その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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14.暗殺者

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◆14



(……どうして)

 第二王子シェルザスの来訪の翌日。
 クライヴから治療を解任されたリディアは、治療院に再び訪れていた。
 足が勝手に動いたのだ。

(どうして私は、ここにいるのだろう)

 階段をのぼるリディアはそう自問自答した。

(私はクライヴ様に拒絶された……それなのに)

 リディアの解任を聞いたシスター・ヴィエラは強く反対してくれたという。
 だがそれでもクライヴの意思は変わらなかった。
 王族にそうまで言われては仕方がなく、リディアは担当を外された。
 ……だというのに、足はクライヴの部屋を目指している。

(私はここに来る資格を失ったのに、なぜ――)

 自問自答を続けながら、階段を登り終え、通い慣れたクライヴの居室へとたどり着く。
 習慣とは怖いもので、深く思案していても足が勝手に動いている。
 そして最上階にたどり着いたリディアの目に飛び込んできたのは。

「クライヴ様……本日から担当になりました聖女です。失礼いたします」

 食事の台車を押しながらクライヴの部屋に入る、見知らぬ聖女の姿だった。

「代わりの……聖女……」

 リディアは呆然とそれを見た。

「そっか、私なんていくらでも変わりが居るんだ」

 クライヴの治療を行うことができる唯一の人員だと、自惚れていた気持ちがあることを自覚した。
 王都に一人しか居ない? 唯一無二の角つき?
 なんのことはない――。
 居なくなっても何も滞りなく世界は回っていくのだ。
 リディアはよろよろと、病室の扉の前に立ちそれを眺めた。
 昨日まで無遠慮に開け放っていた病室の扉を、今や開けられる気がしない。

「ふむ、新しい聖女か。姓名はなんと?」

 立ちすくんでいると、扉の向こうからクライヴの声が聞こえてくる。
 立ち聴きは良くないと思ったが身体がショックで動かない。

「シリル・ガーヴェイでございます。ガーヴェイ公爵家の次女にあたります」

「なるほど、ふむ四大公爵家の……」

 ガーヴェイ公爵家! その名前にリディアは呆然とした。
 それは帝国最古参の古株貴族の名であり、公爵家の中でも最高位の家だ。
 自分の家よりはるか格上の存在である。
 家格でいえば王侯に次ぐ存在で、クライヴの世話をする存在としてあまりに自然な人選であった。

(最初から私の居場所なんてなかったんだ……)

 リディアは突きつけられた現実に押しつぶされそうになりながらそう思った。
 王侯のそばにいるのは、そういった家格の方でならなければいけない。
 それは王制国家であればあまりに自明の理である。
 本来弱小貴族の出であるリディアは、クライヴと並び立つどころか口をきける立場ですらないのである。

「派兵の際にもお父上にお世話になったよ」

「ええ、投資のしがいがある方だと、父も大層褒めていらっしゃいましたわ」

「光栄だな」

 雲の上の人々の会話が繰り広げられていた。
 リディアはいたたまれなくなって扉から背を向けた。
 帰ろうとしたその刹那。

「ところで――その台車の下に隠れているヤツ」

 不意にクライヴの声色が変わり、リディアは驚いて後ずさる足を止めた。
 部屋の温度を凍結させるような冷たい声色であった。

「俺を殺せば、いったいいくら貰えるんだ?」

 あまりに唐突な言葉に、リディアの思考が止まった。
 同時にである。
 ガシャーンという何かがひっくり返る音がした。
 リディアは目を見開いて硬直する。
 そして扉の向こうから見知らぬ男の声がした。

「……何故わかった? 襲撃を知っていたのか?」

 とてつもなく平坦な男の声であった。
 感情が欠けているのではないかと思うほどだ。

「この体たらくだと食事しか楽しみがなくてな。すぐに台車の異常に気づけたよ」

 クライヴは淡々と説明する。
 
「なぜそんなに落ち着いて……? ど、どうしましょう……罠かしらアステル」

 あまりにクライヴは落ち着いており、不安を覚えたのだろう。
 シリルが不安そうな声を上げる。

「落ち着いてシリル。手筈通りに、まず呼び出しの伝声管に封を」

 すかさず刺客の男がシリルに指示を出す。
 リディアは驚いた。
 病室には緊急時に聖女を呼び出す伝声管が備えられている。
 手慣れている。間違いなく玄人の仕業だ。

「……わかった。ええ、貴方に従えば間違いはないんですものね」

 刺客の男の指示に、シリルは反論の声一つ上げずに従った。
 人に命じられる経験などほとんど無いはずの公爵令嬢が唯々諾々と従う。
 この時点で二人がただならぬ関係だというのが伝わってくる。

「シリル、この部屋は回復結界に覆われているのだろう? それに罠がある可能性は?」

「そういった話は聞いたことは無いけれど……」

 そう、この部屋にはシスター・ヴィエラが張った回復結界がある。
 どんな怪我があっても即座に回復する強力なものだ。

「クライヴ王子、何か罠を張っているのか? 話せば楽に殺してやるが」

 刺客の男――アステルと呼ばれた――は警戒心をあらわにクライヴへと言葉をかける。
 警戒心が強い性格が言葉の節々から匂わされる。

「何も隠しちゃいない……兄上たちに身体が治ると知られた時点で、お前のような刺客がくるのはわかっていた」

「俺の雇い主を知っているのか?」

「王子の……兄弟のうちの誰かだろうが、詳しく知るわけもない。正直興味ないな」

「……投げやりだな。もう自分の命は諦めていると?」

 訝しむように刺客の男は問うた。

「こうならないために身体を治すのを急いだが、先に見つかった。……観念するしか無いな」

 澄ましたような――疲れ果てたような声でクライヴは頷いた。

「心底諦めているようでもあるが……油断ならない男のようにも見えるからな」
 
 暗殺者は半信半疑といった様子でクライヴを見る。
 だがリディアはクライヴが本気で諦めていることに気づいていた。
 数ヶ月も一緒に居たリディアにはクライヴの感情が手にとるようにわかる。
 クライヴが危険だ。
 そう思った時、ショックに寄る金縛りが解けた。

(……ッ! そうだ、このことをシスター・ヴィエラに知らせないと)

 慌てて危機を知らようと、リディアは駆け出そうとする。
 だが――。

「心残りはない。危険に彼女を巻き込まずに済んだ。それで良い」

 足が止まった。
 その言葉に完全に思考が停止した。
 彼女、と呼んだときのクライヴの声は、いつも自分を呼ぶときの声音と一緒だった。

(私を追い出したのは、危険に合わせないために――!?)

 クライヴが拒絶した理由はこれだったのだ。
 自分の名を出さなかったのも、刺客がこちらに来ないようにする配慮なのだろう。
 そういえば、クライヴは別れを告げる寸前に抱きしめてくれた。 
 そんな想いを理解したリディアは激しく自分の浅慮さを悔いた。
 
「彼女? っ! 外に誰かいるかもしれないシリル! 確認しろ!」
 
 その悔恨により体が止まったこと、そしてクライヴの言葉で注意が外に向かったこと。
 それらが合わさって致命的な状態が。
 扉が開け放たれ――シリルとリディアが直面する。

「……! 本当に外に誰か居る!? 動かないでっ!」

 同時にクライヴの驚愕の叫びがはしる。

「リディア!? なぜここに――」

「ッッ……見られたなら! 始末をっ!」

 シリルは困惑したのも一瞬、即座に反応した。
 逃げようとしたリディアだが、シリルのほうが早い。
 そしてシリルは懐から短刀を取り出し、躊躇なくそれをリディアに振り下ろす――。

(あ――喉を突かれる――)

 リディアは呆然とその切っ先を見た。








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