魔女の記憶を巡る旅

あろまりん

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第四章【白】

熱狂と憎悪に染まる『場』

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 広場には熱狂的とも言える『殺せ!』『死ね!』と叫ぶ民衆の声が響く。熱気のような人の『想い』の昂りに、他の冒険者達も少々浮き足立っているかのようだ。それもレベルの低い冒険者は特に。


「スカルディオ、どう見る」


 教会都市ギルドの冒険者が話し掛けてくる。彼はA級冒険者で、俺とも面識がある。この異様ともいう雰囲気に飲まれかけているみたいだ。


「あまり良くないな。タリアにも言ってくれないか、僧侶職に頼んで精神防御系の魔法をかけておいた方がいい。レベルの低い奴等が飲まれて勝手な行動を取られても困る。民衆との境界線の柵も乗り越えられたら手に負えなくなるぞ」

「確かにな・・・わかった、伝えてくる」


 流石にA級ともなれば、この場の異様さに飲まれずにいられそうだ。精神汚染に耐性もあるだろう。俺は無銘の賢者がくれたタリスマンがあるから、この手の精神汚染は効かないが…
 すぐにあちらこちらで精神耐性魔法の光が見える。各パーティの僧侶職が他のメンバーにかけているのだろう。タリアがこちらにも目を向けるが、俺には必要ない、と手信号で伝える。

 火刑台には、既に『魔女』が磔にされていた。頭をぐらん、ぐらんと動かしながら周囲を見ていた。時折口元が動いているが、声が届くような事は今のところない。

 熱気と興奮で淀む広場の空気。空は晴れ渡っているというのに、この広場だけ温度が下がっているような、それでいて息苦しい程に呼吸がしずらい気がする。掌はじっとり汗をかいているが、背筋は冷えていた。


「今日、この良き日に、一人の『魔女』を天に返す!」


 うわん、と民衆の歓声が湧く。大司祭の声に大きなうねりのように反応する歓声。頭がねじ切られるような掻き回されるような感覚。くそ、集団心理ってのは面倒だな!

 広場には中央に火刑台と、演説台。その周りを教会騎士が囲み、その周りをさらにギルドの冒険者と教会騎士が混成して警備に立つ。俺は火刑台の後ろ、全体を見られる位置へと移動する。有事の際は俺か、反対側にいるタリアが冒険者達の全体指揮を取る。


「この『魔女』に救い裁きの御手を!」

「女神の元へと還りたまえ!」


 最もらしい言葉を並べてはいても、結局は『魔女』を火炙りにして公開処刑を行うことに変わりはない。例え彼女が人間であろうと、業火の中生きていられる訳がなく、生きていればそれは『魔女』という結果になるだけだ。

 その後もこの『魔女』を捕らえるにあたって教会騎士がどのような活躍をしたのか、そしてこの『魔女』がどんな非道な行いをしていたのかを延々と述べているが、そんなもの裏をとった理由でもないことは誰だって知っている。
 そう、これは単なるパフォーマンスだ。一人の女を死に至らしめるという事を誤魔化すための。


「聖なる火を!」

「「「燃やせ!」」」 
「「「消し炭になれ!」」」


 一人の騎士が、火が灯った松明を手に火刑台へと歩む。その様子を見るでもなく、視線を彷徨わせる『魔女』。そして火の手が上がった。周りに立つ教会騎士が魔法でさらに火を放つ。聖なる火は何処に行ったんだよ。

 燃え立つ火刑台。瞬く間に火に包まれる。火に炙られて苦痛を伴うのか、『魔女』は身を捩る。パチパチと薪が燃えて弾ける音に、民衆達は狂気と共に歓声と罵声を向ける。が、人間の肉が燃えるはして来ない。
 その事に近くにいた教会騎士が気付いたのだろう。一人が離れ、司祭達に報告に行った。数名の司祭が火刑台へ近付くが、異変に対して顔色を変える。

 途端、『魔女』が声を上げて笑いだした。それは小さな声から、高い声へ、そして、徐々に狂気を帯びた声音へ。


「あは、は、アハハハハハハハハ」

「くっ、くそ、『魔女』め!」
「呪わしい女め!黙れ!」

「ヒァッ、ハ、ハハハハハハ、AHAHAHAHAHAHA」


 もう『魔女』の上げる笑い声は既に『声』と言うよりも高音域の『音』へと変化していた。その『音』は何か反響するような共鳴するような耳障りな音へと変わっていく。
 そして火の手が上がる火刑台の足元から、赤黒い煙のようなものが立ち上り始めた。何だ?まさか、この『魔女』の魔力!?

 民衆達は既におかしいと感じており、逃げ出す者もいれば、その場で耳を抑えて蹲っている者もいる。ギルドメンバーの中にも胸を抑えて蹲っている奴もいた。精神汚染系の魔術か!?音を介して発動する魔術なら、考えられる。

 タリアを見れば、既に動いていた。民衆がどよめき、パニックになりかけている状態を他所に、防護柵を乗り越えようとしている魔女討伐隊ウィッチハンターの奴等に対応し始めているようだ。俺もそれに加わる事にする。

 火刑台の周りでは、教会騎士と司祭達が何とか『魔女』を黙らせようとしているが、彼女は未だに高音域の『音』を発し続けている。その間もどんどん足元からは赤黒い煙のようなものが広がっている。

 俺は他のギルドのメンバーと共に暴動を抑えようと対応し始めるのだった。
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