その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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3.負傷の第三王子

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◆3 


 リディアは補習のためシスター・ヴィエラに呼び出された礼拝堂に来ていた。
 入ると荘厳な空気がリディアを包み込んだ。

 礼拝堂は、ステンドグラスに四方を覆われ和らいだ光が降り注いでいる。;
 この建物の中心に女神様の銅像が飾られていた。
 女神は女性に聖女の力を与えた根源であり、この世を作った創造神でもあるとされている。

 
(あ……シスター・ヴィエラはお話中か……)


 礼拝堂の奥――祭壇にシスター・ヴィエラはいた。
 一人でなくもう一人誰かいる。ヴィエラは何やらその人と話しているようだった。
 
「ではヴィエラ院長、火急の用事ですのでお先に! お早めにお願いします!」

 リディアが邪魔をしてはいけないと待っていると、足早にその人は去っていった。
 立ちすくむリディアを目に止めたヴィエラは手招きした。

「リディアちょうどよかったわ。裏の病院に急患ですって。貴女も手伝いに来なさい」

 この修道院の裏手には病院が併設されている。

 ヴィエラを始めとした修道院のシスターは、同時に病院の医師でもある。
 現役の聖女が、聖女候補の育成にあたっているという具合だ。
 このシステムは『大学病院』などと呼ばれていたりもする。

「急患って……一体何があったのです?」

 問いかけたリディアは、シスター・ヴィエラの表情が険しいことに気づく。
 それに深刻さを感じたリディアは一旦返答を待つ。
 
「南へ魔物討伐に行かれた軍の方が、ひどい負傷して帰ってこられたそうです」

 シスター・ヴィエラは険しい表情のまま答える。

「それって第三王子さまが率いられた魔物の討伐軍ですよね?」

 リディアは驚いて目を剥いた。
 その軍のことはリディアも知っていた。
 30年ぶりだかの大きな遠征で話題になっていたからだ。

「あらちゃんと時事を知ってるのね関心」

「討伐は成功したと聞いたのですが、負傷者が出たのですか……」

 その遠征が特に話題になった理由。
 それは軍を率いたのが、第三王子クライヴ・ヴァルヘルムだったためだ。

 王国も安定期に入った現在、王族が率先して魔物の討伐に行くことはあまりない。
 そんな位の高い方が関わっていると聞き、リディアは緊張する。
 
「補習はこの急患の手伝いということにします。看護師として手伝ってリディア」

 聖女の他にも医療職は存在する。
 霊力を使わない処置をする看護師という職業がこの世界にはある。

 頻繁に聖女の力で治してしまうと、体内の自己治癒力が低くなってしまうためだ。
 リディアはそんな看護師の業務を『補習』という形で何度か経験していた。

「……そんな大事な治療に私なんかが行ってもよろしいのですか?」

 リディアは状況の大きさに、改めて不安そうに表情を曇らせた。
 だがシスター・ヴィエラはまるで意に介さない様子で言葉を続ける。
 
「猫の手でも借りたい状況なのよ。四の五の言わずにさあ、着替えて」

「わ、わかりました!」

 有無を言わさぬ勢いで断ずるシスター・ヴィエラにリディアは観念した。 
 二人は医療者用のシスター服へと着替え始める。

「大丈夫よ、貴女には補習で何度か現場に出てもらったけど大変優秀よ。じゃないと頼まないわ」

 着替える途中でヴィエラのフォローが入り、それでリディアは少し安心した。
 人に信頼してもらえるのは自信になる。
 さらに着替え先の医療用シスター服には頭がすっぽりと隠れるフードがついていた。
 それが角を隠し、リディアを安心させた。
 
「急ぎましょう。負傷した軍の方は100名以上いるそうです」
 
 着替えるや否や、シスター・ヴィエラは踵を返し早足で礼拝堂の外へと駆け出した

「第三王子さまも負傷されているんでしょうか!」

 慌てて小走りでヴィエラに追いつきながら、リディアは最大の関心事を口にした。
 リディアの生家は伯爵家だが、影響力といえば中の下といったところだ。
 皇室と対等に付き合えるほどの地位にはない。
 つまり失礼があれば、比喩ではなく首が飛ぶ。

「詳しいことはわからないけど、混乱した様子から良い想像はできないわね」

 やんごとなき方に関わる時特有の回りくどい言いかたである。
 リディアはその言いようから察した。十中八九、第3王子も負傷していらっしゃる。
 気合を入れたリディアとシスター・ヴィエラは聖堂を出た。

 そして修道院のすぐ裏手に在る救護院にたどりつく。
 そこは騒然としていた。
 
「落ち着いてください! 立って歩ける方は、ご自分で待機室へ移動お願いします!!!」

「担架たりない! 包帯も!」

「いたい……うう……! 助けて……!」

 まるでここは戦場だった。
 血の匂いと、汗と泥の匂いが合わさり、まるで行軍のさなかに放り込まれたような錯覚を覚える。
 
「状況はどうなっていますか!」

 その混乱に埋もれないようにシスター・ヴィエラは声を張り上げた。
 堂に入った老聖女の一声に皆の意識が集中する。

「は、はい報告します。兵士の方々には治療を始めておりまして、後はクライヴ王子様だけが……」

 現役の聖女の一人がヴィエラに駆け寄り説明をする。
 その説明を聞きながら、ふとシスター・ヴィエラは傍らに立つリディアが居なくなっていることに気がついた。

「王子はあちらですね……。え、なッ、リディア!? どこへ!?」

 リディアがいつの間にか遠くに駆け出していた。
 それを見て慌ててシスター・ヴィエラは静止する。
 だが駆け出したリディアはその静止を振り切って一目散に走る。

 明確な、危機感を持って。

 リディアの視線の先には病院に運び込まれようとした担架あった。
 それの運び手がシスター・ヴィエラに気を取られ、足をふらつかせている。
 今まさに担架が倒れようとしていた。

「待ってっ! その担架あぶないですっ!!!!!」

 そしてリディアは叫び――、ふらふらと揺れる担架を思い切り抱きとめた。
 間一髪だった。
 転倒しそうな担架は、リディアの支えによりバランスを取り戻した。
 
「あ、ありがとう! ごめんなさい。シスター・ヴィエラの声に気を取られて私……」

 担架を抱える看護師の女性たちが泣きそうな顔でリディアに頭を下げる。
 リディアは微笑みを看護師たちに返し、そして担架に乗る人を見た。
 その人は凄まじい怪我を追っていた。
 顔から足元まで包帯を巻かれており、その全身から鮮血が滲んでいる。
 
「う……あ………」

 声色から若い男性だということが分かる。
 そして漏れる声が致命的な状態であることをリディアは察する。
 反射的にその男性に呼びかけていた。

「もう大丈夫です! ご無事に帰ってこられたのですよ!」

 リディアは意識が混濁している男性の耳元に顔を近づけ大声で叫んだ。
 緊急治療の基本でもある、患者を励ます対応である。

 他の看護師たちはなにかに遠慮するように――男性に声をかけていなかった。
 重症の男性がそんなリディアの声に反応する。
 かっと目を見開き手を伸ばした。
 
「ちち、うえ……!」

 それは明確な意味を持った言葉だ。その言葉にリディアは心を揺さぶられた。
 リディアもまた自分の父を思い出した。

 角つきの自分をうとんで、妹ばかり可愛がる父。

 だけどそれでも憎めないのが肉親だ。
 折り合いの悪い自分ですらそうなのだ。この人はもっと、肉親に会いたいに決まっている。

「はい。お父様にもきっと会えます! だから頑張って――!」

 リディアは心からそう叫び、そして重症の男の手を取った。
 その手は温かく、命の手触りがあった。

 リディアが手をにぎることで、ふっと男の表情が和らいだ。そして呼吸が安心したように穏やかになる。
 それを遠くで見つめる、シスター・ヴィエラと当直の聖女は口をあんぐりと上げてその担架を凝視していた。

「……あの子に命を助けられたわね。担架に乗っているのはおそらく……」

「は、はい。あれはクライヴ王子です。担架を取り落としていたらここにいる全員が処断されていたかと」

 胃を締め付けらたようなかすれ声で、ヴィエラと当直の聖女は言葉をかわした。
 あそこでリディアが受け止めなければ、重症の皇子を乗せた担架はひっくり返っていただろう。
 それでもし何かあった場合の責任はどうなっていたのか。
 二人の聖女は冷や汗をかきながら、皇子の乗る担架へと駆け寄る。

「それにしても彼女、全くためらいなく手を握るなんて、あれが第三王子様だって知っているのかしら」

「いえ、知らないでしょうね。でも誰であれ、あの娘は手を取ったでしょう」

 走りながら、当直の聖女は冷や汗を拭いながらつぶやいた。
 それにシスター・ヴィエラは苦笑しつつ返す。

「……そういえば、フードで顔がわからないけど、ヴィエラ院長の教え子さんですか?」

 ふと当直の聖女が疑問符を浮かべた。
 それにヴィエラはふっと優しい笑みを浮かべた。

「ええ、目をかけている……誰よりも……聖女に向いている心をした娘よ」

 その破顔も一瞬、次にもうヴィエラは険しい顔付きに戻っていた。

「さあ負けないよう私達も手を動かしましょう」

 そしてリディア運ぶ担架の方に、ヴィエラは歩き出した。
 王子の担架へと追いついた老聖女は、リディアたちに指示を出す。

「ご苦労さま。あなたたち担架をすぐに緊急治療室まで運んで」

「はい!」

 頷くリディアにシスター・ヴィエラは声を潜めて耳打ちする。

「それとリディア。その方の手を握っていてあげて。そうすれば安心するでしょう」

 リディアは驚いたようにヴィエラを見返し、こくりとうなずき返した。
 そうして、南征軍100名と、それを率いるクライヴ・ヴァルヘルム第三王子は救護院に運び込まれ、処置を受けることになった。


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