていた。どうやら『氷の魔女』に渡す菓子を買った際、かなりの量であった事。そしてあの『閃光のスカルディオ』が甘党…!?という不名誉な噂が飛び交ったらしく、覚えられたらしい…
どう考えてもあの魔女達のせいだ。俺はもう『甘党』としてこの店に認知されている。願わくばそれが王都中の菓子店に広まっていないことを願う。
□ ■ □
新緑の森近く、辺境の村にたどり着いて『片翼の鷹亭』で一休み。残念ながら今日はカレーの日ではないらしい。
しかしランチは美味い。ハンバーグステーキは王都よりも肉がバラバラなミンチ状だ。挽肉というよりもっと肉々しい噛みごたえに満足度が数段上。
「くそ、美味いな」
「はっはっは!王都の料理人に負けんぞ!」
「ダグ、雛は今日見たか?」
「いや?今日は見てないな。招かれているんなら、木戸を探してみちゃどうだ?もしも道を開いてくれているのなら、見えるはずだぞ」
なるほど、その手があったか。俺はダグに礼を言うと、村の中を散策する事に。以前雛と通った村外れへと向かう。
すると、村を囲う柵の一点。そこには小さな木戸があった。間違いなく『魔女の庭』へと続く扉。
不思議な事に、周りを見るといてもおかしくないはずの村人を見ない。片翼の鷹亭から出た時は数人の村人が行き交っていたし、そこらを子供が走り回っている。しかし、この木戸がある周辺には人の気配すらしない。…これが『招かれている』という事なのだろうか。選ばれた者にしか道は開かれない、ダグは前にそう言っていた覚えがある。
俺は木戸を開き、『魔女の庭』へと向かった。
□ ■ □
歩くこと十数分。小道を歩き、見えてきた『魔女の庭』には、大いなる大樹と、その広場に寝そべる白く気高き獣の姿が。
珍しい事に、神級闘狼たる斑が本来の姿を晒していた。前足を組み合わせ、顎を乗せて昼寝中。キラキラと木漏れ日が当たり、なんとも長閑な風景だ。…ひとたび牙を向けばそうはいっていられないのだが。
俺が来たことを察したのだろう、耳がピクリと反応し、片目を開く。俺を視界に止め、顔を起こしてこちらを向いた。
『久しいな、人の子』
「そうだな。珍しいな、お前がその姿でいるとは」
『『黒の女神』たっての希望であるからな』
「雛か?」
斑の言い方だと近くにいそうなものだが。俺が見る限りでは視界にいるのは斑だけに見える。周りを見る俺に、ククッと笑い、自分の背中に目を向ける。すると、その白い毛並みに埋もれるようにして昼寝をする雛の姿が。
「・・・なんとも豪華な寝台で」
『たまにこうして昼寝をせびられるのでな』
「確かに気持ちは良さそうだな」
『気が向けばお前にもしてやろう』
「・・・そのうちな」
興味はあるが、その見返りにまた手合わせに付き合え、とか言われそうで怖い。確かにヘトヘトになった体を休めるにはいいだろうが…うっかり殺されそうな目に自分から合う気にはならない。
10
あなたにおすすめの小説
いつか優しく終わらせてあげるために。
イチイ アキラ
恋愛
初夜の最中。王子は死んだ。
犯人は誰なのか。
妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。
12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】瑠璃色の薬草師
シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。
絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。
持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。
しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。
これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる